10話、夢のあとさき
ロルフが言った。
猶予はあと3ヶ月と少し。
ギリギリすぎて万が一があってはいけない、残る期間は3ヶ月とした方がいいだろう。その方がきっと安全だ。
ロルフ達が言っていた通りこの家は借家だった。
月が変わればもう住む事も出来なくなる。母さんには悪いが実家に越してもらう事にした、それが1番いいだろ? オデット婆さんが望むなら祖父へ頭を下げてでも母さんと一緒に面倒をと思ったが、オデット婆さんはもう歳だ、これを機に引退して息子夫婦と暮らすらしい。オデットさん長い間ありがとうございました。
荷物を纏め、母さんを祖父が手配してくれた馬車へ乗せて送り出す。
『フェリクスも一緒に』と母さんに懇願されたけど、断ったよ。
ごめん母さん、母さんも心配だけど行けないんだ。母さんが戻るのは実家だろ? 祖父も祖母もみんな優しい人なのは知っている、だから安心して送り出せるんだ。でもあの
いついかなる時も、慈しみ見守る様に優しかった。
俺の全てを肯定してくれた
失ってわかる、俺はいつだって守られていたんだ。
父さんや、あの
もう子供の時代は終わりだ。俺がアンリエッタさんを守る。
彼女の安寧を取り戻す。
そう胸に強く決意する俺。
一見勇ましくて格好いいだろ? はは、でもな現実は惨めで情けないんだ。
そこの通路を曲がるとな?
6年前のアンリエッタさんが現れて俺に言うんだよ。
『まぁ、では私がご案内して差し上げましょう。小さな勇者様』
と、思えばこれが彼女を好きになった全ての始まりさ。
前世から突如として転生し、訳のわからない俺に、記憶をなくした
庭を歩けば思い出す、ここで初めてアンリエッタさんに抱き上げられ、まるで漫画やアニメの世界の様にくるくると回ったあの日。
少し歩けば
庭に吊るされたままの洗濯物の中に残された、もう
アンリエッタさんの干された服を胸に抱くと、お日様の香りの中に隠された、彼女の仄かな香りが僅かに残っていて涙が止まらないんだ。
「アンリエッタさん……」
人の居なくなった暗い庭で一人彼女の名を呼ぶ。
「はい」「はぁい」何度聞いただろう。
振り返り、彼女を探してみたけれど俺以外誰も居ない家に絶望する。
暗い庭を後にし、誰も居なくなった居間に一人座ると俺はおもむろに父の剣を鞘から抜き放ち、目の前に掲げて見せた。部屋に差し込む月明かりを鈍く反射する父さんの剣、どうしようか、やはりコレか魔法で稼ぐしか無いよなぁ? この世界の金の稼ぎ方なんてさっぱりわからん。
これおそらく鋳鉄、だよな?
鋳鉄は安い代わりに強度が低い。工業化の進んでいないこの時代、鍛造で剣を作り上げるのはなかなか大変だろうし、おそらくかなり高価なはずだ。
鋼って確か1%程度の炭素が混じってるんだったよな?
父さんの形見の剣、出来れば長く使いたい。折るわけには行かない。
金属相手に効果があるのかはわからないが、純鉄の分子構造を頭にイメージした後、それが鋼の分子構造へと変換して行き、転位強化、固溶強化、析出強化、結晶粒の微細化といった金属を強化するあらゆる手法を取り入れ、マルテンサイト化して行くイメージを脳内に作り上げてから、刀身に魔力を流す。
アンリエッタさんと6年近く鍛えてきた俺の魔力、限界まで使った事がないのでどこまで行けるのかわからないが、ひたすら、ただひたすらに父さんの剣に魔力を流した。
父さんの剣に魔力を流し続けてどれくらいの時間が経ったろうか、魔力を使いすぎたのか頭がクラクラとして頭痛も酷い。魔力の放出をやめ魔力の煌めきが消えた刀身をよく見ると先ほどの鋳鉄の鈍い銀色とは違い、鍛え抜かれた鋼の輝きの中に波打つ紋様の様なものが見てとれる。
「嘘だろ? これまさかウーツ鋼か?」
歴を刻んでから2000年以上が経過した前世ですら蘇らない
そっと立ち、テーブルの角に向かって剣を軽く一閃してみる。
ゴロンと、何の抵抗もなくテーブルの角が床に落ちた。
「ははは……、恐ろしい切れ味だな」
今日はもう魔力的に厳しい、また時間がある時に父さんのガントレットも長く使えるよう魔法で加工しなきゃな。魔力の使いすぎで痛む頭を片手で押さえながらベッドに向かう俺だった。
変態とか言わないでくれよな?
本当に辛くて苦しいんだ。
自分に言い訳しながらアンリエッタさんが使っていたベッドで眠る俺、彼女の残した香りに包まれると心が落ち着くんだ。俺は本当にどうしようもない程、彼女が好きだったんだなぁ。自分に呆れてしまうよ。
「アンリエッタさん、おやすみなさい」
◆◆
商業ギルドは色々な商売に関わっており、その業種は多岐に渡る。
人の斡旋が主業務ではないが、根強い需要はあるのだ。
顧客の商人や領主、それこそもっと高位な貴族や時には王族にさえ優秀な人材を求められる事がある。計算ができる者、家柄が良く優秀な者、美しい者、性技に長けた者もそうだな。それこそ客のニーズは多岐にわたる。これは! と思うものが居たら養い、育て、そして売るのだ。
彼(彼女)らは決して奴隷ではないが、売り物ではある。
奴隷ではないので手足を繋がれる事も無ければ、牢に入れられる事もない。ただし魔法の一切が使えないよう魔道具の輪を首に嵌められるし、力や剣技に長けた者は弱化の首輪を嵌められる事もある。そして決してこの彼(彼女)ら用の屋敷から出ることは叶わない。
無断で出たら殺される、ただそれだけだ。
それだけが絶対のルールでそこには一切の妥協はなかった。
「この女、美人ですなぁ、ゲハハハ」
「ハーフエルフか?」
「ええ、なかなかの女じゃないですか。たまにはハメを外して、やっちまったらダメですかねえ?」
その恐ろしい一言に怯えるアンリエッタ。
コンスタンツェ家にお世話になる前にもここに居た事がある。行儀作法や礼節を学ばないと働けないからだ。だがあの頃こんな下品な考えの男はいなかったし、全てを諦め、ただ飢えて死ぬことを受け入れようとしていた頃の彼女には怖いモノなんてなかった。でも1度安らぎを知った心は弱い、アンリエッタ自身変わってしまったのだ。
「かーっお前アホか、商品に手をだす商人がどこにいる?」
「ダメですかねえ」
「それにな、その女を犯してみろ、お前あいつに殺されるぞ?」
ロルフとか言う男が、あの気持ち悪い男を説得していた。
昔、来た時はいなかった
「目と気配でわかるだろ、あいつは若いがかなりやるぞ?」
「黒髪は縁起悪いって言いやすしね、チッ」
「あーくそっ」
じろりとアンリエッタを見た後、近くにあった椅子を蹴り渋々と下がる男。
気持ち悪い。ここ何年も心に生まれる事がなかった感情にアンリエッタは少し驚き、そして悲嘆してしまうのだ。
ぼっちゃまが、いえ、フェリクス様が少し大きくなってから、アンリエッタの胸や脚にたまに視線が行くことがあるのを彼女は気づいていた。女性は男性が思うよりも視線に敏感なのだ。皆気をつけるように。
でも、1つも嫌じゃなかったの。
いやらしさのかけらもなかったもの。
私の側でいつも幸せそうに笑ってくれる少年。
こんな私でも知っている、年頃の男の子は興味を持って当たり前。
私の
でも、あの男の目線は嫌だ、気持ち悪くて仕方がない。
どうして、こんなに弱くなってしまったのだろう。
↓ 安寧を知り臆病になったアンリエッタ、挿絵です ↓
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093074245921937
◆◆
アンリエッタさんが残した芳香に包まれながら一夜を過ごした。
久しぶりにゆっくり寝れた気がする。
彼女を取り戻すためにも金を稼がなくちゃ……、顔を洗いさっぱりすると自室へ戻った俺は大きな背負い袋を取り出し、その中に昨晩見つけたアンリエッタさんが残した洋服達を出来るだけコンパクトに畳み奥に仕舞った。
邪魔になるのはわかってるけど捨てれないよな。誰もいなくなるこの家にも置いてはいけないし、家に残された少しの食料と子供の頃から貯めた小遣いに、父が昔使っていた胸当てなど古い防具数点を持って家を出る。
振り向くと思い出の塊であった我が家が見える。
本当に良い思い出ばかりだった。父さん、母さん、アンリエッタさんありがとう。でももうあの家に父はおらず、愛するあの
まだあの
思い出に生きるにはまだ早い。
彼女を救うためなら、俺は何だってしてみせるさ。
乗合馬車乗り場へ 向けて、フェリクスはひとり歩き出す。
アンリエッタ僕が君を守るよ
─ 1章、転生で初めて人の温もりを知る~完~ ─
_____________________________________
神崎水花です。
アンリエッタ僕が守るよ、1章終了です。
ここまでお読みくださりありがとうございました。あー終わってしまったしフォロー消すかぁ、そんな風に思わないでください。まだ続きますから! すぐ続きますよ〜今頑張って続きを書いてます。
ほんの少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら
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