第14話 閑話:断罪

 セオディア・メレ・エトゥールが鬼だ、鬼畜だ、という妹姫ファーレンシアの評価はある意味正しかったかも、とシルビアは思った。

 不正に関与した関係者の断罪だんざいを容赦なく行なっていく。彼の言うところの「大掃除」だ。


 親書を偽造し西の民との対立を謀った彼の親族である叔父は、最初に王族専用の塔に収監され、一週間後には処刑された。もしかしたらカイルの意識が戻らないうちに決着をつけたかったのかもしれない。

 自分から協力を申し出たこととはいえ、ちょっと早まったとシルビアは反省した。

 シルビアはこの時点で複雑な貴族社会の力関係をカイルより学んでしまった。それは禁じられている文明に深く接触していることに他ならない。


――こういう歴史文化の専門家は誰だったかしらね。

 現実逃避的に思いを馳せる。ステーションの同僚達も大半は中央セントラルに帰還している。

 専門家なら歴史が作られる場に興奮するかもしれないが、生憎あいにくとシルビアの専門は、医療と精神治療分野であり、こういう権謀術数けんぼうじゅっすうの修羅場では、せいぜい対象の挙動と軽い精神感応テレパスで嘘を見抜くことぐらいしかできない。

 彼女はセオディア・メレ・エトゥールの尋問に連日つきあった。


 目の前で今日も断罪は続く。


「すると伯爵はこの件に覚えがないというのだな」

「は、はい。まったく預かり知らぬことでして……」

 必死で弁明する男は、伯爵の地位にいるらしいがあきれるほど、小物であった。それを相手にしているセオディアは、捉えた小動物を弄ぶ肉食動物そのものだ。

 彼は怯える伯爵に、さりげなく情報を開示し、加担した貴族の名と証言を芋蔓式に得ていた。混乱している伯爵は自分が何をしているか覚えてないかもしれない。

「では税率を元に戻すことに異義はないということでよろしいかな?」

 否とは言わせない状況に追い込んでからの確認である。内乱の首謀者達はすでに捕縛されていることを遠回しに伝え、お前も逮捕されたいか、と言外ににじませているのだ。

 容赦ないの一言につきる。そうやって裏切り者を確定させ、処刑を免れたことを安心させたところで、後日、領地と身分を剥奪した。


――うん、鬼だ。

 シルビアはファーレンシアの証言を受け入れた。



 今回の容疑者たちは二種類いた。

 実際に加担していた者と、何も知らずに加担してたかのように陥れられた者だ。

 シルビアは後者の救済の手伝いをしていた。彼女のウールヴェを通じて無実な者をメレ・エトゥールにそっと伝える。

 敵は巧妙に二重の罠をかけていたことになる。メレ・エトゥールが断罪を行ったときに、貴重な味方までが処断され、エトゥールの国力はかなり削がれるところだったのだ。

「誰がいつから考えていたかわからないが、実に見事だ」

 セオディアは他人事のように感想を述べる。

 彼の叔父がおさめていた南の領地はひどい有様だった。エトゥールへの納税率を操作しただけではなく、私腹をこやすために民衆には規定以上の税をかけていたのだ。しかも本来、領主が狩るべき魔獣は放置され、民衆や隊商に大きな被害がでていた。その報告すら握りつぶされていた。

 民衆の怨みが最終的に向かうのは、頂点にいるセオディア・メレ・エトゥールだ。エトゥール王の親族が収める領地でのできごとを王が知らないはずはない。誰もがそう思うはずだった。

 セオディアは今回の件で、南の領地を直轄地ちょっかつちとし、魔獣の討伐隊を組んだ。その任務に精鋭である第一兵団を当てる。

 その団長はクレイという名の大男だった。

「噂通りひどい有様でした。ここ数年放置されていたようです」

 彼の報告をシルビアはセオディアと共に聞いた。

「ただ最近、急にその数は減ったそうです。商人の雇った傭兵が自主的に討伐をしているようです」

「ぜひその商人と傭兵に報奨金を与えたいものだ」

「全くです」

「南の討伐はそちらにまかせていいか?」

「身体がなまっていますから、ちょうどいいリハビリになりますね」

 クレイは了承した。

 聖堂でカイルの治療によって一命をとりとめた彼は、シルビアに丁寧に接していた。彼だけではない。第一兵団はカイルとシルビアを特別視していた。

 一緒に執務室より退出すると彼は気さくに話しかけてきた。

「シルビア様、カイル様の具合はいかがですか?」

「相変わらずです」

「そうですか。一度お会いして直接お礼を伝えたかったのですが」

 大柄な戦士は義理堅いようだった。彼の首筋には大きな傷痕があった。カイルが不器用に縫った痕跡だ。

「その傷跡を消すこともできますが」

 シルビアの提案にクレイは声を出して笑った。

「これは勲章だと思っています。カイル様に治療していただいたと周囲に自慢しています」

「そうですか」

「メレ・エトゥールは怖いですか?」

 唐突な質問にシルビアは虚を突かれた。

「……怖いということはありませんが……」

「シルビア様が動じない方でよかった。今回の一連の処置が、メレ・アイフェスや精霊の意向と真逆の物であるとは思うのですが……」

「私達は聖人君子というわけではありませんよ?エトゥールの危機も、メレ・エトゥールの決断も理解できるものです」

「安心しました」

 まただ。後ろめたさを感じる。自分が安全なところにいて何もしていないような錯覚に陥る。

「私こそ、何もお役にたてませんで……」

「何をおっしゃるんですか。聖堂の件といい、今回の件といい、メレ・エトゥールを支えていただき、感謝の言葉もありません」

「――」

 シルビアがそれを否定しようとしたとき、廊下の前方に人影が見えたので話は中断した。


 兵団長であるクレイがすぐに脇にひいたので、シルビアもそれにならう。知らない人物だったが、兵団長より身分が高い貴族に違いなかった。

 シルビアが不思議に思ったのは髪の色だった。

――私と同じ銀の髪とは珍しい


 四十代ぐらいに見える男は短い銀髪であり、瞳はファーレンシア達と同じ緑であった。どこかで見たことがあるような――というのがシルビアの第一印象だった。

 団長同様、深く一礼してやり過ごす。

 彼はちらりとシルビアの方を見た。もしかしたら彼女の珍しい銀髪が目に入って同様の感想を抱いたかもしれない。

「あの方は?」

小声でクレイに問いかける。

「アドリー辺境伯ですね」

「アドリー……」

「西の地と国境を接する重要な拠点です。エトゥールの防衛の要の一つです」

 アドリー辺境伯……その名をシルビアは記憶に刻んだ。


 見間違いだろうか?

 見送った彼の肩には小さな黒いウールヴェが乗っていた。

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