第2話 三寒四温。

 風が冷たい。たんぽぽがそっぽむいた気がした。


「あ?聞こえんかったか。どけ。邪魔」


 目の前に突然現れた男は癖のない黒髪を揺らして冬を纏っていた。


「……ま、待って。私が先にこのベンチを使ってたの。どうしてわざわざどかなきゃいけないわけ?」


 私は必死に反論する。ちょっと怖いけれど、退くわけにはいかない。この圧にやられちゃいけない。私はちょうど手に持っていた原稿用紙を強く握りしめた。私が生み出した世界が、きっと私を守ってくれる。


「当たり前だろ。今お前がこのベンチを使ってたんだから、次は順番に交代に決まってる。お前だけが独り占めなんてしちゃあいけねえ」


 私は固まった。そんなに長いこと使っていただろうか。なんだか私が悪くて責められているような気がしてきた。


「俺はまだあんまり使ってなかったんだ。もっと綺麗なものが世界を包むはずだったんだ。でも最近、お前がベンチを取るのが早くて先を越されちまうんだ」


彼は寂しそうに言った。首筋に手を当てて目線を逸らすのは日頃からのクセなのだろうか。


 と、そこにどこからともなく一つ声が飛んでくる。


「でも、あなたの順番は終わったでしょ」


 傘を刺した少女が立っていた。雨は降っていないのに。

「今は、はーちゃんの番。次はあたし。あなたの番ははーちゃんの前に終わってるでしょ」


 ……はーちゃん?私のことだろうか。頭文字から撮ったシンプルな呼び名だ。


「待って。まずあなたは誰。はーちゃんって私のこと?」

「そうだよ。あなたがはーちゃん。あたしは、はーちゃんのあとの順番だからはーちゃんのこと知ってるの」


 この子は何を言っているんだろう。そもそもこのベンチに順番待ちをしている人なんていなかった。私自身が順番を待った覚えもない。


 遠くからスズメの鳴く声がする。ナメクジの足跡を追う猫が通り過ぎる。


 「……わーったよ。もう諦める」


 男はため息をひとつ吐いて、来た道を引き返していった。

 また会おうねーと、傘を指した少女が手を振った。


 傘を刺した少女は歩み寄ってくる。

「はーちゃん。少しおしゃべりしよう」

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