16話、多重魔法ー蒼き灼熱の業火ー
何かを思い出したかのように解体作業を中断し、俺の作業を見つめるマリーさん。
たった数日だったけど、今までずっとアンさんって呼んでた人が急にマリーさんだもんな、正直呼びにくいったらないよ。慣れるまでは違和感が半端ない。
マリーさんは物言わず、背後でずっと俺の作業を見つめていた。
「フェリクスさん……」
「はい、何でしょう?」
「冒険者になったばかりと言うのは本当なのですか?」
マリーさんが眉間に皺を寄せ難しい顔で尋ねてくる。
どういう意味だろうか? 質問の意味がよくわからない。
「意味がよくわかりませんが、先日ア、いえ、マリーさんにお話しを聞いて頂いたのが初めての日ですけど?」
「うーん。少しでも効率が上がればと思い、今日は色々と教えてあげるつもりで来たのですけど」
「ありがとうございます」
「解体が上手すぎませんか? それこそ私より上手い気がするのですが……」
「え?」
これは、やってしまったかな?
「ゴブリン戦でのお手並みも拝見しましたが、すごいじゃないですか! ちょっと強すぎますよ、新人のレベルじゃないです!」
前世は医者だからね、そりゃまぁ解体は慣れてるさ……。
でも冒険者デビュー間もない青年が、魔物の解体が上手すぎたらおかしいか。
これは想像していなかった事態だな、うーん。
どうやって誤魔化せばいい?
「ありがとうございます。剣術や魔法は小さい頃からずっと鍛錬を重ねてきたので、そのおかげかと……、解体は父さんに教えてもらいました」
これは嘘だ。父さんゴメン、名前使わせてもらうね。
「お父さんが騎士とは聞いてましたから、その辺りはまぁわかりますけどね」
「ええ、父さんとアンリエッタさんのお陰ですね」
「アンリエッタさんは勝手に魔法使いだと思い込んでました。剣士だったのですか?」
「魔法使いですけど、剣も上手でしたよ?」
「ほえ~、後衛で剣も上手かったら反則じゃないですか。フェリクスさんは良い師に恵まれましたね」
「ホントそうだと思います」
「んーでも、ちょっと規格外すぎるんですよね」
これ以上は説明のしようがない。あまりに不信がられるようなら、アンリエッタさんを取り戻すまでは一人で行動した方がいいのかもしれないな。
「フェリクスさんの近くにいたら、何だか楽しそうな事が一杯待ってそうですね!」
「そ、そうでしょうか?」
「よっし、お姉さんこれから休みの日は全部ついてっちゃうぞー」
ぽかーんと呆気にとられる俺。
「くすくす、なんですその顔?」
マリーさんが呆けた俺の顔を見て笑う。
「え、いや、だって胡散臭い奴って思われたのかなって」
「辺境の冒険者ギルドに突如現れた、あどけなさが少し残る金髪の可愛いらしい青年。よく話を聞けば、なんと、その少年は長年に渡りお世話になった大事な
「これだけでも、もう、ちょっとした物語です! それなのに、可愛くて礼儀正しくて、強くて謎めいてる。ふふふ、フェリくんの側にいれば退屈しなさそうですね!」
フェ、フェリくん!?
突然のフェリくん呼びと、謎のナレーション口調にまごついてしまう。
一体どうした??
「仲良くしていきましょうね、フェリくん」
「は、はい……、よろしくお願いします。マリーさん」
「もうただの冒険者と受付って関係じゃないから、そんな丁寧な言葉使わなくても大丈夫よ?」
いやちょっとまって、何ですかその、人が聞いたら誤解しそうな台詞!
一体どんな関係ですか!
あと、そのさんふらわ⚪︎みたいな呼び方続ける気ですか?
↓ 急にフランクになったマリーさん挿絵です ↓
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093074578698261
話が脱線しすぎてしまい、また、想像だにしない方へいくものだからゴブリンの解体と回収の手は完全に止まってしまっていた。
「手が止まっちゃってます。解体続けますよ、もう」
「はーい、フェリくん」
うぅ、何がどうしたらこうなる。
女心はさっぱりわからん!
何かちょいちょいわかったフリしてごめん。やっぱり全然わからないや。
先のゴブリン戦での討伐部位や魔石などの戦利品を集めた俺たちは、次の獲物を求め大森林の捜索を続けていた。
「マリーさん、また集落を見つけました」
「どれどれ?」
「あそこです」
「──おかしいわね。気配が全くないと思わない?」
「確かに、ちょっと見てきますね」
確かにその通りだ。
遠目に集落があるのはわかったが、生きている者の気配が全くない。
仮に何匹かゴブリンが居たとしても恐れる事は無い。無遠慮にずかずかと集落へ入り込む。周りを見渡すと何の事は無い、ゴブリン達は既に狩られた後だったのだ。ゴブリン達の亡骸が無造作に転がっていた。
「マリーさーん、既に狩られた後でした〜」
マリーさんが周囲をキョロキョロと観察しながら近づいてくる、そのまま自分の所へやってくるのかと思ったら、途中のゴブリンの亡骸の辺りで立ち止まり膝をつき何かを調べている。何か気になる事でもあるのだろうか?
「マリーさんどうかしましたか?」
「おかしいと思わない?」
「ほら、胸が抉られて魔石が無いでしょ? でも左耳はそのままよ?」
「確かに、左耳を残していくのはおかしいですよね」
魔石と同じく、左耳も持ち帰れば討伐証明としてギルドから金銭が支払われる。どちらかと言うと胸骨や肋骨があるぶん魔石の方が取出し辛く、耳は逆に簡単である。
その簡単な耳だけをわざと残し、手間がかかる魔石だけ取っていくというのはどういう事だろうか……。
嫌な予感とまではいかないが、解せない行動に
「念のため他の亡骸も調べてみましょうか」
「わかりました」
残敵に最大限の警戒をしつつ、マリーさんと2人でゴブリンの集落を調べて行く。
「何かあった?」
「マリーさんこれ見てください」
すぐ傍に立ち、俺が指差すところを見ようと上半身だけ屈むマリーさん。
重力のお陰かな? マリーさんの胸がぶらさがるような形となり、一瞬たわわと揺れていたのを見逃す俺ではない。お前もそうだろ? わかってるさ同志よ。
アンリエッタさんごめん、そこにあれば見てしまうんだ。
『たわわさん』これを見ない男がいようか。
こ、これは二心とか浮気じゃないから!
見える機会があれば逃さないのが男の
「足跡は1人みたいね」
唐突なフェリくん呼びから言葉使いがフランクになったマリーさん。
俺が『たわわさん』に気を取られている間も真面目に見てくれていたようだ。
「そうなんです。ゴブリンの集落を壊滅させ魔石だけを取って去った。耳や剣などの戦利品の類は全て放置って感じですね」
「これ以上調べれる事もないし、耳と戦利品だけもらいましょうか」
「え、いいんですか?」
「ええ、だって捨てられてるのよ?」
「まあ……」
「ギルド職員が言うのだから大丈夫、安心して」
胸を張り『任せなさい』と言わんばかりにトンと叩くマリーさん。
あ、さっきぶりですねたわわさん。
気持ちは釈然としなかったが、廃棄されてるようなものだという事でゴブリンの左耳と戦利品の多少を頂いて謎の集落を後にした。
「あんな事ってよくあるのですか?」
「ないわよ。戦利品は諦めて逃げるという事はあるでしょうけど、全滅させて置いていくってのは聞いた事が無いかな」
「そうですか」
「まだ時間ありますし、もう少し探索してもいいですか?」
「どんどん行っちゃって!」
「はい!」
先ほどの謎の集落を起点にして、魔の大森林の奥へと探索を続けていく俺達。
道すがら単発的に魔物に襲われはするものの、大きな集団に当たる事もなく時間だけが過ぎていく。
「マリーさん、少し教えて欲しいのですが」
「なあに?」
「強い奴はやっぱ奥にいるんですか?」
「そうね、奥へ行けば行くほど強い奴がいるわよ? この辺はまだまだ入り口みたいなものだから精々ゴブリンかコボルトくらいのものね」
「もっと奥に行きたいの?」
「試してみたいって思いはありますね。それにゴブリンは安いですし……」
「じゃあ、もう少しだけ奥に行ってみますか」
困った子ね、もう。という雰囲気を少し漂わせるマリーさん。
でも結局了承してくれるんだよな。この辺りはアンリエッタさんと通ずるものがあるかもしれない。
「ホントですか? やった」
ゴブリンに不満がある訳ではなかったが、何せこの前の報酬が銀貨5枚だからさ、今後の事を考えても、もう少し報酬の良い敵も知っておきたいよな。
ん? 心なしか地面が少し揺れてないか?
「マリーさ、」
「シッ」
口元に指を当てて黙るよう促すマリーさん。
「何か変よ、逃げましょう」
「え、逃げるんですか?」
「ええ、よくわからない時は下がるのが鉄則よ。急いで」
「わかり」
バキバキバキと木々をなぎ倒し、奥から大量の敵が怒涛の勢いで駆けて来る。
「オークの群れ!? なぜこんなところに」
「フェリくん! 急いで!」
オークは半狂乱に駆けており速度が異様に早い、このままでは追いつかれてしまう。あの巨体共に散々に踏まれたらどうなるかは、考えなくてもわかる。
善意で付いてきてくれたマリーさんを、危険に晒して良い訳が無い!
昔、散々に習った魔法の同時行使。
強弱に緩急をつけながら十本の指先に灯した炎達よ。
一分一秒も無駄に出来ないこの状況で、あの頃の思い出が鮮明に蘇る。
「敵を燃やし尽くせ ー
この世界の火魔法には無い、蒼く煌めく炎で構成された炎の鳥が
通常ならここで開放して放つ、だが、まだだ。
魔法を準備している間も、半狂乱に駆けるオーク達の勢いは止まらない。
そしてマリーさんは、逃げずに付いて来ない俺の元へ引き返していた。
俺を見捨てて逃げないんだ。こういう人はもう失っちゃいけない。
「その蒼き業火で、眼前に迫るオーク共を焼き尽くせ ー
とっさに思いついた魔法。
幼い頃アンリエッタさんに倣った魔法の多重維持、それを
「いけ! 燃やし尽くせ! もう俺に失わせるなあああ」
ドオオオォォォン。
周りの木々が震えるほどの衝撃と音が響きわたる。
燃え盛る蒼い炎と黒煙が邪魔で、前がよく見えない。
放出した魔力の消失と共に蒼い炎が消え去り、現地に残されたその爪痕は想像を絶するものだった。
半狂乱に駆けたオーク共は全て消し炭に姿を変えており、着弾した近くの土は
石の融点って最大で1300℃以上だぞ?
マリーさんはその光景を見て口をポカーンと開けて固まってしまった。
呼びかけても反応が無い。
ああ、やってしまった、これはやりすぎたかな。
こんな俺にこれまで通り付きあってくれるだろうか、マリーさん……。
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神崎水花です。
2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。
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