24話、3人での戦い

「パーティーの名前何にしよっか」

「それって決めないとダメなんですか?」

「決めないと何て呼ぶのよ、おいそこの4人って呼ばれたいわけ?」

 パーティ名かぁ、頭の片隅にさえ無かったなぁ。

「ギルドならまだしも、知らない人達におい、とか、そこの、とか呼ばれるの嫌でしょ」

「た、確かに……」


「うーん、そうねぇ、バッカス酒の神とかどう?」

「さすがにそれは……、ねえ? ミゲルさん」

「僕もそれはちょっと……」

「じゃあ神の酒ネクタルは?」

「響きはいいけど、なんでお酒ばっかりなんですか」

 昨晩も散々飲んだだろうに、朝からまた酒の話ばかりしているマリーさん。

 パーティー名まで酒関連とか、嫌味の一つも言いたくなるってもんだよ。なぁ?


「なによ、じゃあ貴方たちも意見ぐらい出しなさいよ」

 

「人にばかり言わせて」

 そう言うと、マリーさんの頬がほんの少しだけ膨らんだ。

 ちょっと可愛かった……。

 で、でも騙されないぞ。酒を飲むと凶悪な魔物に変身するんだからな!

「否定から始まる男子なんてモテないんだから!」

 続けて否定されたのが気に入らないのか、少し不貞腐れ気味の酒好き親父風美人さんが切り返す。

 

「では……」

 ミゲルさんは代案があるそうだ。なんだろう、少し気になる。

「御使いと守護者、はどうだろうか?」

「ミゲルさんダメですし、そもそも僕そういうのじゃないですから」

「そうかダメか、なかなか良いと思ったんだけど……」


 治療からこっち、ミゲルさんは少し俺を信奉しすぎる。

 俺はそんな大層なものじゃあない。

 この世界に転生をした時点で常人とは少し違うのかもしれないが、大層な能力を与えられた訳でも無ければ、天啓などと言った使命の一つさえ授かってないのだから。

 神というものの存在を感じた事すらない。

 

「そもそも、これ移動しながら話すことなんですかね?」

「狩場に着くまで無言なのもつまらないでしょう?」

 

「ふふふ」

 マリーさんが悪そうに笑ってる。

 嫌な予感がする。


「貴方たち、真面目に考えないとパーティー名を『スケベな2人』とか『胸が好き』で申請しちゃうわよ?」

「ええっ!?」

「昨日までギルド職員だったんだから」

 元ギルド受付ナンバーワンを舐めるんじゃないわよ。

 クソネームでも通しちゃえるんだからね!

 とでも言いたげな表情で俺たちを見ていた。いや見下ろしていた。

 

 それよりも昨日のアレは、酔っ払いの戯言だと思ってたのに……。

 男子のおっさん夢とか言っちゃったぞ?

 まさか覚えてたなんてなぁ、はぁ。

 思い出すと恥ずかしくて、穴があったら入りたくなってしまう。

 マリーさん侮りがたし。


「あ、あれは、ごめんなさいって謝ったじゃないですか」

「ぼ、僕は無関係だ」

「嫌だったら真面目に考えておきなさい。フェリ君は特にリーダーなんだから」

「え? 僕がリーダーなんですか?」

 パーティーのリーダーはマリーさんでいいと思うんだよ。

 何となく男2人、頭が上がらないしさぁ。

 実際パーティー名を言い出したのも彼女だろ?


「当然でしょ? 私はそれを望んでるし、ミゲル君もきっとそう」

「いや、でも」

「それにアンリエッタさんも反対しないと思うわ」

「僕は賛成だよ」

「う……、わかりました」

 アンリエッタさんの名前を出されたらもう仕方がない。

 やるしかないよな。

  

 ◇◇

 

「僕とミゲルさんが前を引き受けますから、マリーさんは後ろで先制射撃や援護射撃をお願いします。ミゲルさんは盾持ちなので、パーティーの盾役をお願いしてもいいですか?」

「ああ、任せてくれ」

 強い眼差しと共に胸をドンと叩くミゲルさん。

 このメンバーで戦えるのが嬉しくてたまらないように見える。

 ミゲルさんと一緒に戦う日が来るなんて想像もしてなかった、模擬戦に呼んでくれた父さんのお陰だよ。

 

「僕は攻撃役ですが、マリーさんに敵が向かわないよう注意はしますし、向かったらフォローしますから安心してください」

「頼りにしてるわよ、2人とも」

 まだ出来たばかりの即席パーティーだけれど、僕とマリーさんは休日の度に2人で狩りをしていたからそれなりに息はあっている。

 さっき3人での慣らし目的にゴブリンの集落を攻撃してみたけどこれはダメだった。この3人ではゴブリンはもう弱すぎて連携の練習にもならなかった。


 魔の大森林の奥を目指し進む3人。

 狙いはどっちみち黒いオーガなのだから、浅い層で戦ってても意味はない。

 練習するにしても、もう少し奥でやるべきだとの結論だった。


 グゥオオ

 3人の行く手を阻むかのように4体のオーガが立ちはだかる。

 黒くは無い、通常種のオーガが4体だ。

 通常種の等級は4で,オークやゴブリン最上位種のキングより1等級上の魔物となる。

 一般的な冒険者が倒せる等級は4あたりが限界で、ここから上の等級の魔物はかなり強い冒険者や、強いパーティーでないと倒せないらしい。


 ちなみに3等級ってどんな魔物なのかマリーさんに聞いてみると『色々いるけれど、有名どころだとガーゴイル、シーサーペント、ブラッディベアあたりかしら』と教えてくれた。ゲームやこういう類の話? に造詣が深い例の看護師あたりなら『おぉ』と興奮するところなんだろうけど、そういったモノにとんと触れてこなかった俺はさっぱりわからない。

 

 オーガ達が大きな叫び声をあげ、俺たちに襲い掛かるそぶりを見せると、先制の口火を切ったのはマリーさんだった。

 ビィィン

 強く張られた弦が空気を切り裂くと、一条の黒い線が敵めがけて飛翔する。

 弦から放たれた矢は先頭を走るオーガの頭部を直撃し、勢いのまま貫いた。


 彼女が休みの日は共に狩りをするようになって、結構な時が経つ。

 せめてものお礼にと、マリーさん愛用の弓を魔力を用いて改良させてもらったんだ、父さんのダマスカスソードみたいにな。

 ただ弓の場合は、堅くなりすぎると弦を引けなくなってしまうので、今の彼女に合わせた堅さに調整してある。いわばマリーさんスペシャルボウ、こいつの貫通力はなかなかのものがある。


 敵へ向けて最大の速度で駆ける俺とミゲルさんの間を、一条の黒い線が再び敵へ向けて飛翔する。彼女が放った矢は、頭部をやられ倒れたオーガを超え向かってきていたオーガの大腿へ深く突き刺さった。

 足を射抜かれたオーガは突進力を急速に失う。

「ミゲルさん、そいつを頼みます」

「僕は奥の2体を」

「承った」


 足を射られたオーガの脇を通り抜け、奥の2体へ向かう。

 前衛を任せられる仲間がいるというのは、こんなにも戦いやすいのか……。

 

 太くゴツイ棒を振り下ろすオーガの攻撃よりも早く、奴の右側を通り抜ける。

 黙って通り過ぎなどしない、すり抜け様に奴の胴を俺の刃が薙いだ。

 ゴアアァ

 わき腹から大量の血を流しながら、オーガは振り返り俺を追跡する。

 憎い、憎いぃぃと憎悪の光を目に宿し俺を追う。

 

 そんなオーガに背を晒しながら、俺は最奥に位置するオーガへ向かった。

 なぜなら、俺はもう一人じゃないから。

 信頼できる彼女マリーさんがいるから。

 奥へ向かう俺を追うという事は、奴はマリーさんに背を晒すという事だ。

 そうだろう?

 彼女が見逃すはずがない。

 ズドォン

 背後で奴が倒れた音がした。


 フッ

 気合一閃、雷鳴のような速さで対峙するオーガへ斬りかかる。

 受けて立つオーガは猛り立ち、黒く鋭い爪を振り下ろす。

 刃と奴の牙が激しくぶつかり合い、双方の攻撃が交錯すると思われた刹那、奴の手がストンと地へ落ちる。

 父さんの愛刀は俺の魔力で鍛えに鍛えられ、この世界では誰も見た事がない怪しい波紋を刀身に刻む、ダマスカスの刃のようになっている。

 父の愛と子の愛を知る秘刀は、奴の命を乗せた爪撃をものともせずに両断し、奴の胸ごと切断する。振り返ればミゲルさんもオーガを倒しており、俺たち3人のパーティー、初の本格的な戦いは快勝で幕を閉じた。



 

「じゃあ、この辺りで野営しましょうか」

「それなんですけど、本当に野営するんですか?」

「例のやつを心配しているの?」

「えぇ、真っ暗で回りが何も見えない中 ートーチ灯火ー を使ったら、すごい数の魔物に襲われたんです」


 2人は俺の話を神妙な面持ちで聞いていたが、意を決したミゲルさんが重い口を開く。

「君が言う事を否定したい訳では無いのだが、僕がまだ領主様に仕えていた頃、魔の大森林でも何度か野営を経験した事がある」

「どうでしたか?」

「魔物の大群が押し寄せてくるなんて事は一度もなかったよ」

「私もそうよ。ギルドで働く前は冒険者をしていたのだけれど、そんな夜は1度も無かったわ」

「ですよね」

「えぇ……」

 

「もしかすると……、黒いオーガが関係しているのかもしれないな。僕が大怪我をしたあの戦いもそうだった、魔物たちが半狂乱となって駆けていた……」

「恐怖なのか、何かはわからないけれども、黒いオーガには魔物達を異常に狂わせる何かがあるのかもしれないわね」

「言われれば、確かにそうですね」

 逃げ惑う民衆と同じように、半狂乱となった魔物が門へ雪崩込んだとベルガーさんも確かに言っていた。

 

「あんな事が常だと、誰も野営できなくなってしまいますし」

「ええ、そうよ」

「じゃあ野営の準備を始めますか!」

「了解」「わかったわ」

 そうなんだ、そうなんだよ。

 野営を恐れてたら今後遠出は出来なくなる。

 集落の近くしか戦えない冒険者なんて致命的だよな、終わってると言っていい。

 あんな事はもうないと思いたいし、仮にあったとしても今度は一人じゃない。全員で無事帰れるようベストを尽くせばいいんだ。初めて死の恐怖を感じたあの漆黒の夜、あの夜のせいで少し臆病になっていたのかもしれないな。


 ミゲルさんが天幕を張ってる間、俺とマリーさんが薪を集める。

 元々鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森だ。

 日が陰れば暗くなるのも早い。


 バチバチと薪が爆ぜ、火の粉が空を舞う。

 持参した食料の中でも日持ちが悪いものから優先して食べていく。

「ねぇ、パーティーでいつかお金を貯めてさ、いつか魔道具買わない?」

「魔道具ですか?」

「うん、そう。魔法袋があれば何かと便利なのよ」

「出来れば大きいのが、何個か欲しい所ですよね」


「なんか……高そうですね」

「収納量でピンキリね。私がもってるようなものでも、ホラこんなやつ」

 そう言って腰に下げてる袋を見せてくれた。

 へぇ、それが魔法袋なんだ。

「この程度なら金貨数枚で買えるのだけれど、沢山入るやつは高いわよ~」

「ちなみにマリーさんのでどれくらい入るのですか?」

「これは安いやつだから、少し多めに入る程度よ」

「そうなんですね」

「いい? 大きな魔法袋があれば替えの武器や、食料だって沢山持てるし、その……、替えの下着とかお洋服も持てるじゃない」

「なるほど、確かに必要ですね」

「旅を続けてる最中、アンリエッタさんの服が汚れて臭いだしてもいいの?」

「ダメです! すぐ買いましょう」

「あはは」「ふふふ」

 最後は乗せられた気もするけど、まぁいいや。

 

「ところで、改めてなんだけどね」

 突然改まってなんだろう?

「フェリ君ありがとう」

「な、なんですか急に」

「会った日は必ず、私やミゲル君に強化魔法をかけてくれてるでしょう?」

「ええ」

 

「私、強くなってるわ」

「あ、それは僕も思いました」

「「ありがとう」」

 2人に頭を下げられてしまった。

「えっと、仲間には……お2人には何があっても死んで欲しく無いんです。だから魔法をかけただけでお礼を言われるほどの事では」

「やはり君は素晴らしいよ」

「フェリ君……」

「も、もう寝ますよ!」


 なんて臭い台詞を吐いてしまったんだろう。

 改めると恥ずかしさで顔が赤くなる。

 どうもフェリクスになってから調子が悪い、こういう恥ずかしい台詞が素直にポンポンと出てしまうんだ。前世では考えられない事だぞ……。


 恥ずかしくてその場にいれなくなった俺は、後の事は2人に任せとりあえず天幕へと逃げたのだった。 

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