ペンパル
ずっと前に、英語の勉強のためにペンパルサイトを訪れたことがある。
そこでは、名前とメールアドレス、簡単な自己紹介文を書いて、好きな言語のペンパルを募集できる、とても良い交流サイトだった。
わたしは、当時学生でもあり、好きだったアニメやゲームのことを書いて、英語はあまり得意ではないものの、勉強のためにペンパルを探していることを自己紹介文として書いた。
英語の参考書や機械翻訳サイトを使いながら、自己紹介文一つ書くのに、半日以上はかかった。
わたしは投稿を終えると、パソコンを閉じ、明日の朝になったらメールボックスを見てみよう、と期待に胸を
翌日の朝。
パソコンを起動させて、メールボックスを開いてみると、ペンパルサイトから来たと思しきメールが来ていた。
メールクライアントソフトが、HTML形式のメールを全てテキスト形式に直して表示してくれる優れものだった。そのため、ウイルスメールや変な画像貼付には気を使わずに済んだ。
そういった類の、わずらわしく面倒なことに関わるのは考えることも嫌だった。
わたしは丸っこいフォントで表示された英文メールを浮き立つような気持ちで眺め、一つずつ読んでいった。
一つ目のメール。
ブラジルからの男の子のメールで、同じアニメが好きなことが、つらつらと書いてあった。英文も平易で、読みやすいものだった。
一目で、この子とならメールのやり取りも苦ではないと感じた。
二つ目のメール。
ドイツからの女の子のメールで、アニメやゲームについてかなりの知識がある様子だった。こちらをほめてくれるようなことも書いてあり、メールのやり取りが長く続きそうだと感じた。
三つ目のメール。
中国の女の子のメールで、純粋に英語の勉強を相手としたいという熱意を感じさせる文章だった。優しい人柄を感じさせる文章で、内容もわかりやすく書いてくれていた。
料理も得意とのことで、中華料理に慣れ親しんだわたしにとっては、話が続けやすそうだと感じた。
すぐさまメールのやり取りをしようと思った。
四つ目のメール。
国名については、これから書く内容のため、明らかにしないこととする。わたしと同じアニメが好きな男性だと書かれてあった。
だが、文章はすごく短いものであり、他のメールと比べると、かなり内容が乏しい。
わたしは不安になったものの、悪い人ではないと信じて、メールのやり取りを決めた。
四人以外については丁重に断りのメールを書かせてもらった。
その後、時間を見つけつつ、わたしはペンパルへ返信の原文を日本語で書き、英語の参考書と機械翻訳を使いながら、自然な英語に直しつつ、英文を書いていった。
よくは覚えていないが、メールをもらって数日後には返信を出せていたと思う。
ペンパルはメールを書くスピードが速く、返信を出すと、さっと返事が来て、わたしはその度に嬉しくなった。
ある日のこと。
わたしはメールクライアントソフトを起動させて、メールボックスを開いた。
そこには、四つ目のメールを送ってきた相手からの返信があった。ここでは、仮に彼をA氏と呼称する。
A氏からの返信を読んで、わたしはかなり驚いてしまった。
毎回のように五行程度しか書いてないA氏だったが、今回はさらに短く、二行しか書いていなかった。
その内容は、
“I sent you my photo.
Send me your photo in return.”
「私はあなたに写真を送った。お返しにあなたの写真を送れ」
というものである。
写真を送れ、と言われても無理である。
テキスト形式でしかメールを見てないが、おそらく元のHTML形式のメールにはA氏の写真が本文に貼り付けられているのだろう。見たくはないし、わたしは無視を決め込んだ。
だが、翌日。
A氏はまたもメールを送ってきた。
そこには、「あなたの写真を送れ!!!」と、短く書いてあった。
一体、元のメールはどんなものなんだろうか。
わたしは好奇心に負けて、元のHTML形式のメールを開いてみた。
A氏のメールをテキスト形式以外で開くのは、これが初めてである。
元のメールを見て驚いた。
液晶の白い画面を半分くらい埋め尽くすような、大きな文字で、
“Send me your photo!!!”
と、文が書いてある。
わたしはびっくりして、数秒間、その場に固まってしまった。あまりの異常な迫力に驚いたのである。
その後、メールクライアントソフトを閉じて無視を決め込んだ。
だが、後日。
メールボックスを開くと、A氏はまたもメールを送ってきていた。
そこには、
“I want to translate Japanese Manga, so can you translate Japanese sentences below into English?”
「日本の漫画を翻訳したいから、以下の日本文を英語に翻訳してくれないか?」と、書いてあった。
日本語の文章に目を移すと、やたら性的な文章がずらずらと並んでいる。
わたしは、かなり不快な気持ちになって、A氏のメールアドレスを受取拒否にした。
だが、後日。
メールボックスを開くと、A氏が違うメールアドレスから送ってきたと思しきメールが表示されている。短い文章で書かれているから、すぐにわかった。
そこには、
“I’m sorry to scare you.
But, can you call me if you still receive my mails?
I really wanna talk with you. Thanks.”
「怖がらせてごめん。でも、まだ私からのメールを受け取っているなら、電話してくれないか? あなたと本当に話がしたい。ありがとう」
と、書いてあり、電話番号が記されてあった。
懲りない男だと、わたしは呆れた。
その直後、わたしはそのメールの下方を見て、今回は追伸が書いてあるのに気がついた。
そこには、
“P.S. It looks like that you’re receiving my mails by Mail Client Programme.
You received my last email at 9:51 a.m.
I’m also getting to know where you live.
Thank of the modern computer technology.”
「追伸 あなたはメールクライアントソフトを使って私のメールを受け取っていますね。私の直前のメールを受け取ったのは、午前九時五十一分。あなたがどこに住んでいるかも、わかってきています。現代のコンピューター技術のおかげでね」
と、書いてあった。
背筋に恐怖が走った。
なぜ、わたしがメールクライアントソフトを使っていたり、メールを開いて読んだのが午前九時五十一分だと知っているのだろう。
しかも、住所までわかってきているとは……。
わたしはすぐさまリビングに走り、母に事の顛末を説明した。パソコンに詳しい父親に、このことを相談してほしいとも言った。
母はすぐ事情を理解してくれ、パソコンにウイルス対策ソフトを使って、全体的に調べることとなった。
その晩、わたしは父から英語の勉強のためだとは言え、犯罪に巻き込まれたらどうするのだと、こってり叱られ言葉もなかった。
幸いなことにパソコンはウイルスには感染していなかった。ハックされた形跡もない。
わたしは現在使っているメールアドレスを捨て、二度と使わないことを誓った。新しいメールアドレスを入手すると、他の三人のペンパルにそれを伝えた。
ただ、後日、父に言われてぞっとしたことがある。
それは、A氏が追伸に書いていたことだ。
彼が追伸に書いていたことは、大体が返信メールから受け取ることができる情報で、パソコンに詳しい者ならわかることなのだと言う。
けれども、わたしがメールを開封した時間――日本標準時を、A氏は正確に追伸に書いた。
これは時差を考えて計算すればわかることとは言え、海外の東西に広い国では、いくつも標準時を設定していたり、またサマータイムもあって、普通なら計算に少々手間がかかり、当時は時差を素早く計算するウェブサイトも少なかった。
時差の計算を除いて考えた場合。
父の推測によれば、こうだ。
可能性の一つとして、A氏が海外にいて、自身のパソコンを日本標準時に設定していたこと。
もう一つは、
もし、後者の可能性が正しいとしたら。
背筋にぞくりと悪寒のようなものが走る。
A氏は日本国内に潜み、わたしを騙して『ペンパル』をしていたということになる。
もしかしたら、わたしの家の近く、そう遠くない場所に住居を構え、メールを送っていたのかもしれない……。
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