2章、取り戻すために

11話、冒険者になろう

 乗合馬車にゴトゴトと揺られる事1時間、ようやくリヨンの街に着いた。

 つい最近どこかで見たフレーズに文言だろ?

 うん俺もそう思う。でも聞いてくれよみんな、もう嫌だ。

 

 舗装されてない道を行く幌馬車の揺れは半端じゃない。前回乗った時は揺れるたび隣に座るアンリエッタさんと肩触れ合えて実は嬉しかったし、揺れるたびふわりと漂う彼女の香りがまた良い匂いなんだよ。女性ってなぜあんな良い匂いがするんだろ? ちょっとした不思議だよな。

 だからよかったんだ、全然我慢出来た。

 けれど今日の隣は知らんおっさんだ。

 ガタン! と強く揺れるたびおっさんとぶつかり合う肩、時折匂うすえた臭い、狭い空間で臭いとかホント勘弁して欲しい。ちょっとした軽い地獄だったぞ? 

 こんなんで金取るのか? むしろ俺に金払えよ! 頼むからせめて湯浴みして綺麗にしてから乗ってくれ、な? 頼むよ。

 あーもう、アンリエッタさんがいなくなって昔の俺に戻りつつあるのかな?、不満が止まらないわ。


 揺れと臭さでげんなりした俺は、リヨンの街へ入るとまずは冒険者ギルドへ向けて歩く、何のツテも無い奴が金を稼ぐならここか、商業ギルドしか無いと思う。

 商業ギルドはアンリエッタさんの件があるから、ちょっと入りづらいし頼りづらいじゃないか、じゃあもうここしかないんだよな。選択肢が少なすぎて辛い。

 

 冒険者ギルドへ入ると意外と人がいてびっくりする。

 あちらこちらが賑わい、騒々しいギルド内にちょっと面喰らう俺。

 コ、コンスタンツェ騎士爵領がちょっと田舎すぎただけさ。

 

 来たはいいが、どうしたら良いかはわからない。

 この世界のお金の稼ぎ方なんて知らないよ。

 周りの話に聞き耳をたて情報収集していると、聞こえてくる会話の中に結構な頻度で1人の名が挙がることに気がついた。

「今日もアンさん美人だなぁ」

「あの笑顔がたまんねえぜ」

「おぅおぅ、混んでるけどついアンさんの所並んじまうよな」

「アンさんと付き合いてぇ」

「「「アホか、てめえ」」」

 

 へぇ、アンさんか。

 会ったことも無いし、そもそもアンリエッタさんが黒髪碧眼の愛しい人いる俺にとって正直他の女はどうでもいい。ブスであろうが、美人であっても関係ない。だけど名前が気になるじゃないか。

 『アン』リエッタ『さん』みたいだろ? わはは。

 キモイとか思った奴、お前はまだ青い、青だね。

 例えばそうだな、愛する女が出来て、その女の名前が海だとするだろ? 

 そうすると人間って不思議なものでさ、今度はあの大海のでさえ好きになったり、名を聞いた途端ちょっと気持ちが上ずったりするんだ。海にゴミが落ちてたら拾いたくなるんだぜ? そういうものなんだよ。

 だまれ童貞のくせにって? ぐぬぬ、それを言われると何も反論できない……。

 

 青どもの事は放っておいて、とりあえずその『アン』リエッタ『さん』の所に並ぶとしようじゃないか。

 

 うーん、失敗したかも。

 どうやらそのアンさんとやらは、この冒険者ギルドでは結構な人気の受付みたいで列がなかなか進まない、皆どうにかしてアンさんに絡みたいのか無駄な話が多いんだよなぁ。

 ただまぁ、今の俺にとっては聞こえてくる会話の全てが情報みたいなものだからさ、アンさんと他の冒険者の会話や、他の受付との会話などを盗み聞きをしては脳内で整理を繰り返すって作業を続けていた。

 

「はい、次の方〜」

 やっと俺の順番が回ってきたようだ、長い、長すぎる。

 これからも彼女にお願いするなら来る時間は考えた方が良さそうだな、毎日これはキツイし時間が持ったいない。俺にはあと3か月しか残されていないのだから。

「ふぅ」

「長く待ちましたか? すみません」

 軽めの謝罪のあとニコッと微笑むアンさん、あぁ、なるほどね。

 この女性が人気なのがわかる気がした。冒険前の朝、或いは危険な仕事を終えた後に爽やかな笑顔をみたら癒されるよな、なんだかんだ笑顔って大事だよ。

 

「えっと、初めての利用なのですが」

「初めてのご利用なのですね? では何点かお伺いしてもよろしいですか?」

「はい」

「まず、こちらの用紙に色々記入して頂けますか?」

「わかりました」

「記入内容を伺いながら質問させて頂きますね」

「はい、お願いします」

 そう言って1枚の用紙を受け取り、記載事項を埋めていく。

 ちなみに、字がスラスラ書けるようになったのもアンリエッタさんのお陰だよ。

「ふむふむ、フェリクス・コンスタンツェさんとおっしゃるんですね。私はアンと申します。以後よろしくお願いします」

 書きながらペコリと頭だけを下げる。


「ふふ、随分女性っぽい字を書くんですね」

「え? そうなんですか? 字を習ったのが女性だったもので……」

 手本がアンリエッタさんの字だったからなぁ。

 こんな所にまで彼女と過ごした証が残されてるのだと思うと、自然に目頭が熱くなるが、さすがここで泣くわけにはいかない、気持ちを切り替えよう。

 

「ではフェリクスさん。冒険者ギルドで、主にどういった活動をされるおつもりですか?」

「活動ですか?」

「ええ、例えば住民の依頼などを専門に行う方でしたら、ご案内する仕事内容も住民の希望に沿うものになりますので、便利屋のような仕事が多くなります。安全ですが基本お安めですね」

「お金を稼がなければいけないのですが、おすすめはありますか?」

「そういう方には魔物討伐依頼や護衛依頼、素材納品など戦闘者向けの依頼を案内させて頂きますが、その分危険が伴います」

 

「その、失礼ですがフェリクスさん戦闘の方は?」

「剣術と魔法を修めてますので大丈夫です」

「そうですか、では安心ですね。ですが、いきなり高難易度な仕事は斡旋できません」

「そうなんですか?」

「ええ、冒険者ギルドにとって将来有望な冒険者さんを失うのは損失ですし、強く長く活躍してくださる事を期待していますので、実力に見合わない依頼は受ける事が出来ないようになっています」

「なるほど、じゃあ難易度の低い依頼からコツコツやっていく感じですか?」

「ええ、そうなります」

 

「では、冒険者として登録と認識票プレートをお作りしてもいいですか?、認識票プレートの方は有料となりますが」

「それは無いとダメなものですか?」

「登録は必須ですが認識票は必須ではありません。ただし認識票が無いと戦死された時に何処の誰で、どういった者かもわかりませんので不明扱いになるかもしれません。基本作るのをお勧めしていますが、作らなくてもリヨンでは書類で管理されてますので問題はないです」

「わかりました」

「他の町で仕事する際にはそれが無いと一から下積むことになりますけどね」


「なるほど、その認識票があれば他の街の冒険者ギルドへ行ってもリヨンと同じ難易度の依頼が受けれるって事ですね?」

「ええ、そうです。察しが良くて助かります」

 と言い、ニコッと笑うアンさん。

 学のない獣みたいなやつも中にはいるだろうし、そういう奴らに色々と理解させるのはなかなかに骨が折れそうだな。こういう仕事も存外大変そうだ。

 

「ちなみにそれはおいくらですか?」

「銀貨1枚になります」

「リヨンでは持って無くても書類で管理してくださるんですよね?」

「ええ、そうです」

「では、しばらくは無しでいいですか? 今手元が厳しいので」

「わかりました。入用になればまたお声がけくださいね?」

「はい」

「では、早速依頼をご紹介させて頂きます」

「お願いします」

「冒険者ギルドに入って最初の広間に貼られるのは比較的難易度が低いものとなっております。フェリクスさんの場合は6級冒険者となりますので右上に6と書かれたものでお願いしますね」

「はい」

「自分の等級以下の依頼しか受ける事が出来ませんのでお気をつけください。ちなみにパーティーの場合はまた別のルールがございますが、今は一人のようですので割愛させて頂きますね」

「わかりました。では、掲示板で探して来ますね」

「いえ、フェリクスさんは初めてとの事ですから、今回は私と一緒に探しましょう」

 と彼女が言うや、机の下の棚に既に用意されていたであろう、束ねられた紙束がドスンと机の上に置かれる。

「初めてだけど戦闘はお得意との事ですので、うーん、この辺りはいかがですか?」

 色々と見せてもらうも何もかもが初めての俺は判断がつかないし、冒険者の仕事は今日1日では終われない。ある程度繰り返せるものをと要望したところ、ひとまずって事で紹介されたのが以下のものだ。

 

・今日の依頼

 武器屋の依頼、素材運搬

・明日以降の依頼

 ゴブリン討伐とポーションの材料採集

 計3つの依頼を受けて俺は冒険者ギルドを後にした。

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