12話、父の偉大さを知る

 先ほど初めての依頼ってやつを受けてみたんだ。

 えーっとメモ書きどこだったかな、あったあった、これだ。

 ・今日の依頼

  武器屋の依頼、素材運搬

 ・明日以降の依頼

  ゴブリン討伐とポーションの材料採集


 流石に今から街を出て討伐依頼をこなすのは厳しいものがある。かといってリヨンに来て説明を聞いたらハイ終了は時間が勿体無い。だから試しに街中で完結する依頼を1件だけ受けてみたんだよ。それが武器屋の依頼って訳さ。

 幸い武器屋の位置は頭に入ってる。アンリエッタさんと何度か訪れた時に寄った事があるんだ、やっぱ武器とか防具は気になるでしょ、前世ではなかなかお目にかかれない代物だったからね。

 ただね、高すぎて買えません……。

 全てが手作りの一点物だからかな? まぁ高い高い。

 

「こんにちは〜、冒険者ギルドの依頼で来たフェリクスです」

「お、依頼か、ってえらい若いが大丈夫か? 言っとくが楽じゃねえぞ?」

「はい! 大丈夫です」

「おっといけねえ、俺はゴードンってんだ、よろしくな」

 何度か来たことはあるけど話すのは初めて。

 武器屋という仕事柄のせいか、かなりの大柄で腕が相当ゴツい。見た目だけならその辺の冒険者よりよっぽど強そうに見える。

「こう見えて力には自信がありますから、任せてください」

 

「ホントかよ、ガハハ」

 大男と揶揄されても仕方がないほど大柄なゴードンさん。彼に比べて随分小柄な俺が『力には自信がある』と言いうものだから、それが余程おかしかったのだろう。

 豪快に笑っていた。

「よし、じゃあこれを持って行け。それを持って商業ギルドへ行けば、鉄のインゴットが買える」

 ひとしきり笑った後カウンター越しに一枚の紙を差し出した。この紙を持っていくと商業ギルドで鉄のインゴットが買えるらしい。

 鉄の精製は王国が管理した精錬場でしか行われておらず、金属を加工して製造販売を営む者は国からインゴットを購入する必要があるらしい。それ以外の入手方法はあまり無いそうだった。国の収入源の1つなんだろうな。

 

「インゴット1本持ち帰れば手数料で黄銅貨5枚だ。まあ兄ちゃんなら1回2本がやっとじゃねえか? あんま無理すんなよ?」

「わかりました。では行ってきます!」

 鉄のインゴット1本運んで黄銅貨たった5枚かぁ、10本運んでも銅貨5枚にしかならないぞ? これはなかなかに厳しいかもしれない。

 しかも結局商業ギルドに顔を出す羽目になるというおまけつき。

 アンリエッタさんを偶然見れたりしないかな? 一目でもいいから見たいよ。

 待てよ? 簡単には見えない方がいいかもしれない。不自由でアンリエッタさんには悪いけれど、出来るだけ彼女を借りたいって希望する客は現れない方がいいもんな。

 

「こんにちは、武器屋の使いで参りました」

「はーい、じゃあ注文書見せてくれる?」

 商業ギルドの受付の人にゴードンさんより預かった注文書を渡す。

「ゴードンさんの所ね、何本お運びに?」

「とりあえず6本お願いできますか?」

「ちょっと、1本10kgあるのよ? 無理よ」

 受付のお姉さんが俺を見て、驚きながら否定する。

 ムキムキなマッチョ体型じゃ無いからそう思われても仕方ないよな。

 俺の決して折れない様子を見て受付のお姉さんは遂に諦めたのか、手を叩き奥からインゴット6本を持ってくるよう手配してくれた。

 

 よいしょっと。

「ゴードン武器店から借りてきた背負子しょいこに鉄インゴット6本を載せて背負う」

「おいおい、にいちゃん大丈夫か?」

 受付のお姉さんの指示で、奥からインゴットを持ってきてくれた兄さんが心配そうに俺を見ていた。

「では、ありがとうございました」

 さて行くか。

 初めて背負う60kg、最初は恐る恐るであったその1歩も、何ら問題がないとわかると弾むというもの。これも毎日の努力と インターヴェンション強化再生魔法 のお陰なんだろうな。


 ゴードンさんのお店に着いた俺は、店舗をそのまま素通りし奥の工房へと進む。1本1本が重く場所を取るインゴットである、必然と置く場所は決まっていたからだ。

 これらの作業を何度も何度も繰り返し、もう1度商業ギルドへ向かおうと踵を返すと。

「待った、待ってくれ!」

 商業ギルドへ向かおうとする俺を止めようと、後ろからゴードンさんが叫びながら追いかけてくる。

「もうこれ以上はいらねえ、床がぬけちまう」

 え? もう終わり?

「依頼料払うから店に戻ってくれねえか」

 

 うーん、3ヶ月で金貨百枚だぞ?

 1日金貨1枚と銀貨2枚が最低ノルマなんだよな。

 黄銅貨1200枚=銅貨120枚=銀貨12枚=金貨1.2枚という計算が成り立つ。

 少なくともインゴット240本は運ばないと話になりませんね。

 

「あと120本行かせてください」

「店の床が抜けちまう、勘弁してくれぇ」

 あの大柄で豪快そうなゴードンさんが、泣きそうな顔で悲鳴を上げる。

「わかりました。では戻りますね」

 目標には達していないけれど、これからもお世話になるだろう相手にさ、無理強いや押し売りは出来ないよ。


「ほい、ご苦労さん。インゴット120本運搬で銀貨6枚が駄賃だ」

「ゴードンさんありがとうございます」

 たった銀貨6枚かぁ、どっかもう1件くらい仕事ないかな?

 このままでは1日のノルマすら達成できそうにない、今日は移動がメインだからいいか、などと自分に甘い事を言っていると後で泣きを見るのは俺であり、アンリエッタさんなのだ。

「あ、そうだ。ゴードンさん」

 1つ聞きたい事があった俺は後ろへと振り返り、彼へ向けて問いを放つ。

「次は何時いつぐらいになりそうですか??」

 きょとんと呆けた表情になるゴードンさん。

「次の依頼って事か?」

「はい、そうです」

「馬鹿野郎、これだけあったらしばらくいらねーよ!」

「そうですか……」

「1ヶ月後くらいにまた来な」

「はい、ありがとうございます。では失礼します」

 良い仕事だけど月1回かぁ、これじゃ当てになんか出来やしない。

 

 気がつけば夕方近くになっており、街のあちこちから炊煙が登りはじめていた。

 もう、そんな時間なんだ……。

 そういえば今晩はどうしようか。

 みな意外に思うかもしれないが宿屋とかホテルのような、宿泊を生業とした店はリヨンでは今の所ただの1件も見当たらなかった。そりゃそうだろ、よく考えてみるとわかるさ。 人々は毎日を必死に生きている。こんな時代に旅行をしようかなどと言う人はいない。

 

 行く当ても無くトボトボと、夕方の喧騒で賑わう街を一人歩く俺。

 

 俺の脳裏に浮かぶは1人の少女の姿。

 里を追い出された黒髪の少女は今の俺のように力があるはずも無く、非力だったに違いない。正体の知れぬ薄汚れた子供に手を差し伸べる者などいない、そんな余裕のある世界じゃないのだ。どれだけ不安で寂しかっただろうか。

 たった1日、寄る辺なく一人で徘徊する夕闇を寂しいと思ったばかりだ。そんな中、手を差し伸べた商業ギルドの手を掴んだ幼きアンリエッタさんを誰が責める事ができる? 出来ないよな。


 街を彷徨うアンリエッタさんの幼き頃を想像しながら歩いていると、もう間も無く夜の帷が降りるというのにますます騒がしい冒険者ギルドが目に入る。

 足が自然と冒険者ギルドへと向かうと、ちょうど外に出てきた見知った顔の女性と鉢合わせしたんだ。

「フェリクスさん?」

「アンさん?」

 笑顔の素敵な女性。

 そんなアンさんが笑顔のままに聞いてくる。

「お食事ですか?」

「え? ここって食事も取れるんですか?」

「簡単な食事とエールなら出せますよ?」

「そ、そうなんですね。では……」

「はい、ありがとうございます」


「あ、アンさん」

「はい?」

「この辺りで泊まれる所をご存知ないですか?」

「宿泊ですか? 知ってますよ?」

「え? あるんですか?」

 これには驚いた。灯台下暗しとはまさにこの事である。

「冒険者さんは色んな街のギルドを渡り歩く事もありますからね。大勢は収容できませんが数人程度ならお泊り頂けますよ? 無料ではないですが」

「是非、お願いします!」

 ちらっと俺の様相を伺ったアンさんは「先にお部屋を紹介しましょうか」と言ってくれた。ありがたい、ひとまず荷物を置いて落ち着きたい所だったから。


 アンさんに案内されて、冒険者ギルドの2階にある個室を貸してもらう事になった。1泊食事無しで黄銅貨9枚、高いのか安いのかわからないが、周囲に宿屋の類が無い以上俺に選択肢は無い。

 毎日の更新は煩わしいし、うっかり忘れ、部屋に空きがなくなると野宿する羽目になるのは困る。まずは1週間分前払いで借りる事にした。


 借りた部屋に荷物を置いて少しの休憩をした後、食事を求め1階へ降りる。

 冒険者ギルドの1階のテーブルと椅子に腰を掛けると、今さっきお世話になったばかりのアンさんが来て俺に色々と教えてくれる。

 食事処のような立派な厨房はないので、焼いたり炒めたりする程度の簡単なものや、チーズ等のように切る程度の物しか出せないらしいけど、今の俺には十分だった。

 

 エール1杯とパンにソーセージを注文し料理が来るのを待つ。

 1人の食事は寂しいのかな? と少し不安に思ったが、食事を持ってきてくれたアンさんが何故かそのまま隣席に座ってしまい、色々と話をしてくれるものだから寂しさを感じる事なく食事を楽しむ事が出来たよ。

 周りの野郎共の視線がキツかった気がするけど気にしない。

 ちなみにこの世界、エールを飲むのに年齢的決まりはないからね! 逮捕とか無いからご心配なく。

 

 ふぅ、1日の終わりのエールは美味い。

 本当ギリギリの所だったけど何とか生活のていは整った。

 明日から気合い入れて稼がないと。


 こんな時代に、ただの1度も家族にひもじい思いをさせなかった父さん。

 父の偉大さが今更ながらわかったよ。

 いつか……会えたら、感謝の言葉を伝えるんだ。


_____________________________________

神崎水花です。

2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。


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