15話、マリアンヌ
「今日は夜の仕事が無いの、今から軽くエール1杯だけどうですか? 明日の打ち合わせも兼ねて、ね?」
想定すらしていなかった、アンさんからの突然すぎるお誘い。
「本当は1杯と言わず何杯でもと言いたい所なんですけど、明日の用意がありますからね。装備の点検とか色々やることありますから! だからすぐ終わりますよ?」
いつも笑顔のアンさん。
女性に誘ってもらうのって男としてどうなの? 情けなくない?
かと言って俺から誘うのはなぁ……、下心あると思われても困るしって、アンさんの場合はアンリエッタさんの事知ってるから問題ないのかな?
あと、
「お〜へ〜ん〜じ〜は?」
おっと、いけない長考しすぎたようだ。
「あ、はい! では1杯だけで」
「じゃ、下のホールで座って待っててください。すぐ行きますから」
「はい、では先に行って席を取っておきますね」
応接室らしき部屋での話が終わった時点で、既に業務時間を過ぎていたみたいだ。
下で待っててと言われてから10分もしない内に降りてきて、今は俺の対面に座りエールを飲んでいます。俗にいう駆けつけ1杯ってやつです……。
冒険者ギルドの1階、夜はちょっとした酒場にもなる1階。 こんな目立つ所でギルドナンバーワン受付嬢とサシで飲んだら大注目に決まってます!
ギルド内酒場の皆の視線が刺さりまくって痛いですし、刺さりすぎて穴が開きそう、無言の圧力もすごいです。
「おい、どういう事だよ。なんでアンさんとあいつが飲んでるんだよ!」
どういうことか俺も聞きたいです、はい。
「何もんだあいつ、弟か?」
弟みたいなもんですね。すいません。
「知らねーよ」
どうしてこうなったか俺も聞きたいです。
「俺がききてーわ」
だから、俺も聞きてーわ。
「アンさ〜ん(泣)」
同上(泣)
一部の熱狂的ファン? 達の熱い視線の
「やーん、仕事上がりのエール最高〜♡」
ぷっはー。
仕事上がりのビール(エール)が美味しいのはわかる。
ごくごくごくと一気に飲みほしてしまうその姿が、妙に前世の酒好きおじさん達とかぶるけどまあヨシとしよう。
「おかわり~」
1杯だけ宣言はどうなりましたか?? もう3杯目ですけど!
まんま前世の駆けつけ3杯って奴じゃないか。
このまま黙々とオヤジ化したアンさんを見てても話が進まないので、俺の方から話を振る事にするか。
「今日も色々とありがとうございました」
「あ、いえいえ、明日から頑張っていきましょうね」
先程までとうってかわり、3杯飲んで喉が少し落ち着いたのかアンさんの方から話題を投じてくれる。
「フェリクスさんは剣術と魔法が使えると以前お聞きしましたが、何の魔法が使えるのですか? 一応明日以降の為に知っておきたいなと思いまして」
「得意なのは治癒魔法と火魔法ですね。土系統や風系統、雷なども一応使えはしますが得意ではありません」
これは本当だ。
治癒は前世の知識をフルに生かせるため、この時代の人と比べて圧倒的性能差だと思う。火もまぁ燃焼と温度などについて知識がある分、優位性が非常に高い。いまの所かなり高威力だと思う。
それにいざとなれば、粉塵爆発や水素爆鳴気に核反応って知識もあるし、まだまだ上積みも期待できる系統じゃないかな? とは言え最後のは放射能の問題があるから無理かもしれない、怖くて実験すら出来ないし。
それ以外の土とか風とか雷ってのは現代の知識があってもねえ、あまりパワーアップに結びつかないんだよなぁ。土とかって何か思い出すか? 効果を増強させるに必要な
「私は弓が得意なの、だから援護射撃は任せてね。あと魔法は風系統が得意かな、色々サポートもできると思います」
お互いの得手不得手や、集合時間などを含む明日の狩りについて何点か話し合ってからアンさんと別れた。
結局エール5杯は飲んでたんじゃないかな? 酒好き達の『ちょっと1杯』はこの世界でも嘘なんだな。その万国共通っぷりが何ともおかしくて一人笑みをこぼしてしまう。
いつまでもここに居るとアンさん狙いの酔っ払いに絡まれるかもしれない、駆け足で階段を上がり2階の自室へ戻る俺だった。
◇◇
「あ、きたきたー、おはようございます」
「おはようございます。お待たせしましたか?」
「待ってないから大丈夫ですよ」
「アンさん、なんでこいつとPTを?」
「俺達と組もうぜ、なぁ、アンさん」
まだ朝も早いというのに、アンさんの周りは既に数人の男達で囲まれていた。
今日も朝から大人気である。
愛嬌があって美人だもんなぁ。
俺にはアンリエッタさんがいるから何とも思わないけど、いなかったらコロっといってたかもしれない、それくらい魅力ある人だと思うね。
「彼はまだ新人で、色々と教えてあげたい事があるんです。あと今日はお休みの日ですから、ごめんなさい」
冒険者の皆にペコリと頭を下げるアンさん。
休みの日だというのに大変だよ、これじゃあ。
「色々教えるだと?」
「何ぃ!?」「なっ!?」
「はぁ、皆さんまだ朝ですよ? いい加減にしてください、じゃ!」
と言うとアンさんは素早く俺の手を取って、足はやに駆け出した。
小うるさい冒険者ギルド前を揃って逃げて、緩やかな坂道をそのままに走り抜け、リヨンの外までやってきたところで小休止。
「ごめんなさい。野次馬がうるさくて、少し離れたからもう大丈夫だと思います」
「大丈夫ですから、気にしないでください」
それにしてもアンさんって人気ですよね、と口から出そうになったがやめておいた。あれはあれで大変そうだったし、一生懸命仕事したらああなっただけで、本人は望んでいない事かもしれないしね。
「では、このまま小走りで行きましょうか」
リヨンを出て今から魔の大森林へ向かうのだけれど、ここでアンさんがまさかの行動に出る。
「フェリクスさん、側に来てくれますか?」
「こうですか?」
「もっとです」
「は、はい」
ち、近すぎない? 大丈夫かな? 腕と腕が当たりそうなんだけど。
「風よ、軽やかに我が道を示せ ー
「おぉ、これは!?」
「移動が楽でしょ?」
アンさんが風魔法を唱えた途端向かい風が完全に無くなり、背中からは追い風がびゅうびゅうと吹く。これが地味に走りやすい。
定期的にジョギングした事ある人ならわかると思うけど、向かい風ってかなり疲れるし速度も落ちるんだよ。それに比べて追い風だと楽ちんなんだよな。
全力疾走だと物足りないかもしれないが、小走り程度にはちょうど良い加減の風かもしれない。軽く背中をアシストしてくれる感じでスイスイと進む。
前回ひとりで魔の大森林へ向かった際は軽く1時間以上かかった道のりが、小走りとはいえ40分ほどに短縮された。しかも疲労は全くない。
アンさんがまずは俺の思うようにしていいと言うので、俺が先頭となり魔の大森林の捜索を開始する。前回捜索した範囲とは別の範囲を探しているので魔物が枯渇しているという事もないはずだ。
いた、ゴブリンだ!
捜索から1時間もしない内にゴブリンの集落が見つかった。これなら今日は数ヶ所行けるかもしれないな。
ゴブリンに気づかれないよう、アンさんへ向けハンドサインのようなもので敵発見を知らせると、音を立てないよう細心の注意を払いつつ、アンさんが近くまでやってきて小声で話し始める。
「いますね。数は60くらいでしょうか?」
「だと思います」
「ゴブリンシャーマンが何匹かいますね」
「ゴブリンの上級職って奴ですか?」
「ええ、そうです。あの杖を持ってる奴がそうですね」
「へぇ、あれが……」
「魔法が飛んでくるとやっかいですので、フェリクスさんはわざと目立つように突入してくれますか? 奴らが気を取られている間に私がシャーマンを弓で倒します。その後は遠方の敵から仕留めていきますね」
「わかりました、お願いします」
「最初は結構な数が向かうかもしれませんが、大丈夫ですか?」
アンさんがゴブリンへ向けていた視線を戻し、俺の目をじっと見る。
敵に悟られないように小声で話してるから、どうしても近いんだよな。
「大丈夫です。それで行きましょう」
ゴブリン程度、何匹来ても敵ではないと思う。
言っておくけど、これは慢心ではないから。
「準備はいいですか?」
「はい」
俺はダマスカスソードを音が出ないよう静かに鞘から抜き放ち、アンさんは
前回のような瞬速ではなく、堂々と歩いて集落に突入してやった。
突如敵の襲来を受けたゴブリン共が、慌て気味に次々と武器を抜いては掲げ、例の訳のわからない言葉? を叫びながら向かって来た。
ゴブリンが俺を殺そうと武器を振り上げるが、瞬速の刺突で喉を貫く、突入ざまに3体のゴブリンを倒すと、徒歩から速歩、速歩から早足へと速度をあげ集落内のゴブリンを次々と屠っていく。
アンさんは無事か気になりチラリ後方へと目をやると、木を遮蔽に上手く立ち回りながら次々と矢を放っていた。その命中精度はかなり高いようで、かなり腕の良い射手のように見える。何で冒険者を辞めたんだろう?
視界内のゴブリンは全て一掃した。
倒した、勝った、こういう時が一番危ない。
残敵がいないかどうか、数棟ある木製のボロ小屋の中を含め念入りに調べていく。
絶対臭いよなぁ。臭いに決まってる。現代人がこの世界へ来たら嫌な要素ランキングの上位は匂いだと思う。風呂を毎日入らない奴、顔を洗ってるのかも怪しい奴、いつ洗濯したんだそれ? ってな服を着たやつがざらにいるんだ。
はぁ。
ボロく陰鬱で如何にも臭そうな、扉さえも無い小屋。
意を決して進むと、そこには1匹のゴブリンがいた。
「ギャアアア」
ナイフを持ったゴブリンが1匹立ちはだかる。
奥に子供でもいるのか?
「どうしたの?」
同じように残敵の確認をしていたアンさんがやってきて、俺に問いかける。
「その、どうやら奥に子供がいるようなんです」
何も言わずそっと矢を
通常の戦闘と違い今はゴブリンが近い、番えた途端指を離す
「……冷たい女って思わないで下さい。生かせば人を襲いますから」
アンさんの横顔は、美しくも寂しげだった。
彼女の言う通りだと思う。人に恨みを持ったまま育てばより大きな脅威となって、いつか人を襲うだろう。
「思う訳がありませんよ、本当は、僕が自分でやるべき事でした。逆に嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
「フェリクスさん……」
嫌な役を人にやらせてしまうなんて駄目だ。
アンリエッタさんに会えた時、後で恥じない様に生きなきゃいけない。
「フェリクスさんの大事な
耳を削ぎ、胸を抉って魔石を取り出してる最中なのだけれど、作業を少しでも楽しくという配慮からだろうか? アンさんが色々質問を投げかけてくる。
「名前ですか?」
「はい」
「えっと、アンリエッタさんと言います」
「アンリエッタさんですか」
そう言い、少し思案する様子を見せるアンさん。
「フェリクスさんとは長い付き合いになる気がしますし、この際、私の呼び方も変えてもらいましょうか」
「──大事な
「へ?」
「私の名はマリアンヌなのです」
「アンさんが名前じゃなかったのですか?」
「アンはギルドの皆が言いだして、いつのまにか定着してしまいました」
少し申し訳なさそうに苦笑いするアンさん。
「そうだったんですね」
「紛らわしいでしょう?」
「では、マリアンヌさんと、今後は呼ばせていただきますね?」
「うーん、それだと少し堅苦しいし、長くないですか?」
「マリーとかどうです?」
これはあれか? 女性特有の既に結末は決まっていて、ただ同意が欲しいってやつか? マリアンヌは5文字でアンリエッタは6文字だから長いもクソもないような……。
マリーと呼べ、そういう事なんだろうな。
「わかりました、マリーさん」
「はい!」
アンさん、もといマリーさんが何とも嬉しそうに微笑んでいる。
今日この時からマリーさんと呼ぶ事になるんだろうけど、冒険者ギルドでこれからどうしよう、あそこでもマリーさんと呼ぶのだろうか? マリーさんファン倶楽部の影がチラついて、ほんの少し不安になるフェリクスだった。
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神崎水花です。
2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。
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