【KAC20244】本当にあったカスの嘘の怖い話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 お題は【ささくれ】

 これは私の弟の母が息子の小説家志望から実際に聞いた作り話である。




 †



 ある時、Aさんは大規模なメガソーラー敷設プロジェクトの技術顧問として中国の山間部に位置する現場で働く事になった。


 Aさんは経験豊富な技術者であり、冷静な判断力とリーダーシップを持ち合わせていた。


 作業員との関係も良好でプロジェクトは予定通り進んでいくかのように思われた。


 問題は唐突に発生した。


 作業員の中に幽霊を目撃したという者が現れたのだ。


 なにが幽霊だと鼻で笑いたくなるような話だが、実際には全く笑えなかった。


 工事を行う作業員の中には現地の人間も少なくない。


 中国の山奥で暮らしていた彼らは迷信深く、幽霊の噂はあっと言う間に広まってプロジェクトの進行を妨げた。


 作業員の中にはメガソーラー敷設の為にこの山を丸裸にした事で山の神の怒りを買ったのだと言い出す者も出る始末だ。


 勿論Aさんはそんな与太話を信じたりはしなかったが、作業員が騒ぐにはそれなりの理由があるかもしれないと考えた。


 例えば今流行りの過激な環境保護団体とか、メガソーラーの利権を争うライバル会社がスパイを送り込んで嫌がらせを行っている可能性もなくはない。


 作業員の士気を回復させる為にも、Aさんは自ら先頭に立って現場の見回りを行う事にした。


 幸い、どこを探しても外部から人間が侵入した形跡は見当たらなかった。


 原因は最初から分かっていた。


 作業員の言う通り、幽霊がいたのである。



 †



 日の暮れかけた黄昏時、Aさんは工事途中で中断された現場の一つを見回っていた。


 左手にはプロジェクトの為に刈り取られた不毛の山肌が見渡す限り続き、右手には敷設途中のソーラーパネルが夕日を浴びて燃えるように赤く色づいていた。


 それはまるで、科学の炎が死にかけの山を侵略しているかのような光景だった。


 それはまるで?


 まさしくその通りじゃないか!


 現地人ではない外国人の、技術顧問という立場に立ってさえ、その時見えた景色は物悲しく、冒涜的に感じられた。


 他でもないAさんがそう思うのだから、現地の作業員がどう感じたかなど想像に難くない。


 ある意味では、それは彼らの故郷に対する裏切りであり、恩知らずの暴力であった。


 迷信深い彼らが罪悪感からありもしない幽霊を幻視しても仕方がない。


 あるいは彼らは、なんでもいいからこのプロジェクトを中断する口実を探していたのかもしれない。


 そんな風に思っていた時。


 不意にAさんの頭上に影が被さった。


 遮るものなど何もない不毛の禿山で、どうしてそんな事が起きのだろうか。


 彼はギクリとして、振り返る事すら躊躇した。


 気が付けばAさんは恐怖の海に沈み込み、今にも窒息してしまいそうだ。


 バカな!


 幽霊なんてそんなもの!


 あり得るはずがない!


 意を決して振り返るとそこにはいた。


 死にかけた山の神を具現化したような、ずんぐりとした巨人の影が。


 小さな羽虫が幾千万と集ったようなぼんやりとした影。


 けれどそれは確かにいた。


 静寂が彼の耳を苛んだ。


 声にならない絶叫が頭の中で鳴っていた。


「ささくれ」


 幽霊が言葉を発した。


 その意味について考える余裕などなく。


 Aさんは悲鳴をあげて逃げ出した。


 そして二度と現場に戻る事はなかった。




 †




「……それってさぁ。その幽霊がパンダだったってオチ?」

「そう。元々ここは竹藪で、飢え死にしたパンダの霊が笹くれぇって彷徨ってるわけ。どうよ!」


 自信満々の私に母親は白けた視線を投げつけた。


「しょうもな!」

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