動物の王
八月森
我が名は
それは、巨大な体躯を持っている。
立ち上がれば、大の大人と変わらぬ体長を誇る。
それは、強靭な肉体で構成されている。
150キロにも及ぶ体重は、それを支える力強い筋力も発揮し、素早く樹上に登ることさえ可能とする。
それは、鋭い爪を手に備えている。
先の筋力と掛け合わされれば、対象を容易く引き裂いてしまうだろう。
それは、獲物を食い破る歯を生やしている。
堅い植物も動物の骨肉も、自身の顎でやすやすと嚙み潰してしまう。
それは、常に食料を求めている。
主食の竹を毎日数十キロと消費し、栄養を確保している。
それは、全身を覆う体毛に護られている。
白と黒に分けられた配色は親しみを覚えさせ、多くの来園客を楽しませている。しかしクマ科としての気性の荒さを見せ、客や飼育員を襲うこともある。注意が必要だった。
それは、大熊猫と呼ばれている。
そう、ジャイアントパンダだ。
百獣の王の名はライオンに譲った。
しかしパンダこそが動物の王――いや、動物園の王だ。
――――
ここ、植野動物園においても、例に漏れなくジャイアントパンダが目玉の見世物だった。客の多くはパンダ目当てに来園し、彼らの一挙手一投足に歓声を挙げる。まさに客寄せパンダだ。
来月には借り入れた国に返還されることもあって、今日はいつも以上に来園客で溢れ返っていた。しかし、理由はそれだけではない。
ここで飼育されるパンダの一頭、ズウズウは、なんと人間の言葉を話すというのだ。噂は人の口に留まらず、ネット掲示板やSNSを駆け巡り、今や日本中から来園客を呼び集めていた。
集まった人々はジャイアントパンダのコーナーに詰め寄り、柵を飛び越える勢いで鈴生りに押しかけ、しきりに呼び掛けている。しかしズウズウはマイペースに餌である竹をかじるばかりで、一向に話す様子がない。
人々が諦めかけたその時、ズウズウは手にしていた竹を食べ終え、柵のほうに顔を向け、その口を開いた。
「たけ、あきた。ささくれ」
動物の王 八月森 @hatigatumori
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