28話、皆の想い
「あああ、腹立つ~、なんなのあの領主」
「──よく見れば其の方なかなかの美人であるな。どうだ、私へ仕えんか。だってさ! 無理! 無理無理無理。ヤダ、絶対ヤダ」
領主の最後の台詞が特に許せないのだろう。
マリーさんが露骨に嫌いを全面に出して、怒り、騒いでいた。
「あれはさすがに酷い……」
「ミゲルさん、よくあんな奴に仕えてましたね、僕は無理です」
「いやぁ、僕はまだ見習いだったからさ、お目にかかることは無かったんだよ」
「なによミゲル君!、あんな奴に敬語は不要よ! わかった? アイツに敬語使ったらもうミゲル君とは口利かないんだから!」
「ええっ、そんな無茶を」
マリーさんの剣幕にミゲルさんもタジタジである。
でも、さすがにあれはないよ。ちょっとひどすぎる。
難癖を付けて渋り、イチイチ腹立つ言い方をするくせに最後はマリーさんだけ仕えろだもんな。まぁ、わかりやすい程にクソな領主だったよ。
「──うーん、まだ仮定の話なんですけど」
「どうしたの?フェリ君」
2人の視線が俺へ集まる。
「もしアンリエッタさんを取り戻せたら、リヨンを離れようかと思いまして……」
「いいわねそれ! 私も今晩から荷造り始めるわ」
「え、マリーさんも来てくれるんですか?」
「当り前じゃない、私たち
街の名前すら気持ち悪いって……、たはは。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつですね。
「当然、ミゲル君も来るわよね?」
「ああ、当然だとも。僕は彼が行く所ならどこでもついていくさ」
「あ、もしかしてフェリ君?」
「はい?」
「アンリエッタさんが戻ったらラブラブで、私たちがお・邪・魔だったりするのかしら? ふふふ」
あ、やばい展開が来ましたよコレ、弄られる流れかもしれません。
クソ領主のせいでイライラ貯まってるから、いつもより被害甚大かもしれない!
「それよりもフェリクス君」
「はい」
神はここにいた!
ミゲル神、あなたのお陰でマリーさんの弄りが中断しました。
ただ、流れが変わった事に、緑のオーガ様が不機嫌顔です。
「いま、全部でいくらあるんだい?」
「ちょっと待ってくださいね……」
「そうね、それ大事だわ」
ジャラジャラ
テーブルの上に有り金を全部を出していく。
金貨と銀貨以外にも、銅貨、黄銅貨など所謂銭貨と呼ばれるお金もあるんだけど、今は金貨だけでいいだろう。
「えっと、まず今日の報奨金が金貨60枚です。それと冒険者ギルドからの特別手当が金貨3枚ですね」
「ああ、さすがに酷すぎるとギルドマスターが出してくれた3枚ね。もう少し出してくれればいいのに。どいつもこいつもケチよね」
「まあまぁマリアンヌさん、ここがギルドの2階なのをお忘れなく」
「そうなんだけどさぁ……ぶつぶつ」
ミゲルさんは、猛獣使いを目指してるのだろうか?
もしそうなら頑張ってくださいね。俺応援しますから。
「で、僕の手持ち全てが金貨12枚ですね。全部合わせて75枚です」
「あと25枚かぁ、ん~何とかしてあげたいけど、さすがに25枚は無理ねえ」
「いえ、お気持ちだけでもありがたいですよ」
「麗しの姫君は、契約されてしまうともう取り戻せなくなるんだよね?」
「一度契約が結ばれれば、それが切れるまでは手出しできないみたいです……」
「じゃあ、やはり急ぎたいところだね」
「ですね」
コンコン
突如叩かれる扉、俺の部屋を人が訪ねるのは非常に珍しい。
冒険者ギルド2階の一部屋を借りている事自体、知る人が少ないから。
誰だろう? と思わず3人で見合ってしまう。
「はい、どなたですか?」
「ああ、夜にすまないな。ロルフだ」
え? ロルフが?
予期せぬ来訪者に心臓は跳ねあがり、鼓動を乱す。
来訪の理由を考えると怖くて、手先は震えだしてしまう。
そんな、あともう少しの所まで来たのに。
アンリエッタさんの契約が決まってしまったのだろうか……。
それを、知らせに、来た……?
「だ、大丈夫? フェリくん顔が真っ青よ」
「商業ギルドの使いが来たみたいです……」
「え、このタイミングで? うそでしょ」
ガチャリ
扉を開け外をのぞくと、確かにロルフが立っていた。
「とりあえず、入れてくれるか?」
「は、はいどうぞ」
バタン
「お、来客か? よくこんな狭い所に3人もいたもんだな」
マリーさんとミゲルさんが警戒の眼差しを向けている。
そんな中、俺は彼をまともに見れないでいた。
怖くて見れないでいた……。
「今日は、領主クエストをクリアしたので色々と……」
「おお、聞いたぜ? やるなぁ、まあヤル奴だとは思ってたけどな」
「はぁ、ありがとうございます」
「ところで何しに来たんですか?」
「──その、アンリエッタさんの契約が決まったお知らせとか?」
勇気を振り絞り、恐る恐る聞いてみる。
「ん、ああ。だから坊主暗かったのか。違う違う、今日は別件だ」
「ほんとに? 契約が決まったんじゃないんですね?」
「ああ、本当だ」
ああ、良かった、本当に良かった。皆のお陰で、あと金貨25枚の所まで来たのに、ここで契約が決まったとか悲惨すぎるもんな。
ん、じゃあ彼は何しにやって来たんだろう。
「
そう言い、ロルフが一つの皮袋をテーブルへと置いた。
「なんですか? それ」
「開けてみろ、坊主」
ロルフがアンリエッタさんから預かって来たという革袋。
見るからに年季の入った皮袋の、固く閉じられた紐をどうにか緩めて、そっと中を覗い見たんだ。すると中には金貨と銀貨が、びっしりと詰まっていたよ。
「なぜお金が?」
「そうなるわな。んじゃ、
「は、はい」
言伝を伝えるだけだろ? なぜロルフは照れてるんだろう。
「『このお金は、私がいつか……、私を買い戻そうと思って貯めてきたお金です。頂いた給金をコツコツと貯めたお金だから、やましいお金ではありませんよ? フェリクス様の今後の為に使ってください。あなたの幸せをずっと願ってます』だとよ」
声はダミ声だったけど、アンリエッタさんと同じ口調で、同じ発音でロルフが伝えてくれた。
少し聞いただけでわかってしまう。
本当に彼女がそう言ってくれたのだと。
たくさん彼女と話してきた俺だから。
ポタポタと雫が頬を伝い、床を濡らしていく。
マリーさんやミゲルさん、ロルフと3人もの人がいるのに涙が止めれない。
いつか、自分を買い戻そうと思ってコツコツ貯めてたんでしょう?
なんで、それを平気で俺に託せるのさ……。
アンリエッタさん、貴方はどういう人なのですか……、そんなにも俺を信用して、なぜここまでしてくれるのですか。
「あーやば、もらい泣きしちゃうわ私も」
「ええ、本当に……」
「ロルフさん失礼ですが、このお金いま数えても?」
「ああ、もうお前のもんだ。好きにしろ」
1枚、2枚……、革袋から金貨を取り出して数えていく。
見るとさ、薄汚れて輝きの鈍くなった金貨が何枚もあったよ。ずっと前から貯めてたんだろうな……。
19枚、20枚……21枚、22枚。そして革袋は空っぽになった。
アンリエッタさん…うぅ。
最初は僅かで小さな雫であった涙が、その量を徐々に増やす。
「──金貨が22枚、ありました」
「そうか……」
「ロルフさんと言ったかしら」
「何かな? 元ギルドの人気受付嬢様」
「なぜそれを?」
「はは、姉さんはこの町じゃちっと有名なんだぜ? 知らないのか?」
「う……、それよりも頼みがあるのよ」
「頼みとはなんだ?」
「領主クエストの報奨金にギルドからの特別手当、それにうちのリーダーが頑張って貯めたお金、そして……、今回のアンリエッタさんから託されたお金。これすべて合わせたら金貨97枚になるわ」
「ほう、頑張ったなぁ坊主」
「これでアンリエッタさんを返してあげて頂戴」
マリーさん……、そうだった、今は泣いてる場合じゃない。
こういう事は自分で言えないと駄目だ。アンリエッタさんの真心が嬉しすぎて、心に染みすぎてしまった。
「ふむ、正直言うとな? こいつ等を見てると俺も胸に来るものがあってなぁ。出来るなら何とかしてやりたいが、それは無理なんだ。俺にはそんな権限がねえ……」
「あんた、使えないわね」
「ああ、ほんとにな……」
「なによ、悪者なら悪者らしくしなさいよ。調子くるっちゃうわ」
「悪者か、たはは、ちげえねえ」
「いいわ、じゃあ残りは私が……」
ガチャリ
知らせもなく扉が開かれる音に、自然と皆の視線が集まる。
声も無く扉を開け、許可なく現れた人物はベルガーさんだった。
「すまんな、丁度来たら聞こえてしまってな。立ち聞きさせてもらったぞ」
「ベルガーさん」
「フェリクス、今日はすまなかったな」
「いえ……」
「あの黒い髪の嬢ちゃんを、取り戻すのに金がいるんだってな」
「どうしてそれを」
「いや、だから丁度来たら聞こえたって言っただろ。まぁいい、で、そこの緑の髪の姉さん、あと何枚足りねーんだ? 九十何枚とか言ってなかったか?」
「いま97枚で、あと3枚足りません」
「おーそうか、そうか。フェリクスよかったな。ここに丁度3枚と少しあるぞ?」
「え? ベルガーさんがどうしてお金を……」
「これはな、城館で働く騎士や従騎士に見習い、兵卒もいたな。今日喋ってた門番もいたか、皆で少しずつ出し合った金よ」
「そんな大事なお金、受け取れません」
「うーん、それは困ったな」
「──言い方を変えよう。これはアドリアンへの手向けと、そこのミゲルの治療代とでも思ってくれ」
「いや、でも」
「フェリクスが治してくれたんだろ?」
「はい」
「こいつはな、俺のお気に入りだったのよ。治してくれてありがとうな、嬉しかったぜ。そのお礼として受け取ってくれ」
「これで取り返してこい」
その一言と共に、ベルガーさんが俺の背を強く叩く。
激励と、愛情の一発が痛くて嬉しい。
「ロルフと言ったか? 金貨100枚あれば文句ねーんだろ? これで明日キッチリこいつに嬢ちゃんを返してやってくれ」
「ああ、100枚あれば問題ない。俺が責任もってマスターに掛け合うよ」
「もし、ダダこねやがったら、リヨン全兵を敵に回すと伝えとけ」
「おーこわい、こわい」
ガハハハ、ゲラゲラ、くすくすと、多種多様な笑みや笑い声が、この狭い狭い部屋に満ちていた。
人を苦しめるのは人なんだ。
でも、生きる勇気をくれるのも人なんだね。
そんな当たり前を俺に教えてくれた異世界よ、ありがとう。
_______________________________
お読みくださった皆様へ
アンリエッタ僕が君を守るよの第2章、いよいよ大詰めです。
本日中にエピソード29も投稿し、皆さんに結末を一気に読んで頂こうと思います。
ほんの少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら
作品のフォローや★★★のご評価頂けますと嬉しいです。
皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。
どうか応援よろしくお願いいたします。
神崎水花
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます