四季。

佐敷てな

第1話 春の訪れ。

春が好きだ。

暖かい陽の光。優しく吹きすぎる風。明るい外。咲き誇る花。飛び回る蜂。ぴかぴかの学生服。付けたてのキーホルダー。慣れないポニーテール。


全てが、ほんの少しだけ世界を素敵そうに見せてくれる。


先客としてこのベンチを蹂躙していた雪も溶けたことでお気に入りの読書スポットがまた私のものになったこの春、私はるんるんと足早にそこへ向かう。


新しいクラス。新しい友達。新しい世界。必要ないだのくだらないだの言うつもりは無いが、私にとってはそこまで重要なものでは無かった。


いつもの公園のいつものベンチ。もちろんそこにすでに先客が居て、新しい出会いが……なんてことは起こるはずもなく、そこは私を待っていたかのように空いていた。ここで出会いがあったなら、きっとこの物語は大きく進むだろうが、私はそんなことは望んでいない。ただそこにお気に入りのベンチがあればいいのだ。


座り、カバンを漁って読みかけの文庫本を取り出す。陽の光が本を照らして、なんとも読みやすい明るさだ。


が、私はそこで本を閉じた。


読む気分じゃない。これは書く気分だ。書こう。


私はクリアファイルから原稿用紙を1枚取り出す。折れないように、シワが寄らないように、そっとベンチに広げる。


春は創作意欲をかき立てる。暖かくて、ふわふわする。気分が良くなって、歩く速度がほんの少し早くなる。そうやってちょっとずつ、ちょっとずつせかせかしているみたいになって、私の内側にはむず痒いなにかが溜まっていく。


それが上手く外に出せたなら、きっとそれは素敵な世界だ。誰かをほんの少しだけソワソワさせるかもしれない。そうやってまた違う人の中からもっと素敵な世界が生まれるかもしれない。


そう信じて春は小説を書くのだ。


夏ではダメだ。もちろん秋や冬でも上手くいかない。春でなければならないのだ。


この暖かさからしか、この感覚は生まれない。


 誰もいない公園に、私が走らせる筆の音。桜も、青い雑草も、咲きたてのたんぽぽだって、耳を潜めているように感じる。


 この世の全てが、私の生み出す世界を待っているような気がする。


 走る筆先。揺れる髪先。また次の原稿用紙。


 を、取り出そうとして人の気配に気づく。


 春。出会い。動き出す物語。


「……邪魔。こんなところで小説家気取りたあ、馬鹿馬鹿しいね。これだから春は嫌いだ」


 暖かい陽の光の中に、冷たい冷気が走った。

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