14話、嘘でしょ?たったこれだけ?

 冒険者ギルドの報酬査定窓口へ向かう。

 アンさんはあくまで受付が担当のようで、ここ報酬窓口は管轄外なんだろうな。

 心配そうに横目でチラリと見てくれるのだけれど、さすがに違う窓口へは来れないようだった。

 気にかけてくれるのは有難いけど、アンさん集中しないとまた並んでますよ? しかもかなり長いよ? 彼女は今日も相変わらずの人気ぶりだった。


「討伐証明と魔石、戦利品もここでいいのかな?」

「ああ、全部ここで構わないぞ」

「では置きますね」

 先の討伐で取得したゴブリンの左耳44枚、耳って枚でいいのかな? 前世では使った事がない単位だからちょっと自信がない、耳なんて数える理由ないもんな……。

 それと同数の魔石に、ボロボロの短剣と小剣が数振り、そして凹んだ兜。これに薬草と思われる草が数束ある。これが今日の戦果の全てだった。

 

「おぉ、ひとりでこれは頑張ったな、てえしたもんだ」

「そうですかね?」

「これくらいならそうだなぁ……、1時間もかからんと思う。1時間後くらいにまた来てくれるか?」

「わかりました。ではよろしくお願いします」

 ギルドの広間に置かれたテーブルと椅子に腰かけて待つ。

 ゴブリンの討伐よりも魔の大森林への移動時間や探索時間、そして討伐部位と魔石集めがネックだよなぁ。狩りよりもそれらの方がうんと時間がかかってしまう。

 初めての討伐よりも、その準備と回収に想像よりも時間が掛かってしまった事を悩んでいた。


 おっと、今の間に魔石用のナイフを見に行くのもありだな。

 俺が持つ刃物はダマスカスソード1本のみ、切れ味は抜群だけど素材回収には向いておらず、長くて扱いずらい事このうえ無し。それに父さんの形見でゴブリンの耳を削ぎ胸を抉るのもなぁ……なんかこうちょっと嫌だった。


「こんばんは〜」

「おう、フェリクス」

「なんだ? 依頼はまだだぞ?」

「違いますよ、今日はナイフを見にきたんです」

「ほう、戦闘用か?」

「いえ、解体用ですかね?」

 解体って表現で合ってるかな? 他に丁度良い言葉が思いつかない。

「ああ、なるほどな」

 ゴードンさんがおすすめのナイフを数本、棚から選び取り説明してくれる。

「この辺りがおすすめだな、大型相手なら厳しいが小型の魔物なら十分だ。解体用なら装飾とかもいらんだろ? 実用一本のナイフだ」

「いいですね、おいくらですか?」

「これは銅貨4枚、そいつは銅貨6枚、右端のやつは銀貨1枚ってところだな」

 うーん、銅貨4枚から銀貨1枚かぁ。


 昨日の稼ぎが銀貨6枚だろ? 今日は幾らになるかわからないけど稼ぎと節約が今の至上命題だからなぁ。それに俺にはあの方法があるし……、強化しちゃうから中途半端に良い物を買っても大して意味がないかも知れないな。うん、決めた。

「すいません、手持ちが厳しいので一番安い物でお願いできますか?」


「おう、ありがとな」

 何本かあったナイフの内1番安い物を購入し、冒険者ギルドへ戻る。

 ギルドへ着くと数分もしない内に戦利品の査定が終了したようで、ドキドキしながら奥の報酬査定窓口へ向かった。頼む! 頼むから金貨1枚以上あってくれ……。

「待たせたね。これが今回の買取額だよ」

 そう言って査定担当の方が差し出す1枚の書類。

 ・ゴブリン討伐証明×42……銅貨16.8枚

 ・魔石6等級×43……銅貨21.5枚

 ・魔石5等級×1 ……銅貨0.7枚

 ・その他ドロップ一式……銅貨4枚

 ・薬草8束……銅貨1.6枚

 ・依頼クリア報酬として銅貨2枚


 合計銅貨47.5枚という結果だった(銀貨換算4.75枚)

 ゴブリンの耳が2つ減っているのは炭化していて鑑定不明だったからだそうで、魔石に5等級が1つ混ざっていたのは、倒したゴブリンの中に上位種が混ざっていたのだろうとの事だった。


 嘘だろ? たったこれだけ?

 根拠は何も無かったが、正直金貨くらい余裕で行けると思っていた。

 昨日の報酬と合わせて金貨やっと1枚だぞ? このペースだと3か月で金貨50枚がやっとじゃないか、こいつは非常にまずい、どうしよう。

 衝撃の結果に唖然としてしまう。


 居ても立ってもおられず、アンさんの列に並ぶ事にした俺。

 アンさんなら夜の稼ぎ方も教えてくれるかもしれないし、臨時収入や割の良い仕事も聞けるかもしれない。何とも他人任せな考え方で申し訳ないが、今の俺に知り合いと言えるのはアンさんと武器屋のゴードンさんくらいしか浮かばなかったのだ。


 早くしろよ、くそっ。前日と打って変わり進まない列にイライラする俺。

 すっかり辺りも暗くなり、間もなく夜という頃に順番が回って来る。

「アンさん!」

「ど、どうしましたか?」

 いつもと違う雰囲気の俺に戸惑うアンさん。

 

「査定で何かあったとか?」

「いえ……、もっとお金が必要なんです。他に良い仕事とかありませんか? 何でもやります! 夜中でも構いません!」

「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着きましょう。ね?」


「日中の仕事を別に入れてしまいますと、討伐依頼や戦利品目当ての狩りに割く時間がなくなってしまいますし、かと言って夜だけのお仕事とかはありませんし、うーん……」

 数冊の依頼帳をめくり、思案を巡らせる彼女。

 仕事が無ければ無いでそれは仕方がない、この際だ、今回の討伐遠征中に気になっていた事をぶつけてみる。

 

「あの~、アンさん」

「はい?」

「例えばですが、魔の大森林に泊まり込みで狩りをするってのはどうでしょうか?」

「大森林で野営するって事ですか?」

「はい」

「そ、それはダメです! ダメに決まってます」

「なぜですか?」

「フェリクスさんは1人ですよ? 夜、寝る時はどうするのですか? 食事は? おトイレは? 1人でずっと警戒し続けるのは無理です。死にますよ?」

「うーん、でも、体力なら自信がありますし」

「そういう問題ではありません」


「では仮に1人でずっと狩り続けたとして、戦利品はどうするのですか? すべて持って歩くのですか? 1回、2回程度なら偶然上手くいく事もあるでしょう。でも続けられるとは思えません」

「……確かに、そうですね」

 かなり言葉を選んで説得してくれているようだった。

 確かに俺が言っている事は滅茶苦茶だと思う。こんな事YESと言ってくれる人はいないだろう。だが、しかし、俺にはどうしても金がいるのだ。

 

「人を雇えば、その分給金や分配が発生しますしね、うーん」

 ペン尻でトントンと机を鳴らすアンさん、思案中の癖なのかな?

 

「失礼ですが、そもそも、どうしてそんなにお金が必要なのですか? 見た感じお金に困ってるようには見えませんし、今日の稼ぎは幾らだったのですか?」

「銀貨5枚と少しでした」

「ふむぅ、それでしたら上の宿泊費と合わせても月の1/3はやっていけそうですが……、何かお困りごとでもあるのですか?」


 出会いから今まで、親身に色々と教えてくれたアンさん。

 彼女が言うには、1日で銀貨を数枚稼げれば十分すぎる程なのだそう。

 確かにそうかもしれない、宿泊費は黄銅貨9枚で、パンやソーセージを多少食べた所で食費は銅貨1枚あれば足りるのだ、エールを付けた所で銅貨2枚もいらない。一体なぜそんなにお金が? と思われても仕方が無かった。

 事情を言わぬまま何とか協力を求める事も出来るかもしれないけど、うさん臭く思われて親切なアンさんをひとり失うのは辛い。


「事情があるのですが、ここでは言えません」

「わかりました。じゃあ場所を変えましょうか」

 さすがに皆の耳があるここでは言えなかった。俺だけなら未だしもアンリエッタさんの契約の件は彼女の私的な部分でもあったから。


 先導する彼女の後ろを黙って付いていくと、前世でいうところの応接室のような部屋に通される。

「ここなら誰にも聞かれませんから、安心してください」

「はい」

「それと今からここで聞く事は他言しないと誓います。但しギルドマスターに話すよう命令された場合は別です。ただ、そのような命令が出るとは思えませんが」

「はい、わかりました。では少し長くなりますが……」

 そこからは、父がリヨンの城館に勤める騎士であったこと。魔の大森林近くの村を守るため派遣団の一員として加わるも、突如現れた黒いオーガから負傷者を救うため盾となり亡くなったという事実。

 そして父が亡くなる事で爵位は召し上げられ、父が契約していた使用人の女性が連れ去られたこと。その女性はただの使用人では決して無く、子供の頃からお世話になった大事な女性ひとであり、その女性ひとを取り戻すために金貨100枚が必要だと全てを明かした。


 真っすぐな眼差しで俺を見つめるアンさん、その顔はいまや鼻水と涙でぐちゃぐちゃに濡れ、ギルドナンバーワン受付嬢の面影すらなかった。

「ゔゔ……ぐすっ、そんな、事情があったのですね。ぞの女性をどりもどす為に……ぐすっ、お、お金が必要だったなんて」

「え、ええ……、アンさん大丈夫ですか? 泣きすぎでは」

「ゔゔ……ひくっ、大丈夫です。いい話じゃないですか、女性なら1度は憧れるっでなもんですよぉ。ふぇぇぇ」

 泣くのか、喋るのかどっちかにしてほしい。

 でも、赤の他人の話で涙を流してくれるのだからいい人ではあるよな。

「わがりまぢた、ぐすっ……、ひくっ、私に出来る範囲で協力させてもらいます」

「よろしくおねがいします」

「あ゙い」

 そう言い鼻をチーンと噛むアンさん。


「ふぅ、取り乱してすみません」

「いえいえ」

「今言った事は本当です。私に出来る範囲で協力させてもらいますから!」

 

「お金が想定より稼げなくて焦っている。そんな状況ですよね? 今は」

「はい」

「辛くてもここはじっと耐えて、討伐依頼をこなして等級を上げて行き、収入を上げていくのが一番確実だと思います。あ、そうだ。もしよかったらですが、私明日はお休みなのです」

「はぁ」

「明日、一緒に付いて行ってもいいですか?」

「え? アンさんがですか?」

「はい」

「それこそ、危ないですよ? 止めておいた方が」

「大丈夫です。こう見えて元冒険者ですから」

 そう言って満面の笑みを浮かべるアンさん。折角の休みまで甘えてしまうのはダメだ、それは幾ら何でも厚かましすぎる。


「アンさん、さすがにそれは……、折角のお休みだからゆっくりし……」

 アンさんがガバッと中腰に立ち、俺の手を両手で握りしめ続ける。

「私が行きたいのです! だから問題ありません。それに狩りや解体とか、私でも教えれる事もあると思いますから」

「う、でも、それは」

「行きますからね! 朝待ってますから!」

「わ、わかりました」

 まさか初めてのパーティー? ってやつをアンさんと組むとは思ってもなかったよ。何から何までホントすみませんアンさん……。


「ところでアンさん?」

「ふぁい?」

 アンさんは先ほどの話をまた思い出したようで泣き始めていた。

「冒険者ギルドで働いてる方が、休みの日に冒険者の活動して問題ないのですか?」

「問題ありませんよ?」

「仕事を休んで、はダメですけどね。休みなら問題ないです」

「よかった、安心しました。では明日よろしくお願いします」

「はい! お願いされました!」


_____________________________________

神崎水花です。

2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。


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