白猫王は告白できない

茨木童子

第1話 モフられている場合ではなかった

 真っ白で、ふわふわで、お前は本当にかわいいね……。そう言いながら莉子が俺の頬を撫でる。額の毛を下から上へ親指で整え、両手で頬を包み込み、そしてそっと口づけてきた。照れくさくて振り払う代わりに大あくびをすると、「さかな臭っ」と言って顔を離す。けれども今度は横たわった俺の腹に顔を埋め、また何かもごもごと呟きはじめた。

「ねえ聞いて、私今朝すごく怖い夢を見たの……」

 それはある洞窟の中だった、と莉子は語り始めた。

「真っ暗な、洞窟のような場所にいたの。手には燭台?みたいなものを持っていた。私はそこがどこだかなんとなくわかっていたの。もちろん生まれてから一度も行ったことがない場所だよ?でも夢の中の私は、わかっていた。下に向かって石の階段がずっと続いていてね、でこぼこの階段、それを、降りて行った……。一段降りるたびに、私、わかっていた、足を降ろすたびに、死に近づいているって。下へ降りて行ってはいけないの。でも降りなくてはならなかった……」

 彼女の話は、唐突な呼び声で中断された。

「莉子!いつまで猫吸いしてるの!遅刻するわよっ」

 あ、やば、と呟いて莉子は素早く立ち上がると、

「じゃあね、ユキ。行ってきます」

 そう言って俺のこめかみに軽くキスをすると、制服をひるがえして去っていった。

 陽だまりの中に取り残された俺は、しばらくの間釈然としない思いで顔を洗っていた。いつもはひたすら俺を愛でてから学校へ行く莉子が、さっきは妙な感じだった。明るくて、能天気で、よく言えば天真爛漫、悪く言えば単純馬鹿な莉子があんな深刻そうな声を出すなんて――。

 そう思った矢先、俺のひげがぴくりと動いた。

 自分の体の下のソファの皮、そのさらに下のフローリングの床、そのもっと下の地面へと神経を集中する。地の奥底から、波のように伝わる微細な振動、それを感じ取った瞬間、俺は駆け出した。莉子の母親がゴミを出すために開けた勝手口、そのほんの少しの隙間をすり抜け、静止する彼女の叫び声にも構わずに、外へと向かって走り出した。

 バス停の前に佇む莉子を見つけ、猛突進した瞬間に、あと数秒で地が割れるのを悟った。大きく目を見開いた莉子が、まるで条件反射のように手を広げた。俺はその彼女の腕の中へ飛び込み、莉子の目を見つめ返すと、命じた。


――我らを安全な場所へ送り届けよ。


 

 

 


 

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白猫王は告白できない 茨木童子 @katsuragiibara

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