第4話

 背景に大きな虹が映り込んだ写真には、懐かしい顔が並んでいる。あの時、降っていた大雨が嘘のようにぴたりと止んで、外へ出た同級生たちと見た綺麗な虹。入学してまだ日が浅かった頃、みんなとの距離をぐっと縮めたのは、この写真を撮ってからだった。今でも大切に思う人たちが、そこに笑顔で写っている。

 スマホに映し出された写真は時が経っても色褪せない。少なくとも ”昔は良かった” だなんて、あの頃には思わなかったはずなのに。それだけ年を取ってしまったのかな? それとも ”今” が不満なのか?


「おっ、懐かしい写真!」

 不意に後ろから吉野よしのが声を掛けてきて、慌ててスマホをしまう。


「まだテンちゃんが忘れられないのか?」

 過去の思い返しを責められるかと思ったら、意外な反応だった。写真にはテンちゃんも、もちろん吉野も一緒に写っている。


「な、なんだよ、その見透かしたような言い方……」


陽翔はるとがテンちゃんを好きだったのは、バレバレだったんだぞ」


 揶揄からかわれるのはしゃくに障るけど、その通りだから仕方ない。何度も同じ夢を見ているうちに、ずっと探していた人は彼女じゃないだろうかと思い始めていた。吉野だって気付いているのかもしれない。

 それよりも分からないのは、彼女との仲はどうなったのか、だ。

 告白でもしたのか、それとも片想いのままなのか……。大事なところが、なぜか思い出せない。


「そういう吉野はどうなんだよ。みなみちゃんを気に入ってたんだろう?」


「南ちゃんか? あの子は大学内外にライバルが多いから、戦意喪失したんだよ」


「アイドルみたいな子だったもんな」


「もはやアイドルだろ。私設ファンクラブまであったんだぞ。とても太刀打ちできないよ」


「そうか。お互いに彼女がいない理由が分かる気がしてきた……」


「だからさ、クラスメイトだけの同窓会はライバルが少なくてチャンスだろ。二人に会ったら、彼氏がいるのか聞いてみようぜ」


「諦めの悪い奴だな……」


「同窓会が楽しみだな、陽翔」




 * * *

 バス通りの緩やかな坂を上って行く。左側に見えてくる小さなカフェ。カランと音の鳴る扉を開けると、カウンターの奥には店のエプロンを身にまとったテンちゃんがいた。彼女は1年生の時から、ここでずっとアルバイトをしている。大学では見られない、働く姿というのは、とても新鮮に感じる。それと同時に懐かしいと感じるのは、おそらく何度もここに来て、いつも彼女を眺めていたからだろう。


 すぐ傍にいるというのに、外で会うとなぜだか声が掛け辛い。大学では普通に話せるのに……。仕事中だからかな? カフェにはお客さんがいたり、店の人もいる。テンちゃんと一緒に働いている女性は店長で、『澄玲すみれさん』と呼ばれていた。


 そうそう、思い出した。澄玲さんが『夕方以降は客足も減って静かだから、勉強するのにちょうどいいよ』と言ってくれたので、店内で資格試験の勉強をさせてもらっていたんだ。


「お待ちどうさま」

 テンちゃんがコーヒーが運んできた。

 器用にトレーからコーヒーカップを音も立てずにテーブルに置き、続けて砂糖とミルクを並べて置いてゆく。空になったトレーを両手で抱えるように持つ仕草は、いつ見ても愛らしい。

「ごゆっくり」

 と言う唇の動きに魅せられる。潤いのある赤味を帯びた唇が、不意に色欲を掻き立て、慌てて目を逸らせた。彼女は気付く様子もなく、くるりと向きを変えてカウンターの方へ戻って行く。




「忙しくなりそうね……」

 澄玲さんの声でハッとする。眠ってしまったのだろうか、窓の外はすっかり暗くなっていた。彼女と澄玲さんの会話が聞こえてくる。


「卒論を書く合間に、地元へ戻って就職活動もしないといけないので……」


「それは大変。でも希望の仕事が見つかるといいわね」


「そうですね。ここで長く働けたことは良い経験になりました」


 うん? テンちゃんは店を辞めるのか?


「なんか寂しいな、テンちゃんが卒業後に地元へ帰っちゃうなんて……」

 いつの間にか吉野が来ていて、会話に参加している。

「行ったり来たりじゃ、大変そうだなぁ」


「そうね。でも大変なのは4年生みんな同じだから」


「就職が決まったら、みんなバラバラになるんだな……」


「なんだか、あっという間に卒業だね」

 

 切なげな言葉が、胸を締め付ける。

 どうやら彼女と過ごせる時間も、あと僅かのようだ。


「いつか同窓会開くからさ、またみんなで会おうよ」


「うん。そうだね」


 彼女の微笑みが眩しく見えた。





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