第4話 なぜ「八幡神」は出家して「八幡大菩薩」になったのか?

八幡宮の神様である「八幡神」は、現代では「はちまんしん」または「はちまんのかみ」と呼ばれますが、本来は「やはたのかみ」です。


現在の九州の大分県、豊前国「宇佐神宮(うさじんぐう)」を本拠地とする神様です。宇佐神宮の創建は西暦571年とされます。


宇佐神宮創建から約200年後、「八幡神(やはたのかみ)」は出家して「八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)」となり、「八幡(はちまん)」の仏教の読み方(音読み)が定着していきます。


聖武天皇は、724年(神亀元年)に第45代天皇に即位します。737年(天平9年)に天然痘の大流行、その後、反乱や大地震(745年の天平地震)などが起こり、聖武天皇は不安定な世を救うために仏教を深く信仰します。


741年に国分寺建立の詔、743年に東大寺盧舎那仏像の造立の詔が出され、全国に寺院を建て、奈良の大仏制作が進められます。


大仏は745年から制作が開始され、752年に開眼供養会(完成披露と魂入れの法要)が催されました。聖武天皇は749年に譲位した後、756年に崩御されます。


前例のない巨大な大仏製造には想像を絶する困難があったと思われます。大仏は鋳型(いがた)に溶かした銅を流し込んで作る鋳造(ちゅうぞう)によって作られました。


その製造手法を簡単に説明すると、まず大仏と同じ大きさの土製の像を作って原型(中型)とします。中型の外側を覆うように外型を作って中型から外し、中型の表面を削り、再び外型を組み合わせます。これが鋳型となり、外型と中型のすき間に溶かした銅を流し込みます。中型の表面を削った厚みが、完成した仏像の銅の厚みとなります。


表面の仕上げや螺髪(らほつ)を取り付け、表面に金メッキを施すなどの工程を経て完成しますが、作業中の事故や、銅に含まれていたヒ素と金メッキに使用された水銀による中毒で、かなりの犠牲者が出たようです。


この過酷な状況に、749年「八幡神(やはたのかみ)」の大仏建造協力の託宣(神様のお告げ)を、宇佐八幡宮の禰宜尼が上京して朝廷に伝えます。つまり、神様が「自ら」大仏の建造に協力すると申し出たのです。


これにより「手向山(たむけやま)八幡宮」が創建され、「八幡神」は全国の国分寺の総本山である東大寺の鎮守神となります。


「八幡神」が自ら大仏建造に協力すると申し出た狙いは何だったのでしょうか?


平城京を都とした奈良時代、聖武天皇は仏教を深く信仰しますが、仏教と日本古来の神道の間には隔たりがありました。「八幡神」が仏教の鎮守神となることで、神仏習合の足掛かりを作ったといえます。


「八幡神」は、国分寺の総本山である東大寺の鎮守神となることで、全国の国分寺に「八幡神」を布教することを画策したのではないかと考えられます。


「八幡神(やはたのかみ)」は777年に出家し、781年に「八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)」の号が贈られています。


これにより鎮護国家、仏教の守護神として、全国の寺の鎮守神として勧請(神様を分霊として迎える)され、「はちまん」の読みが定着していきます。


これには、聖武天皇が崩御した後、娘の称徳天皇と井上内親王が亡くなって血統が途絶えたことや、天災が続いたため、聖武天皇の祟りと恐れられたという背景があります。


崩御した聖武天皇は「八幡神」と習合(結合)したと考えられ、「八幡神」に菩薩号を与えて、聖武天皇が深く信仰した仏教の守護神とすることで、その祟りを鎮めようとしたのではないか、ともいわれています。


奈良の平城京で、仏教の守護神としての地位を確立した「八幡神(やはたのかみ/はちまんしん)」ですが、その一方で「道鏡事件」では政治に利用され、政争に巻き込まれます。


そして、政治の中心地は、奈良の平城京から京都の平安京へ遷ります。その目的は奈良の仏教勢力との決別でした。仏教の守護神として朝廷からも篤く信仰されていた「八幡大菩薩」も、朝廷との関係を断たれる危機にありました。


しかし、859年に男山に遷座し、現代では三大八幡宮の一つに挙げられる「石清水八幡宮」として再び朝廷から篤く信仰されます。「八幡大菩薩」となってから約80年後、「八幡神」は京の都で再び地位を確立します。


「八幡神」の遷座によって、奈良の「石清水八幡宮」は歴史から完全に消されてしまいました。そこには奈良の仏教勢力と決別したい朝廷と、二人のカリスマの新興仏教が大きく関与していたと思われます。

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