第4.5話 無能な王子様(裏)
カナメが肩を落として離宮を去っていくのを見届けた後、テルミットは事務室に戻っていた。
「嫌になるよ……」
机に広げた書類を一瞥し、第二王子は情けなくため息をつく。
傍に控えていた専属のメイドたちは、そんな彼を心配そうに見ていた。
「殿下、その……よろしいのですか」
「ん、何がだい?」
メイドたちを率いるメイド長が一歩前に出て、テルミットへ遠慮がちに声をかける。
「お言葉ながら、国民たちからも、殿下の評判はよくありません。公の場で不真面目な態度を取り、縁談もことごとくご自身の皮肉や暴言で破談となっていては、当然の結果です」
「これは手厳しい。ま、そうだろうねェ」
「ですが……私たちは知っています。今この国を最も憂いているのは誰なのか──」
メイド長の言葉を、テルミットは片手をあげて制した。
「よしてくれ。ボクだって、今ボクがやるべきことが何なのかぐらい分かっているよ。それは有能ぶることじゃないし、大した地盤もないまま改革を断行することでもない」
「……失礼しました、出過ぎたことを」
「構わない。ボクは君たちのそういうところに救われているんだからねェ」
メイドたちの首を一斉に飛ばしても許される場面で、テルミットは苦笑を浮かべ、彼女たちに退室を促した。
深々と礼をして彼女たちが部屋を出て行った後、彼は改めて書類を見渡す。
(──この国はそう長くない。人類同士の争いに、完全に乗り遅れている)
机に散らかした書類はどれも、他国の動向を間者に探らせた結果の報告書だ。
保持する軍隊の規模で後れを取っており、内政もガタガタになりつつあるのが、ケラス王国の実情である。
(それもこれも、魔王を討伐した勇者を断罪・失脚させたからなんだけど……)
勇者アース。
神託によって選ばれた彼は、宝石のように眩い金髪と甘いマスクを持ち、国民たちからの人気も高かった。
だが彼は魔王を討伐し王都へ凱旋した後、間もなく審問会にかけられ、あらゆる名誉を剥奪された。本来用意されていた政府高官としてのポストも失われた。
理由は、彼が傲慢な人格破綻者であり、野心によって味方すら手にかけたからだ。
足手まといだと言って補佐役の少年を追放したのに始まり、魔王城での決戦後に、戦功を独り占めするべく、アースはその場で仲間を皆殺しにした──そう、張本人である勇者アースが言った。
アースの仲間の遺族たちが、彼だけ生き残ったのは不自然だと糾弾した際に、彼はあっさりと罪を自白した。テルミットもそれを聞いた時は頭を抱えた。
罪状だけで判断するなら死罪は免れないのだが、魔王を討伐した功績は本物である以上扱いに困り、結果としては見逃してやるからどっかで野垂れ死んでおけ、という内容に落ち着いたらしい。
(我がケラス王国がここから巻き返すのは無理だ。ボクはどうせ、どっかの国との戦争で負けた後、王族だからってギロチン直行だろう)
ソーサーにカップを置き、息を吐く。
悲観的なわけではない。テルミットはこれ以上はないほど明晰な頭脳を持っているから、魔王を討った後はすべてが上手くいくかもしれないと希望を持てたし、勇者を断罪した後はすべてが破綻したことに気づいていた。
(……だけど)
いいことなど何一つ書かれていない書類の山から、一枚の紙を抜き取る。
(もしもまだ間に合うのなら)
それは騎士団から出向したある騎士を軸に据えた、独立遊撃部隊の構想を書き留めたメモだ。
(必要なのは象徴だ。この国といえば、という英雄。勇者を失った我々に欠けている唯一無二のピース)
何度もテルミットはその可能性を考えている。
そのたびに、先ほどまで一緒にお茶をしていた少女の顔が、彼の脳裏をよぎるのだ。
「……さすがに、夢を見すぎか」
頭を振った。
(夢を見せてきた彼女が悪い)
大きく息を吐いて、テルミットは目を閉じる。
自分の人生が、その意味を変えた日。
第二王子という立場にまだ前向きで、身分を隠して騎士団の視察に向かった日。
騎士の訓練学校で、彼に声をかけてきた少女がいた。
『君も騎士見習いですか?』
『あ、いや、ボクは……』
彼女は突然こちらの手を取ると、短く切りそろえられた黒髪の下、深紅に輝く瞳に彼の顔を映しこみ、至近距離で言い放った。
『一緒にこの国を良くしていきましょうね!』
──テルミットは初めて、言葉を失うほどの美しさ、というものを直視した。
その少女が他の訓練騎士すべてを暴虐的なまでの剣術で打ちのめし、教官すら歯牙にかけなかったときは驚いたものだが、そんなことはどうでもよかった。
ただあのように、真っすぐな希望を持っている存在が、彼の心の最奥に大きな衝撃を与えた。
(本当はもうとっとと自殺するか、先んじて亡命するかの二択なんだけどさ)
それでもテルミットがこの国に残っている理由はただ一つ。
彼女が史上最年少で正式近衛騎士に任じられた天才でなくとも。
彼女が衝動的にとはいえ大隊長と剣戟を交わし、圧倒した末に重傷を負わせた、事実上国内最強の剣客でなくとも。
「キミのせいだよ、カナメ」
そうした材料がなくても──テルミットはあの日、彼女が見る道を走り続けようと思ったのだ。
◇◇◇
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