27話、オーギュスト・デュ・リヨン

「ふぅ、領主様かぁ……」

 黒オーガ討伐をギルドに報告したその日の夕方、明朝に我が城館を訪れるようにとリヨン領主からの呼び出しを受けたんだ。

 本音を言えば会いたくない。

 異世界と2人の女性に感謝する俺が、この世界で唯一嫌いな奴だ。

 なにせ良いイメージが一つもないんだ。そんな奴逆に珍しいだろ……。

 死ねばいいのに。ハゲろ、モゲろ。

 領主への悪口なら、数時間は休みなく言えるかもしれないな!


「服装って、こんな恰好でもいいのかな?」

「ん~、冒険者をしてるのは向こうも承知だろう、構わないと思う」

「過度な装いや、口上は向こうも期待してないと思うわよ」

 恰好如きで領主にネチネチ、グチグチ言われたくないから聞いてみた。

 以前勤めていたミゲルさんや、ギルド職員として係わりがあったであろうマリーさんが大丈夫と言うなら問題ないだろう。

「あ、そうだ。もし、ミゲルさんが会いたくないなら、僕とマリーさんの2人で行ってくるよ?」

「あぁ、大丈夫、ありがとう。私も行くさ」


「──すんなり行くとは限らないから」

 最後、ミゲルさんが小さな声で何か呟いた気がしたけど、よく聞こえなった。


 あの日、アンリエッタさんと歩いた、城館へと続く一番大きくて太い道を歩いていると、懐かしさに足取りがふいに止まる。

 ここって……、やっぱりそうだ。アンリエッタさんのドヤれていないドヤ顔が可愛すぎて、思わず名を呼んだら抱きしめてくれたところじゃないか!

 久方ぶりに抱きしめて貰い、アンリエッタさんを包める大きさに成長した我が身を実感して嬉しかったのを思いだす。


「あら、どうしたの?」

 ふいに立ち止まった俺をマリーさんが気に掛ける。

「なんでもありません」

「ふぅん。なんか少し頬が赤い気もするけど?」

「な、なんでもありませんから」

「また今度教えなさいよね~」

 ああ、またネタにされてしまうに決まってる。

 これは絶対に言わないからな!

 

 そうして歩くとさ、ついに見えたんだあの小さな城門が……。

 この辺りは父さんとの思い出が多すぎて、心が少し苦しくなってしまう。


 アンリエッタさんと、何度訪れただろう。

 父さんが散々に着た肌着や洋服を受け取っては、替えの衣類を渡すんだ。

 最初は臭くていやだったんだよなぁ。はは、懐かしいや。


 今振り返れば発想がホント子供だったと思う、中身おっさんなはずなのにどうしてだろ? 精神が肉体に引っ張られるとかあるのだろうか?

 

「お久しぶりです」

「──フェリクス・コンスタンツェです。僕達3人、ご領主様からの呼び出しを受け馳せ参じた次第です」

 そう言い、なじみの門番さんに頭を下げた。

「坊主!? 久しぶりだなぁ。元気にしていたのか?」

「ば、馬鹿、お前」

「あ、元気にって言い方は変だったか、す、すまん」

「いえ、元気にやっておりますから」

 久方ぶりの門番さんに笑顔で返す。

 父さんの事を気遣ってくれてるんだろう。そんな小さな気遣いが嬉しい。

 

「そうか、変な事いっちまってすまんな。いつもの所でまた待っててくれるかって、うおい、ミゲルさんじゃねえか! え? 治ってる? え? なんで?」

「ど、どうもお久しぶりです」

 戦死したとは言え、元騎士アドリアンの息子である俺と、元騎士見習いであったミゲルさんが揃って訪ねたものだから、この小さな門周りは軽い騒ぎとなっていた。

 元は皆一緒に働く仲間だったんだ、心配もしてくれてただろうし、その後も気になってたそうで話題が尽きる事がない。


 そこへ靴底を鳴らして歩む、一人の男が現れた。

「よぉ久しぶりだな、フェリクスにミゲル」

 あまり面識が無いのか、マリーさんへは静かに頭を下げていた。

「「ベルガーさん、お久しぶりです」」

「ご領主様がお待ちだ、付いて来い」

「はい」

 門をくぐり少し広めの空間を超えた先に、狭い石畳の道が続く。

 そこをベルガーさんが先導し、俺達3人がそれぞれ後に続く形で歩いた。

『フェリクス、なぜ道が狭いかわかるか?』

『敵が大勢押し寄せた際に通りづらいから?』

『さすが、俺の自慢の息子だ』

 父さんとの会話の数々が、情景となって胸に蘇る。

 

「ミゲルを治してくれたんだな……ありがとう」

 ベルガーさんが、後ろを振り返る事なく呟く。

「いえ……」

 彼は父さんの友人だ。

 粗雑な部分もあるけれど、良い人なのは知っている。

 でも、父さんの一件でわだかまりと言うのかな? 心に、消す事が出来ない小さなシコリのようなものがずっと残っていて、昔の様に接する事が出来なくなっていた。


 そうこうする内に石造りで出来た一際大きな建物の、大きな扉の前で立ち止まる。

「まぁ、そのなんだ。お前たちは冒険者だから大丈夫だとは思うが……、言葉使いには気を付けたほうが良い。少々な……、その、そういうお方だ」

「わかりました。気を付けます」

 度量が狭い、狭量だから言葉使いには気を付けろよ? と言いたいのかも。

 こんな話、聞かれてしまったらベルガーさんだって不味いに違いない。騎士があるじの批判をするなんて罷免されてもおかしく無いから。

 彼の精一杯の助言に感謝しよう。


「お前達、こちらにおわすがリヨン領主であるオーギュスト・デュ・リヨン様だ。失礼の無い様にな」

 領主ってこんな風貌だったのか、初めてみるな。

 礼をする前に一瞬ちらりと見てしまう。そして俺達3人は恭しく礼をする。

「閣下、この3人が黒いオーガを討ち果たし、閣下と領民の安寧を取り戻すという大役を見事成した者らです。その名を『絆の盾ネクサスシールド』と申すとか」

 ベルガーさんが、領主へ俺達3人の紹介をしていた。

 さすがに相手は領主なので、片膝をつき斜め下を見る様に待機している。

 領主の許しがあるまでは勝手に話してもいけないそうだ。


「ほう、その方らが黒いオーガを倒した者たちか? 良くやってくれた。感謝するぞ」

「恐れ多いことです」

 急遽、城館へ向かう最中に決めたルール。

 3人を代表する時は、俺が話す事になったんだ。


「その方ら名は何と申す」

「私はフェリクスと申し、こちらがミゲル、そちらの女性がマリアンヌと申します」

「マリアンヌ? 聞いた事があるな。その方ギルドの職員ではなかったか?」

「はい、そうでしたが現在は職を辞して、私のパーティーに属しております」

「そうか。その方も見た事ある気がするな」

「以前閣下のお側に勤めておりました。ミゲルと申します」

 ミゲルさんが改めて、深々と頭を下げた。


「なんと、仕えておったと申すか? 何をしておった、役職は?」

「はっ、騎士見習いでした」

「なんだつまらん、見習いか。それは仕えてるとは言わんぞ」

「し、失礼しました」

 うおおおお、腹立つぅぅぅ。

 なにこのクソ領主、ミゲルさんよくこんな奴に仕えてたな。

 ミゲルさんの心には太く大きく『忍耐』と書かれてるに違いない。


「まあ良い、さて、報奨金についてなんだが」

 パンパンと両手を叩き、人を呼ぶクソ領主。

 もうこれからは、心中で呼ぶ際はクソを前に付けると決めた。

「褒美を此処へ」

 そういうと侍従らしき男が、金貨が入った皮袋らしきものを持って現れる。

 そしてそれを俺の目の前に置いたんだ。

「褒美を使わす。ただし当初の金額より減額とした」

 えっ?

 おい、ちょっと待てよ。今なんて言ったクソ領主。

「か、閣下、それは余りにも……」

 ベルガーさんすら知らなかったのか?


「閣下、発言してもよろしいでしょうか?」

「ん、許す」

「先ほど私共のリーダーよりご説明の機会がございましたが、私は冒険者ギルドに務めておりましたマリアンヌと申します」

「ああ、先ほど聞いたな、それがどうした」

 こ、こいつはイチイチ腹立つ言い方しか出来ないのか?

「この度の件は、ご領主様直々のクエストとしてギルド内でも広く告知され、リヨンの全冒険者の知る所でございますれば、ただ理由もなくクエスト報奨金を減額なさいますと、閣下の名声に傷がつく恐れがございます」


「ふむ、なるほどのう、其方の言い分は最もだ。では説明してやろう」

「ありがとうございます」

「昨晩、冒険者ギルドから検分にと運ばれた黒オーガの首だがな? 黒く無かったのだよ。黒オーガでないなら褒章は払えまい?」

「お言葉を返すようで恐縮ですが、閣下、あれは間違いなく黒オーガでした。冒険者ギルドのマスターにも確認頂いております。それに黒い魔石もあったはずです」


「──黒い魔石は確かにあったわ」

 クソ領主がもったいぶるかの様に間を開けやがる。

 とっとと話せよ、このブタ。

 コイツと相対していると、どんどん黒化してしまうわ。


「黒い魔石は初めて見たと、確かにギルドマスターも言うとった。そして見事黒いオーガを討ち果たしたとも聞いたぞ。だが首は黒く無かったのだ。ただのオーガと言われても仕方あるまい? 少々大きかったのは事実だがな」

「し、しかし」

 領主が手の平でマリーさんを制す。

 こうされてはもう、俺達は話せない。

 だが、首が黒く無かったと言うのは気にかかる。

 どういう事だろうか……。

 

「私も鬼ではない。首は黒くは無かったが黒い魔石はあったのだからな。だから褒美は出す。ただ減額しただけの事よ」

「閣下……」

「何だ、不服か? 無しにしてやってもいいのだぞ? 首は無いのだからな」

 あんまりだ。

 あんまりじゃないか、こんな奴がリヨンの領主か?

 父上の事、ミゲルさんの事、領主には領主の悩みがあってと思わせてほしかった。我が領の財政が苦しくて、助けてやりたくても助けれてやれなかったのだと言ってくれれば、それだけでまだ救われた。

 なのに口を開けばこれか? ド外道が。

 思わず刀の柄に手が行きそうになるが、それをそっとマリーさんの手が止めてくれた。ふぅ、落ち着け俺、俺が短慮に出たら、皆を巻き込んでしまう。


「閣下、私も発言よろしいでしょうか?」

「なんじゃ、まだあるのか? そちで最後だぞよいか?」

 いいかフェリクス、落ち着け、落ち着いて話すんだぞ。

 

「ご領主様、以前ご領主様の元で騎士として仕えておりましたアドリアン・コンスタンツェを覚えておられますか?」

「アドリアンか、覚えておるぞ? 当然ではないか」

「私は、そのアドリアンの息子フェリクスです」

「何? アドリアンの息子だったのか、本当かベルガー?」

「ええ、本当です。生前アドリアンから紹介されております」

「そうだったのか……、で、その息子が何用だ?」

「父が亡くなり、一家は離散してしまいました。家族を全て取り戻すのにお金が必要なのです。お恥ずかしい話ですが、私は今回の報奨金で家族を取り戻すつもりでした。ですが減額されてしまうと足りないのです。何とか元通りの金額を頂く訳には行かないでしょうか?」


「ふぅむ、気の毒ではある。だが無理だ」

「か、閣下、何とぞご再考を……」

「くどいぞ、ベルガー貴様まで言うか!」

 クソ領主の顔がどんどん険悪になって行く。

 これ以上の交渉は無理だ諦めよう。金貨60枚まで失う訳にはいかない……。

 それにこのままでは、ベルガーさんにまで迷惑がかかってしまう。


「閣下、我がままを申しました。この金額で結構です」

「ふん、最初からそう受け取っておけばよいのだ」

 謁見室から退室しようと、向きを変えた領主が……な。

 最後に振り帰り、こうほざいたよ。

 

「マリアンヌと言ったか? よく見れば其の方なかなかの美人であるな。どうだ、私へ仕えんか?」と。

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