23話、パーティー結成

 なんだなんだ?

 冒険者ギルドがやけに騒がしいな。

 クエスト貼り出し用掲示板の周りは特に酷くて、人波で溢れ、ごった返していた。


「おい坊主、邪魔だぞ、前見て歩け」

「あ、すいません」

 訳がわからずキョロキョロしていると、知らない冒険者にぶつかって怒られてしまったよ。前世を合わせたら俺の方が年上だっつの。くっそー腹立つ。

 ハゲ上がる魔法を唱えてやりたい、あいつに。


 って、この世界に来てからやたら『坊主』って言われるのはなんでだろう。

 そんなに見た目幼いのかな? などと考えながら、ブツブツと呟き歩いていると、ギルド№1受付嬢の呼び声高い、緑の髪の美しいお姉さんが一生懸命『おいで、おいでと』手招きをしています。


 もしかして俺? と人差し指を自分に向けてみると。

 ブンブンブンと首を縦に3回振る、麗しき受付のお姉さま。


「マリーさん、こんばんは」

「フェリくん、おかえりなさい」

「何かあったんですか?」

「今から教えてあげるから、大きな声を出さないって約束できる?」

 コクコクコクと頷く俺。

 今すぐ声を出すなとは言われてないけどさ、大きな声を出すなと前もって言われると、なんかもう黙ってしまわない?

 そんな俺にクスリと微笑んだ後、カウンターの下から1枚の紙を取り出して目の前に置いて見せる。


「ふっふっふ、これを見なさーい」

 手を腰に置き、胸を張りドヤるマリーさん。

 彼女の大きなむ、いや、たわわさんが元気一杯に揺れていたよ。

 駄目だ、駄目だ。

 あの『たわわさん』は仲良くなっちゃダメな『たわわさん』だ。

 お近づきになってはダメな『たわわさん』なんだ。いいなフェリクス!

 ふぅ。危ない危ない。

 断腸の思いで無視しよう……。ぐすっ。

 

「緊急クエスト? なんですか、これ?」

 冒険者になって日も浅い俺は、こんなクエストがある事すら知らなかった。

 このクエストがどれほどの事態で、どれだけの価値? あるモノなのかすらわかっていないから、正直感想としては『フーン』としか言いようがない。


「いいから、読んでみて?」

 金髪の僕ちゃんになってから、表情が顔に出やすくなったのかな?

 たまに思考がバレている気がする。

 とりあえず、ちゃんと読んでみるか。


 ふむふむ。

 どれどれ?

 んん??

 なっ!? ちょっ。

「マ、マッマ」

「ママ?」

「マリーさん!」

 ドンッ!

「きゃっ」

「あ、すいません。つい興奮してしまいました」

「フェリ君に襲われるぅ~、いやぁ~」

「ち、ちがいますって……、勘弁してください、ごめんなさいぃぃ。」

 って、襲われる~と言いながら、なぜ笑顔なんですかっ。

「ふふふ」


 口元を手の平で隠しつつ、マリーさんがおいでおいでと手招きしている。

 ホント、切り替えが早いなぁ、もう……。

 これは耳を近づけろって事かな?

 受付のお姉さんが混雑してる掲示板を無視して、こんな所で写しを見せてるのがバレたらややこしくなるもんなぁ。声量に気を付けよっと。

 

「これは領主様直々の黒オーガ討伐クエストよ」

「そうみたいですね」

「金額見たでしょ? 2体討伐で金貨80枚よ」

「えぇ、見ました」

「アンリエッタさんを取り戻すには、このクエスト受けるしかないでしょ!」

「ですね」


「なによ、元気ないわね」

 顎に手をやり、思案顔のマリーさん。

 報酬は魅力だけれど、俺の気に入らない様子をすぐに察してくれた。

 

「なにか気にいらないの?」

「いえ、領主クエストってのが……ちょっと」

「あぁ、そっか、色々あったものね。でも背に腹は代えられないでしょう?」

 マリーさんが俺の両手を掴んで続ける。

「贅沢言ってる場合じゃないわ。取り戻すのでしょう?」

「ですね」


「あぁ、リヨンイチの美少年が命を賭けて領主様のクエストをこなし、父の仇を討ち、最愛の人までも取り戻すなんてドラマだわ、ドラマよ」 

 なぜかもう俺よりも、マリーさんの方が興奮していた。

 人って目の前にガッツリ興奮している人がいると、冷静になれるって本当ですね。

 わたし、アンリエッタさん救いたいです。

 でも、なぜか心は平たんでございます。

 

 そうなんだよ。

 マリーさんて本当に優しくて、俺のややこしい事情を全て察したうえで、全力で応援してくれているんだ。本当に素晴らしい女性なんだけど、恋愛話好き? 物語好きなところがあってさ、俺とアンリエッタさんの話が大好きなんだよなぁ……。

 そして酒を飲むとオヤジ化するところがあるのだよ。

 

「とりあえず今は業務中だから、あとで酒場でお話しましょうよ」

「え、酒場ですか?」

「駄目なの?」

 先ほどと一転して、悲しそうな表情になってしまうマリーさん。

 前世ではいい年したおっさんだったけど、なんせ女性に縁のない人生だったからなぁ。こういう表情されると断れないんだよ。

「わ、わかりました」

「大事な話があるから、ぜっったいに来る事」

「はい」

「そうそう、ミゲル君も読んでおいてね」

 今はもう夕方だから、あと1時間もすればマリーさんの仕事は終わるだろう。

 ミゲルさん今日いるかな? ちょっと呼びにいくか……。

 

 コンコン

「おぉ、フェリクス君じゃないか」

「どうも、ミゲルさん」

「こんなボロ家ですまないね。どうぞどうぞ、ささ」

「じゃあ、失礼します」

 不要なものは全て処分したのだろうか? 

 以前治療に訪れた時と比べて、家財の類が無くなり部屋はがらんとしていた。

 

「あれ? ミゲルさん、部屋を出て行くのですか?」

「ん?」「あぁ」

「君のお陰で僕はまた戦えるようになった。いっただろ? 君と一緒に冒険者になると」


 今日貼り付けられた緊急クエストの事もある、これは渡りに船かもしれない。

 2人なら絶対にあいつに黒オーガ勝てるよ。

 こうなる事を見越してミゲルさんを治したわけじゃあない。でも幸せは人に与えた分だけ、自分にも少し返って来るんだな……。

 世界って思ったより温かいよ、父さん。


 ◇◇


「2人ともおまたせ~」

「いえ、今日も受付混んでましたね」

「そうなのよ~。あ、すいませーん、エール6つください」

「え? いきなり6つですか? 3人ですよ??」

「いいから、いいから」

「は、はぁ」

 そう言えば大事な話があるって言ってたな、この後誰か来るのかもしれない。

 そうこうしてる間に、卓上に樽ジョッキがドンドンドンと6杯並ぶ。

 酒豪には普通の光景かもしれないが、適量の人間は圧倒される光景だよ、これは。


「はい、1人2杯づつよ?」

「ええっ、ちょ」「いやっ、待って」

「はい、ちゃんと持って」

「いや、だから……」

「うるさいわね。いい? いくわよ?」

 なし崩しに樽ジョッキを掲げる男が2人、女性の押しに弱い2人だった。


「パーティ結成を祝って、かんぱーい」


 ごくごくごく、ぷはぁー。

「やーん、クソギルド辞めた後のエールって最高〜♡」

「ブハッ」

「もう、汚いわね」

「ご、ごめ、じゃなくって、ギルド辞めたんですか?」

「辞めて来ちゃった、テヘ」

 テヘじゃねええええええ。

 そして事情がわからないミゲルさんは、一人おろおろとしていた。

 この展開ついていけないよね? わかるよ、俺だってそうなんだもん。


「や、辞めてどうするんですか?」

「さっき言ったじゃない、パーティよ、パーティ。4人でパーティ組むのよ!」

「4人? 3人じゃなくて4人ですか?」

「あ、そうかミゲル君は知らないのね、いいわ教えてあげる」


「──いい? フェリくん」

「ま、まぁ彼なら……」

 

 エールをぐびぐびと飲みながら、マリーさんが語りだす。

 父がリヨンの城館に勤める騎士であったことを。

 大森林近くの村を救うために奮戦するも、黒いオーガから負傷者を救うため盾となり散った事を、ミゲルさんは知っているはずなのに、うんうんと頷き聞いていた。


 酒を片手に話は進む、どんどん饒舌になっていくマリーさんがいた。

 父が亡くなり爵位は召し上げられ、一家は離散。

 子供の頃からお世話になった大事な女性ひとを、愛する女性ひとを取り戻すために金貨100枚が必要な事も全て明かしてしまった。愛する愛すると連呼されてしまうと恥ずかしいから、あまり言わないでほしいんだが……。


 真っすぐな眼差しで俺達を見つめるマリーさん。

 ずっと前に話した時のように、その顔は今日も鼻水と涙で濡れており、ギルドナンバーワン受付嬢の面影はどこにもない。あ、いまはもう『元』ナンバーワンになっちゃうのか。


「おおぉぉ。グスッ、君と言うやつは……」

「──グスッ、泣かせる男じゃないかッ、うぅぅ」

 マリーさんから事の経緯を聞き終えたミゲルさんは、おんおんと声を上げて泣いていた。マリーさんと肩を抱き合いおんおんと、なんなんこの2人……。


「僕の体を治してくれた事といい、君は本当に素晴らしい」

 涙交じりの顔を突然キリッとこちらへ向けるや、おもむろに宣言が始まった。

「やろう! やってやろうじゃないか! 黒オーガを倒して、君の麗しの姫を助けようじゃないかっ!」

「おーっ、いいぞミゲルー」


 もう駄目だ、場は酔っ払いに占拠されてしまった。

 もう俺も呑むしかない。

 素面でこの2人に付き合えるかよ。


「ところで、フェリ君てさ、信じられないくらい可愛い顔をしてるわよね。見た目だけなら天使みたいじゃない」

「マリーさん、酔ってます?」

「それなのに純粋で、アンリエッタさんだけをただ追い求め、あぁ、もう最高なのに」

 いきなり何を言い出すんだろう?

 恋愛話好き? 物語好きさんの琴線に触れてしまったのかな? 俺という存在が。

 ふふふ、罪な男だ。


「なのに、スケベよね」

「ブハッ、ゲホッ、ゲホゲホ。な、なんですかいきなり!」

「だって、たまに胸見てるでしょ?」


「たまにじゃないか、結構かな~?」


「あ、あ、あれは、あれはで、ででですね」

「好きなんでしょ? 正直に言いなさいよ」

「好きというか……」

 こんな修羅場は前世も今世も初の事だ、一体ど、どうしたらいい?


「み、見たことも触った事もないから、そこには、だ、男子の夢が詰まってるんです!」

 ゴクゴクゴク、ドン。

「ふぅ、だから見てしまうだけなんですっ!」

 何を言ってるんだ俺はああああ。

 

「アンリエッタさんと、長く一緒に暮らしてたのでしょう?」

「そうですよ?」

「彼女の見た事ないの?」

「なっ!?」

 ボン、と俺の顔も、手も足も全てが真っ赤に茹で上がってしまう。

 

「くすくすくす、あー面白い」

 笑いすぎて涙を浮かべるマリーさん。鬼だ。緑のオーガだ。

「お年頃ってそんなものよね。ミゲル君もどうせそうなんでしょ?」

「ええっ!?」

 うわ、貰い事故きた。ミゲルさんごめん。

 ケラケラと笑うマリーさん。

 だ、だれかこの酒好きオヤジ風美人を、違うな、もうそんな表現では生ぬるい! 緑のオーガを止めてくれぇ、頼むぅ。

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