第2話 接触
夜勤明けの瞼に黄色い朝日が鋭く突き刺さる。
(・・・・こりゃあ、粘り損だな)
深酒をした酔いどれ客やキャバクラ嬢の送りのお溢れに預かろうと繁華街のコンビニエンスストアのタクシー待機場で上がりの時間まで待ってみたが、どうやら今朝は外れの様だ。
その時ピーピーピーピーと車内に無線の音が鳴り響いた。勤務時間をとうに過ぎたタクシー会社の事務所からの呼び出しだ。
(はい、はい今から
ピーピーピーピー ピーピーピーピー
(いちいちうるせえなぁ)
右手で薄汚れた無線機を手に取り応答のボタンを押した。
「
「106号車、西村さん。夜勤明けで悪いんだけれど、迎車をお願い出来ないかな」
「どういう事だよ。日勤の奴らに振ればいいだろ?」
「いやぁ、他の
「なんでだよ」
対向車線のホテルのタクシー待機場にはのんびり欠伸をしている高齢ドライバーの姿が見える。呑気なもんだ。
「ホテルの待機場に
「いや、そこを何とかお願いしたいんだよ」
「マジかよ、ブラック企業だな」
「そこをなんとか」
「労働組合にチクっても良いか?」
「今回だけ・・・・頼むよ」
西村はだらし無く緩めていた
「そこまで頼むって事は美味しい客なのか?」
「西村さん42km超え」
「え」
「山代温泉までの送り、行くでしょ?」
「マジか、行くわ!」
石川県の中心部、金沢城下の金沢市内から加賀市山代温泉までの距離は約46km、タクシー片道運賃は19.000円を超える長距離配車だ。
「最後の最後に最高じゃねぇか」
夜勤明けの西村には少し堪える走行距離だが40歳という若さでもう一踏ん張り出来ない訳でもない。
「さて、と。行きますか」
行き先表示板を”予約車”に切り替えてウィンカーを右に下ろした。
「で、お迎え先は何処だい?」
「ーーーーーーあーーーその」
「なんだよ、早く言えよ」
「あーーーー」
ナビゲーションの行き先ボタンを押そうとすると指を伸ばした瞬間、聞き覚えのある精神科病院の名前が無線から吐き出された。
「あぁーーー、有松の岡田病院だわ」
「は?」
「岡田病院。」
「医者の送りだろうな?」
「あーーーー、ごめん、患者なんだ」
「マジか、運賃料金の踏み倒しとか勘弁してくれよな」
「あーーーー、お得意さんだから問題はない、と思、う」
「料金未払いになったらテメェが負担しろよ」
「あーーーーー」
有松の岡田病院は地元で有名な精神科病院だ。利用する患者の乗車料金未払いや行き先不明瞭などの面倒な客が多く、実際この送迎を嫌がるドライバーは多い。
「なーーる程な」
「すまん」
そこでこの美味しい長距離送迎を日勤ドライバーたちは「ご遠慮申し上げ候」で、西村にその大役が回って来た訳だ。
「で、その客の名前は?」
「金魚、金魚様」
「はぁ?金魚だぁ?」
「受付窓口に金魚で声を掛ければ出て来るとさ」
「マジで運賃料金未払いになったらテメェが補填確定な」
「オーケーオーケー」
「ちっ!」
有松ならばタクシーの進行方向とは真逆だ。この時間帯なら警察も居ないだろうと
(ガキの世話くらいしろや)
パタパタと黄色い横断歩行旗を手にしたお喋りに夢中なご婦人たちを一瞥し、チンタラした右折車を避けながら幾つかの青信号を通過して左折、106号車は予約時間より15分程早く岡田病院の正面玄関に横付けした。
(あぁ、早くウチ帰ってビール飲みテェなぁ)
少しばかり時間を持て余した西村は、昨晩から今朝にかけて、何時から何時まで、何処から何処まで、幾らの乗車運賃で営業したかを運行管理表に記入し始めた。
「さぁて、金魚様、金魚様っと」
そこでピーピーピーピーと無線が鳴った。おもむろに無線機を手に取る。
「106号車どうぞ」
「西村さん、今、何処に車着けてる?」
「んーーーー?」
西村は黒い革のハンドルを抱えながらフロントガラスを仰ぎ見た。青々と茂ったポプラ並木の歩道沿いに建つ白いタイル張りの愛想の無い建物、確かに岡田病院の看板が掲げられている。
「俺、有松の岡田病院に居るなんだけど、これで合ってるよな?」
本社配車センターのパソコンでは140台のタクシーの停車位置、その方向、営業状況を確認する事が出来る。
営業状況は色分けされ、
街中を走り乗客を探す営業中 空車 は緑色
客を乗せ指定先に送りに行く 実車 は赤色
予約先の店や客を迎えに行く 配車 / 迎車 は青色
本社に戻って営業を終了する 回送 は灰色
更に各車に振り当てられた番号が表示される。
「ちょっと待って」
「おう」
西村の車は106号車、迎車で青色、北向きで停車していた。
「西村さん、今、正面玄関に着けてる?」
「そうだな」
ベージュのカーテンが閉まった正面玄関に
「あぁ、ごめんごめん。病院裏の救急搬入口に着けて」
「106号車、りょーかい」
どうやら西村の勘違いだったようだ。正面玄関の脇道から病院裏に回ろうと運行管理表の青いバインダーを閉じると誰かが後部座席のドアをノックした。
「あ、済みません。これ予約車なんでーーー」
振り返るとそこには小柄な女性が大きめの白いビニール袋を持ち、タクシーの後部座席の窓から運転席を凝視していた。
(う、うおっ)
吸い込まれそうな碧眼に青白く華奢な手足、肩までの長さのボブヘアーは桜色をしていた。そしてノースリーブの膝丈ワンピースは腰あたりでふわりと広がり、裾に向かって
まさに真っ赤な金魚だった。
「え、と。き、金魚様ですか?」
金魚。
あり得ない客の名前を口にする自分を滑稽に思いながら運転席座席シート足元のハンドルを引き上げた。ゆっくりと後部座席側のドアが開き、その女性はするりと座席に滑り込んだ。
(可愛いな)
ふわりとした眉、カラーコンタクトレンズで彩られた碧眼、シュッとした小鼻、口元は小さくぽってりとしワンピースと同じく真っ赤な色をしていた。年齢不詳だが大凡二十歳前後、全体的に華奢な印象を受けた。
「金魚様でお間違えないでしょうか?」
「・・・・はい、そうです」
消え入るようなか細い声。
(なんでみんな配車拒否するんだ)
見た目も上等、長距離営業、
「それではドア、閉めますね」
「・・・・・はい」
足元のハンドルをゆっくりと下げると後部座席のドアが閉まり車内の空気が揺れ動いた。甘ったるい飴の匂いが漂う。送り先は事前に配車センターから聞いてはいたが、念のために確認した。
「どちらまで行かれますか?」
「山代温泉まで」
「山代温泉の何処まででしょうか」
「山代温泉総湯のロータリー辺りで降ろして下さい」
「はい」
「支払いはこれでお願いします」
差し出された細い指先は桜貝の色をしていた。手渡された
「わかりました。お預かりします」
それは間違い無く本物の乗車チケットで会社名は(株)ユーユーランドと印が押されていた。
(ユーユーランド、なんだこりゃ)
使用者の署名欄には金魚と記入されている。
(そっち系の従業員か?)
「それでは車、出しますね」
「・・・・・はい」
シフトレバーをパーキングからドライブに切り替えると金魚がその小さな口をパクパクと開いた。
「あの、済みません」
「はい、なんでしょうか」
「あの、総湯に7:30までに着くようにお願いします」
「はい?山代温泉までですか?」
「・・・・・・はい」
現在の時刻は7:05、金沢市から山代温泉まで軽く50分は掛かる。しかも朝の交通ラッシュで国道8号線は大混雑だ。
「お客様、それは無理ですよ」
「・・・・・お願いします」
成る程、
「じゃあ、取り敢えず、車、出します」
「はい」
「どの道を走っても構いませんか?」
「・・・・」
「お客様?」
「あの、こっちの道が良いです」
「はぁ!?」
金魚が指差した経路は深夜帯ならば景気良く飛ばせるが、朝はその倍以上、いや、それ以上に時間が掛かる。
「国道8号線ですか」
「はい」
案の定、行儀よく並んだ車の列に紛れた西村の運転するタクシーは国道8号線へと合流する野々市町高架橋下で身動きが取れなくなってしまった。
「混んでますね。お客様、これでは8:00に着くのも難しいですよ?」
「・・・・そうなの」
「はい」
金沢市には大、中、小、個人タクシーとその規模は様々だが、西村が勤務する北陸交通株式会社は石川県内で最大手のタクシー会社で金沢営業所、加賀営業所の二拠点を構えている。
「お客様、どうなさいますか?」
「どうって?」
「少し遠回りになりますが、迂回して空いている道から行きますか?」
「そんな事が出来るの?」
「出来ますよ」
金魚は小さな口をぽかんと開けてルームミラー越しに首を傾げて不思議そうな顔をした。
「他の運転手さんはいつもこのまま、ゆっくり走って行ったんだけど」
「この道を、ですか?」
「はい」
「このまま?」
「はい」
思わず振り向いた俺の横顔を、碧眼が見つめていた。
「このままだと8:00どころか8:30にも間に合わないんじゃないですか?」
「はい。いつもそうでした」
「・・・・はぁ」
(わざとメーター回して、
どうやらこれまで配車された同僚ドライバーたちは時間が掛かる渋滞の道路をノロノロとカタツムリの様にタクシーを走らせて乗車料金メーターをパタパタと回し多めに稼いでいたらしい。
(じーさん達のやりそうなこった)
日頃から先輩風を吹かせて偉そうに乗務員休憩室のパイプ椅子でのけ反っている癖にこれでは呆れて物も言えない。
(そっちがその気ならやってやろうじゃないか!)
負けん気の強い西村は、踏ん反り返るじーさん達よりも時間短縮、格安運賃でこのお嬢ちゃんを山代温泉まで送り届けてやろうと俄然、独りよがりの闘争心に火を着けた。
「お客さま、走っている車が少ない道でお送りして宜しいでしょうか?」
「・・・・・・はい」
「ありがとうございます、それでは違うルートで山代温泉まで向かいますね」
「・・・・・・あの」
「はい?」
「あの、運転手さん、私を何処か遠くに連れて行ったりしませんか?」
「は?」
「しませんか?」
「はい?」
国道8号線の信号機が青に変わったのだろう。渋滞の列が少しづつ前に進み始めた。西村が金魚の素っ頓狂な問い掛けに首を傾げていると、後続のメタリック仕様の赤いダンプカーが車間距離を狭めて「威嚇しています」「早く先に進め」と言わんばかりにクラクションを鳴らしパッシングで合図をした。
(おっと、ヤベェ!)
西村は慌てて右にウィンカーを出し、ハンドルを握ってアクセルを力強く踏んだが思いも寄らず急発進してしまい金魚が後部座席から前方に飛び出した。
「あ、すみませ、も、申し訳ありません!大丈夫ですか!?」
「・・・・大丈夫です」
助手席のシートで身体を支える金魚の左手首を見た西村は心臓が掴まれる思いがした。
(こりゃあ、すげぇ)
青白い肌に埋もれた焦茶や深紅の横線。話には聞いた事はあるが実物を目にしたのは生まれて初めてだった。喉仏がゴクリと上下する。
(・・・・リストカットってやつか)
ふと右手首を窺うとこちらは真っ白い包帯でグルグル巻きになっていた。
(こっちもヤッてんのか、重症だな。こりゃ)
「・・・・大丈夫です」
手首の傷痕を見ている事を金魚に悟られたのかと思った西村の白いワイシャツの脇にジワっと汗が滲んだ。
「じゃ、じゃあ」
「はい・・・・運転手さんが良いと思う道でお願いします」
「あ、は、はい」
タクシーは国道8号線を少し進んだ喫茶店の角の交差点で左折し、流れが比較的スムーズな片側3車線の道路を滑るように走った。
(はぁ、やれやれ)
ドライバーとしても渋滞の道を苛々しながら運転するよりもこちらの方が気分が良い。黄色い反射板を付けた途切れ途切れの白いガードレールが前から後ろへと流れてゆく。
(にしても、気不味い客だな)
普段の西村ならば乗車客に冗談の一つも言えるのだが、後部座席からはこの世の中の全てを拒絶する冷ややかな気配がひしひしと感じられた。
(うーーーん)
こうなるとその日の天気予報や気温の暑い寒いを話題にする事すら
製鉄工場が建つ交差点を通り過ぎ、暫くすると色取りどりの看板がポプラ並木に見え隠れし始めた。
大型ショッピングモールや飲食店が立ち並ぶ区域に差し掛かったその時、後部座席の雰囲気が一変した。
「あ!」
「は、はい」
「運転手さん!」
「は、はい」
「ねぇねぇ、牛丼屋さんだよ!」
「は、はい?」
「あのお店好き、大好き!美味しいの!」
金魚と名乗る女性は赤と黄色の牛丼屋の看板を指差した。
(な、なんだ?)
それまで陰鬱に下を向いていた表情が突然に晴れ渡る青空に輝く太陽のごとく明るくなり、その変貌ぶりに西村は驚いた。
「ぎゅ、牛丼、お好きなんですか?」
「うん!好き!すっごく好き!美味しいから毎晩でも食べちゃう!」
「毎晩、そうですか」
満面の笑みをたたえ、後部座席から前のめりで話し掛けて来る。横顔が近い。飴の匂いが鼻先をくすぐった。
「どの牛丼が好きですか?」
「ご飯が少なくて」
「はい」
「お肉がい〜っぱい乗ってる牛丼!」
「そうなんですか」
「チーズが乗ってる牛丼も好き!」
身振り手振りが大きくなり、まるで万歳をしているように見えた。
(何なんだ)
その奇妙なまでの明るさが薄気味悪く、西村はルームミラーで後部座席を窺いつつハンドルを握った。
「そうですか、チーズ、美味しいですよね」
「うん!」
「けれど夜に食べるんですか?」
「そう!夜のお仕事の後で食べるの!」
「夜の、お仕事ですか」
「うん!」
コクコクと思い切り首を縦に振って頷くそれは満面の笑みだ。
「夜のお仕事、大変ですか?」
「ううん、そうでもない」
「そうですか」
「でも時々、変な事をするお客さんがいてそれは嫌だな」
(夜の商売。温泉地なら宴会のコンパニオンかデリバリーヘルス嬢ってところか)
「私も夜にタクシーを運転するんですが困ったお客さんって結構多いんですよね」
「やっぱりそうなんだ!」
「はい、酔っ払って自分の家が分からないとか言い出したり」
「うんうん」
「寝てしまって警察署に行く事もありますよ」
「えええ、大変!」
「そうなんですよ」
「運転手さん、がんばってね!」
「はい、ありがとうございます」
「お客様も頑張って下さいね」
「うん」
赤いワンピースを着た金魚は突然陽気に騒ぎ始めたかと思えば「うん」と返事をした途端、これ迄とはまるで別人の様に黙り込んでしまった。
(な、なんか俺、ヤベェ事言ったか?)
やがてタクシーは手取川を跨ぐ川北大橋を渡った。
「橋を渡るのね」
「はい」
「大きな川ね」
「手取川です」
「そんな名前だったの、知らなかった」
周囲の景色は一気に寂れたものになり信号機は数える程しかなかった。西村の読み通りに加賀産業道路は後続車もまばらで対向車は数分に一台通り過ぎるだけだった。
(よーし、よしよし)
この調子で上手く行けば7:50には山代温泉総湯のロータリーに到着している筈だ。
「すごく早いですね」
「今頃、国道8号線は大渋滞ですよ」
「すごい」
「ありがとうございます」
山の中を突っ切る加賀産業道路の両壁は重なり合った地層が剥き出しになり路肩には未だ青いススキが続き茂みを使っている。
「あ、あれ」
「如何致しましたか?」
金魚は走り過ぎるタクシーの風圧にガサガサと揺れては後ろに消える紫色の実がなる雑草を見つけて指を差した。
「
「はい?」
「あの紫色のまぁるいの、紫式部って言うの」
「そうですか」
「そう」
西村は普段の客と勝手が違い、会話を次に繋げる事が出来ず困惑した。
(紫式部が如何したって言うんだよ)
金魚は時速80kmの車窓に流れる紫式部とやらをぼんやりと眺めながら独り言のように話し始めた。
「紫式部の書いた物語にね」
「あぁ、作家さんなんですか?」
「そう・・・とても昔の人なの」
「そうなんですね」
「紫式部の書いた源氏物語っていうお話でね」
「あ、源氏物語。それは聞いた事があります」
ルームミラーを覗くと金魚は傷だらけの左手首と白い包帯が巻かれた右手首に目線を落としながら呟いた。
「源氏物語ではね」
「はい」
「寝ている女の人の家にね」
「寝ているんですか」
「うん」
無言が続く。
「男の人がこっそり入って来てセックスをするの」
「は、はぁ」
「その男の人は色んな女の人の家に行くの」
「はぁ」
「誰でも良いのかな」
「ど、如何でしょうか」
深夜の後部座席で泥酔客が口にする生々しいキーワードを若い女性が爽やかな青空の下でポロリと溢した。
(ど、どう答えりゃ良いんだ)
そのギャップに狼狽えた西村は言葉を無くした。信号機が赤になる。交差点の角に山代温泉の矢印を見つけ安堵する。
「も、もうすぐ着きます」
「はい」
やがてタクシーは国道8号線に合流した。金魚は寂れたコンビニエンスストアや潰れたパチンコ店の駐車場を焦点の合わない目で追っていた。
(も、もうすぐだ)
山代温泉街と書かれた看板で西村の運転する106号車は左に折れ、ポツポツと温泉宿が立ち並ぶ細い道路を進んだ。やがて大宴会場を備えた高階層のホテルが姿を現し、観光バスが回転するロータリーに突き当たった。
(はぁ、長かった)
ロータリーの中央には如何にも観光客が喜びそうな木造の
西村はサイドブレーキを踏み、ハザードランプを点滅させた。
ピッ
それまで乗車運賃をカウントしていたメーターを止めると料金は18、900円、到着時刻は7:55と西村的にはベストなタイムを叩き出した。ふぅと一息付く。
(渋滞に巻き込まれた時は如何なるかと思ったが、俺の勝ちだな!)
何と闘いそれに打ち勝ったのかは謎だが西村の営業はこれで終了だ。
「ご乗車ありがとうございました」
金魚は無言で頷いた。
「次からは早めの時間にご予約された方が良いかと思います」
「はい」
「金沢から山代温泉まで50分は掛かりますから」
「分かりました」
「今後ともよろしくお願い致します!」
西村は満面の営業スマイルで後部座席を振り返るった。金魚は碧眼の瞳でその顔を穴が開くほどジッと見つめて呟いた。
「・・・・・運転手さん、格好良いですね」
「あ、ありがとうございます」
「うん、またね」
(またね?)
「ありがとうございました」
足元のレバーを持ち上げ後部座席のドアを開けると金魚は車内に甘い飴の匂いを残して寂れた飲み屋へと向かった。
(飲み屋のねーちゃんか?)
その青白く細い脚はごみ収集を待つ空き缶の山を避けながら細く暗い路地に姿を消した。
「ふぅ」
西村は運行管理表の青いバインダーをサンバイザーから取り出すと、7:15〜7:55/有松〜山代温泉/18.900/チケット/ユーユーランドと記入した。
ふとルームミラーに目が留まった。
(・・・・俺、格好良いか?)
タクシードライバーとしては健康的な肌色。ワックスで適当に逆立てた黒髪。眉は一文字で眉間には皺が寄りがちだ。右目が二重、もう片方が奥二重のアンバランス感、口元は笑っていてもへの字でこれがまるで睨みつけている風で怖いと言いつつ妻は笑う。
(さて、帰ってビールだ。ビール)
西村はシフトレバーをドライブに落としアクセルを踏んだ。
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