第1話 Ascian


その駅は、大体いつも乗降客で

断続的に混雑していた。


歪な町にある、唯一の駅だ。


複数の鉄道会社が運営する路線の

せいで、環状線ではないにも関わらず

線路が 町 を取り囲む。


その中心にあるのは


           

          墓 地




 夕まぐれの  誰 ソ 彼 トキ 



すぐ近くに私立の一貫校がある事で

この時間帯は取り分け混雑する。

普段、こんな時間に駅を利用する事は

なかったのだが

 至急、司法書士に手渡さなければ

ならない 書類 があった。




この駅のホームへは階段を使うより他に

選択肢がない。確か、何処かにホーム

直結のエレベーターがあった筈だが。


それが何処にあるのか、誰も知らない。



雑踏の中、小走りに改札を抜けて急ぐ。

 階段を駆け昇り、ホームへと。


   無機質な薄暗が、追い迫る。




丁度、今しがた電車が出たばかりなのか

あれほどいた学生たちの姿は、奇麗に

消えて いた。

 携帯を確認しながら、乗車口の線に

沿って並ぶ。



      向かいのホームの端に。


 多分、女性 と断じた。


季節外れの大ぶりな黒いコートを着て

同じく黒い鍔広の帽子を被っている。

長い裾先から 紅い沓 が覗いていた。


乗車口の線から外れた場所。ホームの

端に 独り、立っている。



 厭な予感がした。



向かいのホームなのだ。しかも、只

そこに立って いる というだけで

具体的な危惧は、尚早だろう。


「……。」腕時計で時刻を確認する。


どういう理由なのかは知らないが、

上りと下りの電車は同時に入って

来る様だった。

 只、混雑するだけなのに。


どちらのホームにも人はいるが、誰も

それ を気にする様子はない。


電光掲示板に電車の到来が表示され、

少しずつ周りにも乗車を待つ人の列が

出来始めていた。



まさか、飛び込んだりしないよな?


視界の端にそれを気にしながら、早く

電車が来ないかと密かに念じていた。

早く過ぎ去ってくれないか、と。

 自分にはどうする事も出来ないのだ。

線路を挟んだ 対岸 では。


 それ が、視界の端で動く。



もう電車が入って来る。その瞬間に。

黒い ソレ は全身を蠕動させながら

線路へと落ちて行った。



「……!」声も出なかった。


次の瞬間にはもう、ホームへ乗り入れた

上下の列車に遮られて。


 周囲の人々は誰も気づかない。



半ば愕然としながら人の波に押されて

車内へ乗り込むと、人を掻き分けて

反対側の窓へと走り寄るが。

 同時に入って来た上り列車の車内が

見てとれるだけで 対岸 のホームの

様子を伺い知る事は出来なかった。



 誰か、他に見てはいないのか?


運転士は、見なかったのか?

何か、違和感はなかったのか? 


           だが


上下の電車は時刻通りに走り出して

交差しながら駅のホームを後にする。

全てを 置き去り にして。



 あれは一体、何だったのか。


    只々昏い ナニカ だった。




どうして自分はアレを 女 だと

思ったのだろう。

 黒い厚手のコートに、鍔広の帽子。

その 顔 は見ていない。




黒は、あまりにも鮮烈な色だ。

余程の事でもなければ見誤る事はない。


 ましてや、足下の 赫い沓 など。






駅を離れる電車の窓からは、

     もう、何も見えなかった。






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