13話、蒼い炎鳥 ーフレイムバードー

 この世界で生まれて初めて、家以外の場所で泊まった。

 前世では夜勤中に病院の仮眠室で寝る事も多く、こんな事で感傷的になるなどあり得ないはずだが、今世では本当に初めての事だ。


 父さんは城館に詰めている事が多かったから、その間は週に1回から2回程度しか家に帰れない事が多くて、会えない事も多かったけれど家族を愛してくれていた。

 母さんは元々体が弱く、部屋で大人しくしている事が多かったけど俺を愛してくれていたし、一人庭で木剣を振る俺を、窓越しにいつまでも見つめてくれていたよ。飽きる事なく延々と。

 アンリエッタさんは厳密に言うと家族じゃない。

 血の繋がりという、ただ1点においてだけどな。血は繋がってないけれど、この世界に来てからの俺をここまで導き一緒に歩んでくれた俺の大切な女性ひと

 大好きな人なんだ。


 そんな温かな環境で日々を過ごしてきた俺が、たった1人、冒険者ギルドの2階に借りた部屋を拠点に生活を始めたところだった。

 振り向いても誰もいない。

 気軽に話す事さえ出来ない。

 自分の事は全て自分でしなければならない。

 恥ずかしい話だが朝ひとりで起きるのも、この生活になってからが初めてだった。

 

 アンリエッタさんが俺を呼ぶ時の呼称『ぼっちゃま』

 何時までも子供みたいで嫌だったが、何のことは無い、本当にぼっちゃんみたいな奴だったんだよ俺は。

 男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よ、という言葉がある。

 確か呉の呂蒙の故事だったと思う。努力する人間は3日会わずにいるだけで見違えるほど成長するから、次会う時は心して相対しなければなりませんという意味だったはずだ。

 俺もこの故事のようにありたいと心から思う。

 愛しいあの女性ひとに再び会えた時、ほんの少し成長した俺を見て欲しいから。

 

 リヨンの街を出て北に1時間ほど歩くと、魔の大森林と呼ばれる暗く鬱蒼うっそうとした大森林が広がっている。

 オーレリア王国の最北に広がる魔の大森林、その大森林の切れ目から馬で1日ほど北へ進むと、そこはもう隣国との国境くにざかいとなっている。

 魔の大森林からの魔物の進出を食い止め、また隣国への警戒と防衛をも託された小さな城塞都市、それがリヨンだった。


 その魔の大森林の外縁がいえん部から1時間程度の範囲を1人徒歩にて捜索する。

 道中、少し変わった形状の木や、切り株など目印として使えそうなものが有れば周りの風景ごと脳に叩き込む。経験は浅く、地図もない俺は迷うと戻れない可能性が高いからだ。それほどにこの大森林は鬱蒼うっそうと茂り、そしてとてつもなく広かった。


 この森に入り捜索を続けてから軽く1時間はたっただろうか、前方に。明らかに生き物の気配がするのだ、いくら幼少より訓練を重ねてきたといっても命のやりとりまではしたことが無い。

 間もなく生死を賭けた戦いが始まるのだと思うと、自然と体が震え、口内が乾き唾も呑めなくなる。そりゃそうだろ、この世に俺みたいな転生人? が他にいるのかどうかはわからないが元の世界はそりゃ平和な世界だ。その中でもトップクラスに平和ボケした元日本人様だぞ? になれた奴なんてまあいない。


 音が出ないように出来るだけ静かに、まるで草木そうぼくと一体になったかのように気配を断ちながら遠目で確認すると、いた! ゴブリンだ。

 実物は初めて見るが、小柄で醜悪極まりないその様は、アンさんに聞いた通りの外見だった。これがゴブリンで間違いないだろう。


 ざっと確認するだけで40体ほどのゴブリンがいるように見える。

 40体か、いけるか?

 初めての相手だ、どれほどの強さかまったくわからない。

 そこそこやる相手だった場合、多勢に無勢すぎる。

 囲まれて即ピンチに陥るのは目に見えていた。


 『ゴブリン討伐 等級5~6』

 それが依頼書に書かれていた等級。

 アンさん曰く冒険者の等級6と言えば、駆け出しもいいとこだそう。

 そんな程度で狩れる魔物だぞ? 

 騎士昇格間近なミゲルさんが遅いと感じる程だった俺、 インターヴェンション強化再生魔法 で毎日少しづつ強化されて行く俺とアンリエッタさん、その2人で延々と組手を行って来たという自信が体を前へ前へと押し進める。


 そもそも、ゴブリン程度で躓くようでは金を貯めて彼女を救うなんて土台無理な話だよな? やるしか無いんだ。


 意を決した俺は、父さんの剣を鞘から抜き放つ。

 「ハッ」

 気合の掛け声と共にゴブリンの集落に突っ込んだ。

 ギャアギャアと喚くゴブリン共を尻目に、すれ違いざま次々と首を落としていく。

 続けざまに12体ほどのゴブリンを倒すと、その僅かな時間で戦闘態勢を整えた10体程のゴブリンと焚火たきびを挟んで対峙する事になった。


 小声で何かギャアギャアと喚いているが、人語では無いのでわからない。

 戦闘態勢を整えたゴブリン10体が焚火たきびを挟んで左右それぞれから、俺を挟み撃ちにしようと突っ込んでくる。ほう、意外と賢いんだな。

 誰かから奪ったのか、ボロボロの小剣を振り上げ俺を斬ろうと肉薄するゴブリン。

 あまりにもスローな動きに待ちきれず、ゴブリンが剣を振り下ろすよりも先にソイツの顔面を貫いてやった。

 ダマスカスソードへ昇華した父の剣の切れ味は凄まじく、良く物の例えでバターの様に切れると言うが、あんなに重くはない、手ごたえはもっと軽い。まるでスイカを刺すかのような手ごたえで相手をほふる。あっという間に右側から来た5体は全滅だ。


 右側の5体がやられた様を見て、左から襲うつもりであった5体のゴブリンの足が止まった。明らかに狼狽うろた躊躇ちゅうちょしている。

 攻撃魔法を放つ絶好のチャンスだ。


「敵を燃やし尽くせ ーフレイムバード蒼い炎鳥ー 」

 収束した炎が鳳凰のようにくうを飛び敵を焼き尽くす。それが俺のフレイムバード蒼い炎鳥に描くイメージだ。ただ、熱い炎が飛ぶだけではこの世界の人と変わらない。西暦を生きた人間ならではのオリジナル要素を取り入れてある。それが酸素との燃焼だ。

 ろうそくの炎は外縁部と中心部で温度差が激しいのは知っているか? その温度差はまさかの600℃! あんな小さなろうそくでだぞ? 

 この差を生み出しているのが酸素だ。

 炎の外縁部は空気に接しており酸素が取り込みやすい。

 俺の炎系の魔法は、その燃焼プロセスを強くイメージする事でより激しく燃焼し、蒼い炎を生み出す事に成功していたのさ。


 フレイムバード蒼い炎鳥が命中する。

 正面から食らったゴブリン3体は黒炭のように黒く燃え尽き、直撃を避けた2体もそれぞれ半身が業火に焼かれている。この魔法を、この出力で生物相手に使うのは初めての事だった。


『いいですか、ぼっちゃま。力を持つ者には責任が伴うのです。そして力を得たからといって無暗に乱用しないでくださいね。いつか大事なものを傷つけてしまいますよ? そんな事の為に頑張ってきたのではないでしょう?』


 何度も聞いたアンリエッタさんの教えが、彼女の美声で脳内に再生される。

 はは……、確かにその通りだった。ほんの少ししか魔力を込めていないにも拘わらずこの威力だ。こんなモノを乱用すればいずれ人々の恐怖の対象となり、いつか討たれる側になってもおかしく無いし、うっかり人を巻き込めば洒落で済まない。


 この世界に生きる人達はただひたすらに『強く燃えろ』と念じるのだろう。ことわりが伴わないから無駄が多く、ゆえに大量に魔力を消費するのではないか? 彼女が言った『イメージと世の理が一致して初めて行使される』これこそが、まさに魔法の真理じゃないか……。アンリエッタ大先生ぽんこつ魔王おそるべしだよ、ホント。


 ゴブリンの集落を壊滅させた俺は、いよいよ戦後処理へと移る。

 まずギルドへの討伐証明、これにはゴブリンの左耳が必要なんだ。

 これは、かならず左耳で無ければならない。なぜかって? 左でも右でも良いとなると1体で左右の耳を取る阿呆が現れるだろ? ま、不正対策だな。

 あとゴブリンの場合は心臓の位置に魔石があるそうで、それも取り出せば買取してくれるらしい。

 この世界は灯りや、調理の燃焼など便利な魔道具が何種類かあって、その燃料として使われるのが魔石なんだ。それこそ需要は多岐に渡るから、幾らでも買い取ってくれるらしい。

 残るはゴブリンが身に着けていた剣などの金属類だな。先のゴードンさんの件でも分かった事だけど、金属の精錬は基本国の専売事業であり、不要な金属類は各種ギルドへ持ち込むと買い取ってくれる事もわかった。魔道具うんぬんの話以外は全て昨日アンさんから教えて貰った内容だけどね。


 ゴブリンの死体を集め、それぞれから左耳を落として袋へ収納していく。

 次は胸部の魔石だが、幸いダマスカスソード化した父の剣があれば取り出すのは簡単だった。胸骨とか何の抵抗もなく切断できるからな。ただし長くて取り回しがしづらいので後日短剣タイプも用意するべきだと思う。

 あとは適当に落ちたボロボロの小剣やナイフ、兜の類を収納袋へ入れ集落を後にした。もちろん道中薬草と思われる草もちゃんと摘んでるからね、ご心配なく。


 そうそう、金属類以外の戦利品でゴブリンの腰布とかもあったんだけど、捨てて来ちゃったよ。汚いし臭いし、あんなの収納袋に入れたくない。臭いが移ったら最悪だ。


 これらが幾らになるかが全てだ。

 もし想像を絶するほど安かった場合、計画の大幅な修正が必要になってしまう。

 出来るだけ高く売れるよう祈るような気持ちで帰路に就く俺だった。


_____________________________________

神崎水花です。

2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。


ほんの少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら

作品のフォローや★★★のご評価や、応援など頂けますと嬉しいです。

皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。

どうか応援よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る