26話、絆の盾

 数日前に俺を瀕死の重傷へと追い込んだ、あの2体の黒いオーガと向かい合っている。あの日、俺の不意を突いたアイツ両腕がやや前に陣取って、フレイムバード蒼い炎鳥で左腕を失った隻腕オーガは数歩後方にいた。


 俺達パーティーの作戦は、俺とミゲルさんが1体ずつを受け持ち、マリーさんがそれぞれをフォローする形なんだけど、マリーさんは弓使いな事もあってか防具は軽装を好むそうなんだ。軽装であの大戦斧の一撃を喰らったらひとたまりも無い。

 アンリエッタさんがここにいても同じだと思う。彼女もきっと軽装だ、魔法使いという特性上マリーさんよりも更に軽装かもしれない。

 だから俺達前衛は常に後衛を守り、危険に晒さない動作が求められる。

 立ち回りや動きについては、ミゲルさんと何度も話し合いはしてきたし、今後も向上を目指して努力を続けていくと決めている。


 異世界と2人の女性に感謝したい。

 偽らざる俺の本音なんだ。

 その彼女達を危険に晒すなら、冒険者なんて続ける意味が無いだろう?

 だから努力する。誰よりも強く在りたいと切に願うんだ。


 さてと、まずは眼前のコイツ両腕の敵意を俺に向けさせる必要があるな。

 あのバカでかい斧は攻撃範囲も相当に広い、奴等だって互いに距離を開けなければ戦い辛いはずだ。そうだろう?

 そう考えた俺は、両手が健在な黒いオーガを煽る様に睨みながら、奴を中心に半時計周りに移動を開始する。

 ズウン、ズウンと足音を大地へと響かせて、アイツ両腕が俺へ追従する。

 いいぞ、ついてこい。

 

「風よ、彼の者を地の束縛から解放せよ ーエアリエル風の加速ー 」

「風よ、厚き壁となりて守り給え ーウインドシールド風の盾ー 」

 もう間もなく戦いの幕が切って落とされようという頃、後方からマリーさんの声と共にシュルルッと柔らかな風が俺を包み込む。マリーさんの風の補助魔法速度アップだった。

 ミゲルさんには風の防御魔法が掛けられたみたいだね。

 

 呼吸を沈め精神を統一していく。

 深く深く落ちた時、体は静かに一歩を踏み出した。

 その一歩は間合いという名の、奴の絶対防衛圏を超えて侵入する。

 ガアアアアアア

 その許されざる一歩侵犯を皮切りに、奴が大戦斧を横なぎに払う。

 くっ。あまりにも歪で巨大な大戦斧を横なぎに払われると、間合いを詰める事ができない。ならば……。

 ゴウッ

 再び、風を切る轟音と共に奴の大戦斧が横薙ぎに空を切り裂く。

 ガキィィン

 豪速で目の前を水平に走る奴の斧に、垂直に刃を当てた。

 森に木霊する甲高い金属音と、迸る火花。

 奴が放つ薙ぎの二の撃、三の撃全てに刃を突き立ててやる。


 コイツ両腕は前回の戦いで、懐へ侵入を許したせいで俺に斬られまくった片割れの隻腕戦いを見て学んだのだろうか? 間合いを詰められるのを警戒するあまり、薙ぎの攻撃ばかりが続いていた。

 続けられる薙ぎの攻撃に、懲りずに再び垂直に刃を当ててやる。

 するとほんの一瞬攻撃が止まり、奴の醜悪なるツラがニタァと醜く歪んだ笑った

 『斧を攻撃して何になる。貴様、もう手詰まりなのか?』とでも言いたげに醜く歪んだよ。そして奴の片割れ隻腕何時いつか見せた様に、コイツ両腕も肩回りや腕周りの筋肉をボコボコっと異様に隆起させ、眼を真っ赤に染め上げ奥歯を軋ませながら大戦斧を振るった。

 まさに巨石をも断つ剛速の一撃が薙ぐ。

 剛速で眼前を横切ろうとする、奴の死の刃に恐れず立ち向かう。

 瞬きすら追いつかない、刹那すらを超えたその先の、神速の真向斬りを奴の大戦斧の一点に叩き込んだ。


 キィィィィィン

 まるで嘘のような、金属の澄んだ音が森へ響くと。

 パキッ、ミシッ……ズウン

 歪で巨大な、あの大戦斧が真っ二つに割れて、地へと落ちた。

 剛速に振るわれる奴の大戦斧を、寸分違わず同じところを穿つ俺の一撃は、最後に奴の斧を両断してみせたのだ。


 まさかの事態に狼狽え、後ずさる黒オーガ両腕

 目には怯えが宿り、じりじりと後ずさる。

「お前を、逃がす訳がないだろう?」

 その山の様な巨体を翻し、俺から逃げようとした瞬間。

 黒オーガ両腕の脚にストトンと複数の矢が突き刺さる。

 奴が見せた、ほんの僅かな隙を見逃さずに刺さる矢が、『私だって貴方を見守ってるのよ』と主張しているようで嬉しかった。

 脚を射られ、逃げ切れないと悟った黒オーガは、怒りと覚悟の大咆哮を上げて俺へ向けて突進する。奴の最後の武器である双爪を最小の動きで躱し、合わす太刀で奴を斬った。

 奴の右腕を斬り、左腕を斬り落とし、最後に残った首を落としてやると、大きな大きな音を立てて黒オーガ両腕は地へと伏せた。


 父さんやったよ……と亡き父へ報告するかの様に、剣を握る右手にほんの少し力が入る。だが状況はまだ予断を許さず、俺に感慨に浸る暇を与えはしない。

 急ぎミゲルさんの援護へ向かわねばならないのだ。

 踵を返し、ミゲルさんの方へと急ぐ。

「お待たせしました」

「なんの」

 ミゲルさんは隻腕の攻撃をその盾で凌いでは、片手剣で堅実に反撃を積み重ねていて、隻腕の残された最後の腕には数本の矢が刺さっている。

 と言うよりも、体中の至る所にマリーさんの矢が刺さっていた。

 矢に苛立った隻腕がマリーさんを襲おうと進路を変えると、ミゲルさんが奴の前に立ちはだかり守るんだ。


「2人とも、凄いなぁ」

「こう見えて必死さ」

 ミゲルさんが謙遜する。

 俺が居なくても勝てそうじゃないか……。

 騎士団を半壊に追い込んだ、あの黒いオーガだよ?

 頼もしい2人を見て、自然と笑みが零れる。


 ミゲルさんと向かい合い、熾烈な攻防を繰り広げる隻腕の背後へスッと近づき、目にも止まらぬ速さで刃を疾らせると、隻腕の巨体もまた大地を震わせ横たわり、ゴロンと奴の首が転がった。


 ほんの数舜、森へ静寂が訪れ3人の視線が交錯する。

「や、やったのか?」

「ええ、やりましたよミゲルさん」

「────ッ!!」

 男達は天を仰ぎ、声に鳴らない叫びを上げる。

 一人は、幼少から愚直なまでに努力を続けるも、騎士まであと一歩の所で夢破れ、その体は大きく傷ついて社会から捨てられた。もう一人は大事な父を失い、守るべき家も、その名も、愛する女性すらも奪われた。そんな2人の声にならない叫びが森に響いていた。

 いつしか抱き合い健闘し合う2人を、横から包むようにマリアンヌが抱擁する。

「みんな、凄いんだから」

「マリーさん」「マリアンヌさん」

 3人の頭がぶつかる。

 心地よい痛みだった。


 最愛の人が居なくなったあの日。

 俺が心の底から喜べる日が、もし、来るとすれば。

 それは、アンリエッタさんを取り戻した日だと思ってたよ。

 でもそうじゃなかった、アンリエッタさん。

 世界はそんなに単純じゃなかったよ。


「ところでマリーさん?」

「なあに? フェリ君」

「討伐証明って、黒オーガの場合どうするんですか?」

「う……」

 マリーさんが一歩たじろいだ。

 彼女がこのような姿勢を見せるのは珍しい……。

「ま、まぁ、一般的にはやっぱり……、く、首じゃない? あとは魔石ね」

「「え、首?」」

 ミゲルさんと俺は思わず見合う。


 首ですって、ミゲルさん。

 ああ、首だよフェリクスくん。

 男の仕事よ、これは、うん。

 声には出ていないけれど、色々飛び交ってたと思う。


「黒オーガの首って結構ゴツイですけど……、これ持って帰るんですか?」

「え、えぇ……、フェリ君えらいわね。お、お姉さん褒めちゃう」

「ふぅ、仕方がないか……」

「あぁ、仕方がない。僕がもう一体の方を持つよ」

「ミゲルさんすいません」

「わ、私は魔石取ってくるわね~」

 マリーさんがぴゅうっといなくなった。

 幸い奴らを倒す際に首は飛ばしていたから、後はそれを持つだけなんだけどね。

 ただ、まぁまぁ絵面がエグいんだ。

 マリーさんが嫌がるのも、分かる気がするほどにグロかったよ。

 

「ちょっと2人とも、これ見て!」

「はい?」

「どうしました? マリーさん」

「これ、どう思う?」

「え、黒い魔石?」

「そうよ、真っ黒な魔石だなんて初めてよ……」

「ミゲルさんは見た事あります?」

「いや、僕もないな……」

 冒険者ギルドで働いていたマリーさんですら、見た事も聞いた事もないのだから、俺とミゲルさんが知る由もない。


「一度ギルドマスターに見て貰ってはどうでしょうか? どっちみち僕らでは判断もつきませんし」

「そうね、そうしましょうか」

「それがいい」


 黒オーガとの激戦を制し勝利した俺達は、リヨンへ向けて帰路に着く。

 討伐対象は2体だから、勝てさえすれば事後は楽で速い。

 魔石を取り出すのも2体だしね。ただ討伐証明がアレだけどさ……。

「ところでフェリ君、パーティー名は決まったの?」

「一応考えては見ましたよ」

「何にしたの?」

「ちょっと照れくさいんですが、『絆の盾ネクサスシールド』とかどうでしょうか」

「「ネクサスシールド絆の盾?」」

「うっわぁ、男子好きそう~」

「はは、でもフェリクス君らしいのでは?」

「確かにそうかもね」

「うう、だから言うの嫌だったんです……」

「でも、いいんじゃない? 色々守りたいんでしょ?」

 半分遊んで、半分馬鹿にして、そして最後は満面の笑みで返してくれたよマリーさんが。



 冒険者ギルドは、まるで嵐の前の静けさのような異様な雰囲気だった。

 誰もが、信じられない光景に息を呑んでいたからだ。

  

 ギルドの入り口から受付のカウンターまでは結構な広場となっていて、そこは『信じられない』という表情で立ち尽くす冒険者たちで溢れていた。中には、口をあんぐりと開けて俺達3人をただ見つめるだけの者もいる。

「お、おい。領主クエスト、もうクリアしちまったのか?」

「昨日貼られたばかりだろ!」

「見ろよ、あのゴツイ首。間違いねえぜ」

「ああ、そうみたいだな」

「クソーッ、俺達も狙ってたのに!」

「なんで、アンさんまでいるんだ?」

「知るかよ、アンさんも所属したんじゃねーか? あの金髪の小僧のパーティーによ」

「なっ、嘘だろ!?」

「お前知らなかったのか? 最近じゃ有名な話だぞ?」

「ああ、あのアンさんが金髪の小僧に入れ揚げてるって、俺も聞いたことあるぜ」

「ホントかよ……」

「締めちまおうぜ」

「辞めとけ、お前じゃ勝てないよ。お前アイツ黒いオーガ倒せるか?」

「くそっ」


「はいはい、ちょっとどいて頂戴ね」

 広場に集まりガヤガヤと騒ぐ聴衆を、掻き分けるように進む(マリーさんが)

 そして受付へ向けて真っすぐに進むと、高らかに放ったんだ(マリーさんが)

「私達 絆の盾ネクサスシールド が領主クエストを達成してきたわよ! さあ、ギルドマスター呼んで頂戴」と。

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