22話、僕は彼も救いたい
「ところでミゲルさんの頼みとは何ですか?」
「あ、あぁ、そうだった。それもあるんだったな」
「──申し訳ないと謝った口で君に頼みごとをするのは、あまりにも身勝手で、情けないとは思うが……」
「フェリクス君、君はあの模擬戦を覚えているだろうか」
「模擬戦って、あの?」
さすがに本人を前にして俺が勝った?
とは言い辛い、少し濁しておこうか。
「そう、あの模擬戦だ」
「あれなら、はっきりと覚えています」
「そうか。あの時、君に治癒魔法をかけて貰ったろう?」
「ええ」
「──あの時は怪我をさせてしまい……」
「違う、違う」
僕の言葉を遮り、慌てて否定した彼。
「謝って欲しくて言ったのではないんだ。あの治癒魔法は凄かったと言いたかったんだ」
「そうでしたか」
「領主様お抱えの治癒魔法使いより、君の方が絶対に凄いと思う」
「──き、君ならこれを治せないだろうか……」
ゴクリと、ミゲルさんが唾を飲む音まで聞こえてしまいそうな程。
静かで、緊迫感に満ちた部屋。
「領主様お抱えの治癒魔法使いは、これが精一杯だと言うんだ。骨が付いただけ喜べと……、感謝しろと」
「くっ、こんな、碌に歩けもしない体では、満足に働く事すら出来やしない。こんな体で誰が雇ってくれる? 蓄えが尽きたら僕はもう餓死するしかない」
「少しでもいいんだ、君の力で動くようにして貰えないだろうか」
「お願いだ」
あの自身に溢れていたミゲルさんが、すがるような眼で俺を見つめている。
「もし動くようになったら、僕は君の為なら何だってする。何だってするから……、頼むよ、うぅ」
いまなんて言った?
働けない? 餓死?
お前あの時、騎士見習いだったろ?
もう今頃は騎士になっててもおかしくはないはずだ。
「どういう事ですか」
「──貴方は騎士なんだから、給金が貰えるはずです。それで体が治るまでゆっくり過ごせるはずだ!」
「体も満足に動かせない騎士はもう、いらないんだってさ。領主様に罷免されたよ」
アドリアン・コンスタンツェ
俺の、父さんだ。
訳の分からない世界へ飛ばされた俺を、育み育ててくれた大切な父親だった。
今はもう天へ返ってしまい、会う事も、声を聞く事すら叶わない。
尊敬し愛すべき俺の父だ。
そんな父さんは、領民を守るために戦って死んだ。
なのに領主は我が家から爵位を召し上げ、コンスタンツェ家が必死に守って来た小さな領地すらも取り上げたんだ。
ベルガーさんは言っていたぞ?
ミゲルは若いが剣筋も良く素直な奴で、将来を期待していると。
そんな彼が、動けなくなったから捨てただと?
「何が領主だ、くそッ!」
ドンッ
思わずテーブルに拳を突き立ててしまう。
それを見てもミゲルさんは驚きもせず、ただ悲し気な顔で俺を見ている。
きっと父さんの、コンスタンツェ家の末路を知っているからだろう。
だから仕方が無いんだ。
とでも言いたげな、とても悲しい顔で俺を見ていた。
「どんな痛みにも耐えられますか?」
はっ!? と表情を変えコクコクと頷くミゲルさん。
「治るなら、どんな痛みにも耐えてみせる」
「死んだ方がマシだと思うかもしれませんよ?」
「構わない。今の僕はもう、死んでいるのと変わらない。どんなに痛くてもいい、何かを代わりに失ったっていい。代わりに今後は君へ仕えろというなら仕える」
「なんだってする、お願いだ」
「ふぅ、わかりました」
◇◇
「ぐあああああああああああああ」
「──はぁはぁ、ガアッ」
「ぎぎぎッ、ッハァ」
息を吸っては痛みに叫び、ありったけの空気を肺から絞り出す。
歯が割れそうなほど食いしばり、壮絶な痛みに必死に耐えていた。
「次で最後です。耐えてください」
「が、がんばってミゲル君。あともう少しだから」
マリーさんが一生懸命励ましている。
「はぁはぁ、ゲホッ」
「──気が狂いそうだ」
そうだろう。
本当にそう思う、この治療法は滅茶苦茶だから……。
大きな台にミゲルさんの右腕を暴れないように括り付け、体は椅子に縛り付けている。それでも激痛にのたうち回り、きっと暴れるに違いないと思ったから、マリーさんに頼んでミゲルさんを押さえてもらっていた。
マリーさん折角の休みにごめんよ。こんな役回りをさせてごめんよ。
ミゲルさんの腕や足は、なぜ動かないのか。
それは粉砕した関節を、魔法で無理矢理くっ付けたからだと思う。
この世界、俺の知る範囲内では刃物はあってもクーパーやメイヨーら
消毒液すら無いかもよ。
設備や施設が整っていれば、関節部の肉を開いて骨を露出させることが出来る。
そこまで出来れば別の治療法も試せたかもしれないが、なんせ設備もなければ部屋はボロくて、汚いココだぞ? こんな所で切れるかよ……。
おまけに道具も無ければ麻酔も何もないと来た。
だから……、砕くしかないだろが。
引っ付いた関節を、固着してしまった関節を……。
叩いて割るんだ、大きなハンマーでな。
ハンマーを振り上げて、彼の右肘関節へ向けて振り下ろす。
グシャッ
「ぎゃああああああぁぁ。ッハァ、ガアアアッ」
「ミゲルくん耐えて! 耐えれば治るのよ!」
あのマリーさんが、あまりの凄絶さに涙を流しながら励ましているよ。
ガクリ……
ミゲルさんは気を失ってしまったようだった。
よく頑張ったよ貴方は……。
「フェ、フェリくん? もう少し痛くならないようには出来ないの?」
「彼の関節はもう固まってしまっていて……、一旦砕かないと治せないのです」
「そう……」
「僕だって好きでしてる訳じゃないんです。マリーさぁん……」
「え、えぇ、わかってるわ。ごめんなさい。ごめんなさい」
「マリーさん」
マリーさんが涙交じりの瞳をこちらへと向ける。
この
「──あまりの凄絶さに、こっちの方が申し訳なくなっちゃいますよね」
「うん……」
「でも、必ず治すから、必ず治しますから。あと少しだけ我慢してください」
「わかったわ」
ミゲルさんの右肘関節はこれで砕けきったと思う。
ここからは正に異世界の神秘、魔法の出番だ。
俺の体じゃない。
だからこそ失敗はできない。
いつものように脳内に鮮明な骨格標本を思い浮かべる。
前世で散々に見た、学習した人体の構造図だ。
右肘の関節を出来るだけリアルにスムーズへ動くよう、願いとありったけの想いを込めて魔力を練り上げる。
「ー
ミゲルさんの右腕が淡く煌めいた。
「頼む、治ってくれ」
「頑張って! フェリくんの魔法さん」
気が付けば、隣でマリーさんも祈るようなポーズを見せていた。
魔法さんはなんか違う気もするけど、彼女らしいよね。
魔法を応援したくなるほど、あの光景は悲惨だったもんなぁ。
魔力の消失と共に傷んだ体を治すであろう、神々しいまでの輝きが失われる。
それを見た俺は、間髪入れずに同じ魔法をまた唱えた。
俺の胸を抉った時でも2回で治ったから。
念には念をいれ3回、
「ふぅ」
「終わった?」
「えぇ、後はミゲルさんに聞いて見ないとわかりません」
「フェリくん、お疲れ様……本当にお疲れ様」
「ちゃんと治ってるはずです」
「完全に元通りかどうかは、わかりませんが」
「あ、そうだ。ちょっとまってくださいね」
「ー
肉体の強化に主眼を置いた、俺のオリジナル肉体強化魔法。
頻繁にかけた俺やアンリエッタさんと違って、マリーさんには狩りを共にした数度、ミゲルさんに至っては今日が初めてだけど唱えておいた。
俺が知るこの世界の数少ない良い人達には、せめて安穏と暮らしてほしい。
少しでも彼女らの助けになればと思って
「うぅ……」
「ミゲルさん、目が覚めましたか?」
目を覚ましたミゲルさんは、心なしかゲッソリと憔悴していたよ。
それだけの痛みに耐えたから。
本当に地獄のような痛みだったと思う。
「気を失っていたのかな?」
「ええ、そうです。右腕はどうですか?」
「!?」
右腕を上下に上げたり、肘だけを曲げたりするミゲルさん。
動かなくなった腕が動く喜びに、彼の顔面は喜色満面に溢れていた。
「う、動くよ」
「おぉ……」
「フェリクス君! 動く、動くよ……うぅぅ」
「よしっ!」「よかったぁ」
無意識にマリーさんと軽い抱擁を交わしてしまった。
それほどにキツく、苦しい治療だったんだ。
ミゲルさんは喜色満面の笑みを見せたかと思うと、今度は感極まり泣いていた。
忙しいなミゲルさんの顔は、ははは。
でも、よかったよ。本当によかった。
「ありがとう、この恩に僕はなんと報いればいい。どう返せば良い?」
「返さなくて良いですよ」
「そういう訳にはッ……」
「じゃあ、領主とか役目に縛られず、これからは好きに生きてください。人生を楽しんで精一杯生きた果てに、最後によかったと思えれば……、それが最高のお礼ですね」
ミゲルさんへ向かってニコリと笑った。
前世ではあまり笑う事が無かったから、ちゃんと出来ているかわからないけれど、自然と笑う事が出来たと思う。
動くようになった腕で、祈りを捧げるようなポーズを取り彼は答えた。
「君は、僕にとっては天の御使いだよ」と。
「そんな大げさな」
「大げさじゃない!」
「君は今、冒険者をしているんだろう?」
「ええ、そうですよ」
「では、僕もその仲間に入れてくれないか?」
「で、でも」
「騎士は罷免となった。これからは自由に生きていいんだろ?」
「それは、そうですが、治ればまた騎士に戻る事だって……」
「騎士は……、もういいよ。君の仲間として冒険に出る。これが僕が今一番生きたい生き方なんだ」
「構わないかな?」
「構いませんが、その前にまず足を治さないと」
冗談っぽくニコリと微笑んでみる。
「えええええええええええええ」
ミゲルさんの絶叫? が部屋に大音響で木霊する。
腕が元通りになった嬉しさで、脚の治療はまだだったのを忘れてたみたいだね。
先ほどの壮絶な治療がまるで嘘のように笑い合う3人がそこにいた。
──アンリエッタさん。
こうして声を上げて笑う今も、酒場での楽しいひと時を過ごす夜も、
けれど、俺はアンリエッタさんの事を忘れた事はないよ。
必ず、貴女を取り戻して見せるから。待っててね。
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