第3話 梅雨入り。

傘を差した少女がベンチに座ると、途端に雨が降り出した。

「えへへーちょっと早かったかなあ」

 私にはなんの呟きかよくわからなかった。とりあえず無視して傘に入れてもらうよう頼む。


 雨は次第に強くなる。桜は花を落とし、空は薄暗くとも草木は雫で輝く。紫陽花がどこからともなく顔を出す。不思議だ。握りしめていた原稿用紙の端に雨水が一滴落ちてシミになる。次第にシミが大きくなって、私が書いた字が滲んでゆがむ。でも、歪んだ文字がなんだか愛おしい。


「ねえ、はーちゃんは雨、好き?」

 彼女は私に問うてくる。そういえば、少し話がしたいと言っていた。

「んー。あんま好きじゃないかも。あったかくないし、冷たいし、ジメジメしてるから。でも、今好きになりそう」

 私は正直に答えた。嘘をついたって仕方がない。


「雨はね。みんなから嫌われちゃうの。でもね、かわいくて、綺麗で、素敵でしょう?だからあたしがここに座ったら、みんなが雨を好きになってくれますようにってお祈りするの」


「お祈りって、誰に祈るの?』


「ん?んーっと、誰だろう。お天道様的な?」


 変な返しをしてしまったにも関わらず、彼女は愛嬌のある笑顔で返してくれた。


「そろそろ帰ろっか。次の人が待ってる」

「え、待ってるの?どこで」

「さあ。どこだろうね。でもきっと近くで待ってるよ」


 よくわからなかったが、不思議とベンチに執着する気持ちは無くなっていた。また来ればいいや、と思った。


 公園を出て、前の道で別れる。


「じゃあね、はーちゃん!」


「またね!梅雨ちゃん!」


 私は手を振ってくれた彼女に手を振り返した。


あれ、梅雨ちゃんって……あの子の名前かな。なんで知ってたんだろう。


 考えながら歩く。いつの間にか雨は止んで、太陽が顔を出していた。

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