17話、エールに氷魔法
固まったマリーさんがボツリと呟く。
「あ、あんたの師匠ってもしかしてま、魔王?」
「いえ、ハーフエルフだそうですけど?」
なんたる事だ、俺とした事が『美しい』を前に付ける事を忘れてしまうとは。
美しいハーフエルフに訂正させてくれ、やり直しを要求するッ。
「……」
あ、ダメだこれ声が届いてないやつだ。
マリーさんは口を開けたままポカーンと立っていて、呼んでも反応がない。
思考がどこかへ飛んで行ってしまって、まるで抜け殻だけが残されたかのようになっていた。
これって今、『たわわ氏』を触ってもバレないのでは?
よ、よしこれは人名救助だ、いいな?
こんな危険な場所で突っ立ってるのは危ないだろ!
はい、わかりました隊長!
おそるおそる前進する
おいおい、なんて最悪なタイミングなんだ。
正気を取り戻しつつあるのか、マリーさんの瞳に力強さが宿り始める。
あと、あと10秒あれば救助完遂できたのに……、人生で初めて触れたのに。
これ以上は危険だ、総員退避ーッ、急ぎ退避せよ! 救助隊(右手)に事故があってはならんのだ、災害現場で最も大切な事だぞ!
ふぅ危機一髪だったな。
「どうなってるのコレ?」
「──フェリくんがやったのよね?」
さて、
尋常じゃない火力だったと思うし、一部始終をモロに見られてるから今更誤魔化しようもないと思うのだ。
「マリーさんを助けたかったから、つい全力を出してしまいました」
何て安直な、こんな返答しか思いつかない自分が悲しいよ。
「そっか……、ありがとう」
お? 納得して、くれた?
「助けてもらってこんな事言うのもなんだけどね。高威力な魔法を多重で何発も出してたように見えたわ、今後は控えなさい?」
「マリーさん……」
「もし制御に失敗したら大変な事になるから、ね? 魔法は専門じゃないけど、それくらいはわかるわ」
我ながら
もっと修練を積み、多重制御の練度を積み上げていかないとなぁ。
「マリーさんの言う通りだと思います。もう乱用はしないと約束します」
「よかったぁ、フェリくん無茶しそうだから心配なのよ」
駅前に出来た新築マンションの最上階。
そこが俺の新たなる住居だった。
医師という職業はな、一般的な会社員達とは違って、過疎が進む都市や少し田舎の方が逆に収入が良かったりするんだぜ? それに一般人だと信じられないような金額のバイトもあったりする。
それなのにクソ忙しかったりするから、金ばかりが貯まって行くんだ。
だから買ってやった俺の城。
電化製品や家具の1つを取っても良い物ばかりが選び置かれ、モノトーン基調のお洒落で清潔感あふれた家だった。
当直明けの連続勤務で重くなった体を引きずるように帰り、その目に映る光景は。
起きたままの布団に、置かれたままの食器。
誰もいない、白く無機質な家だった。
座る位置の決まったソファーに、俺の食事場所を兼ねたパソコン用デスク。
広い家なんて全くの無意味じゃないか。
ハハ、乾いた笑いが、音の無い部屋に虚しく響く。
「こんな高いだけの家が、本当に欲しかったのか?」
「──ただ食って、風呂へ入り寝る。それだけの為に?」
ふと、あの頃の情景が蘇った。
おかえり、ただいま。
今日あった楽しい事や、辛く悲しい出来事も語り合えるかけがえの無い人達。
些細な変化を心配してくれる声。
こんな当たり前の事が、どれほど有難いことなのか俺はわかってなかった。
だから言うよ、今世はちゃんと言うんだ。
「心配してくれてありがとう。いつもありがとう、マリーさん」
感謝の想いは伝えなきゃいけない。
カタチの無いモノは想うだけでは駄目なんだ、出さねば決して届かないのだから。
俺が今世で学んだ最も大事な事のひとつなんだ。
◇◇
「折角だから、私はオークの魔石を取ってくるわ。消し炭だけど魔石くらいは残ってるでしょ。あ、そうそう、フェリくんは水魔法で火を消しておいてね」
「え? 水をかけて回れと?」
「あちこちに燻った火を放っておいたら、森林火災になっちゃうから」
「確かにそうですね」
「いい? お願いよ」
マリーさんが元はオークであった黒炭の中から魔石を取り出してる間、俺は魔法で水を放出しては、あちこちで燻ってる火を鎮火していた。簡易消防隊さ。
森で火魔法を使うと、こういうリスクがあるのか……。
火災の事を考えるとこのままでは使いにくいな、もっと延焼や類焼が少なくなるよう何らかの工夫が必要かもしれない。
ホント色々とタメになる一戦だったと思う。
◇◇
「やーん、仕事終わりのエール最高〜♡」
ごくごくごく、ぷっはー。
消し炭となったオークの魔石の回収と、鎮火作業が終わった俺たちは無事リヨンへの帰還を果たしていた。
査定窓口へ全ての討伐部位や魔石、戦利品を渡した後のマリーさんの鶴の一声でこうなったのさ「さ、後は査定を待つだけでしょ? 飲んで待ちましょう」と。
今日は色々な事があったなぁ。
特に最後の多重魔法や火消しでは結構な魔力を使ってしまい、ちょっと疲れたのもあってかエールが美味いんだ。けれど、けれどな?
ああ元の世界のビールが飲みてえ。
この世界のエールを否定はしないが、炭酸が弱すぎるのとヌルいのがイケてない。
やっぱエール(ビール)は冷えてないとダメでしょうよ、常温はダメだよ。
そういえばさ、温度って下がれば、分子の熱運動が下がっていくんだったっけ? じゃ逆に分子の運動を遅くすれば冷えるんじゃないか? ちょっとだけ試してみるか。
エールをジッと見つめ、並々と注がれた液体の分子運動が遅くなるイメージで魔力を少し流してみる。む? 結構魔力を持っていかれるぞ?
ピシッ、ピシピシ。
お? おぉ? 冷えた? 冷えたぞ!
魔力の効率はあまり良くなさそうだけど、冷えたエールが飲めるならこの際そこは目を瞑るってもんでしょうよ。
どれどれ、ゴクリ。
美味い! 美味すぎる! 冷えてるだけでこんなに美味いのか? たはーっ。
『やーん、冷えたビール最高〜♡』
「何やってるの? 何かすごく気になるのだけど」
「一口頂戴」
そう言ってマリーさんにエール用の樽型ジョッキを奪われてしまった。
「ちょっと! な、何これ? やーん、冷えてて美味しい♡」
本家本元はこうでした。俺のは少し外してたみたい。
ごくごくごく、ぷはー。
いや、それ俺の……。
「ひどいよアンさん、一口しか飲んでないのに」
「ごめんなさい! すいませーん、おかわり2つお願いします」
「あれ? 今なんて呼びました?」
「アンさんと……」
「これは、全部没収の刑ですね。はい、これも冷やす!」
そう言い、おかわりで運ばれて来た2杯のエールも、おつまみのソーセージも全て奪われてしまったのに冷やせと言う。理不尽だぁぁ。
「だって、ここでは無理ですよ」
「どうして?」
ごくごくごく。
「皆がアンさんて呼んでるのに、自分だけマリーさんと呼ぶのはちょっと……」
ごくごく、ぷはー。
「無くなっちゃうよ?」
くぅ、この酒好きオヤジ風美人め。
↓ 酒好きオヤジ風美人?美人風酒好きオヤジ?どっちだろさんの挿絵です ↓
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093074796817505
「ごめんなさい、マリーさん」
満面の花が咲いたような笑みを浮かべ、
「フェリくん、かわいー♡」
うるせぇ酔っ払い。
俺わかったわ、これ絶対遊ばれてるわ。
この時代って娯楽ないだろ? 絶対俺で楽しんでる。
くっそー(泣)
「おーいフェリクス、査定終わったぞ〜」
査定窓口のアスクルさんが呼んでいた。
さて、今日は幾らだろうか、今日はマリーさんが手伝ってくれた事もあって正直期待しているんだ。これでダメだったらホントもうどうしようもない。
ダマスカスソードを量産して売るとか、王侯貴族の病を治して高額治療費をせしめ取るとか、何か特別な事を考えないといけないだろうな。
期待と不安が入り混じった様相を帯びながら、一人査定窓口へと向かう。
「いつの間にアンとあんなに仲良くなったんだ? あいつ意外と人気あるから気をつけろよ? ほれ、これが明細だ」
「いつの間にかこうなってました、はは。査定ありがとうございます」
「おう」
立ったまま査定の明細を確認していく俺。
・ゴブリン討伐証明×118…銅貨47.2枚
・魔石6等級×63……………銅貨31.5枚
・魔石5等級(下)×5 ……銅貨3.5枚
・魔石5等級(上)×22 …銅貨17.6枚
・その他ドロップ一式 ………銅貨8枚
・依頼クリア報酬として銅貨4枚
*50体以上につき特別加算
合計、銅貨111.8枚という結果だったよ(銀貨換算11.18枚)
夢にまで見た金貨1.1枚以上だよ!
やっとだ、やっとノルマ達成出来た。
だが、毎日このペースで稼いで何とかギリギリなのだ。
喜ばしくはあるものの心は晴れない。
「元気ないけど、どうしたの? 思ったほど行かなかった?」
いまいち喜べない俺の様を見て、マリーさんが心配してくれている。
「これ、明細です」
アスクルさんから貰った明細を、そのままマリーさんに見せた。
「すごいじゃない! よかったね」
「目標だった金貨1枚以上を達成できたので嬉しいのですが、明日からはまた1人ですし、毎回こう順調に行けるかどうか……」
正面に座っていたマリーさんが突然席を立ち、俺の隣へと座り直す。
俺の肩に手をまわし上半身を引き寄せながら「目標は100枚だものね、遠いね。でも焦っちゃ駄目、1歩づつ行きましょう? 私も出来るだけ手伝うから」
「ね?」と励ましてくれた。
マリーさんに軽く上半身だけ抱擁? されてから、明らかに変わったギルド1階酒場の雰囲気よ。俺はどうやら超えてはいけない線を越えてしまったようだった。
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