第4話 無能な王子様

 久しぶりに訪れた離宮は、春を迎えて咲き誇る花々に彩られていた。

 避暑地として王都からは少し遠いこの地に建てられた離宮を使うのは、一般的には王族に限られている。

 中庭を一望する屋外テラスに案内された時、彼は既に椅子に座り、本を読みながら私を待っていた。


「お久しぶりです、テルミット殿下。また婚約者を替えられたそうですね」

「君ィ……世間話のスキルがなさすぎないかな?」


 対面に私が座ると、彼は本を閉じてティーカップを優雅に傾ける。

 彼こそ、このケラス王国の第二王子であるテルミット・ラス・ケラスだ。

 キャラメル色と言えばいいのか、少し赤みに寄った黄色の髪を目にかかる程度に伸ばした美形の男性である。

 レイ君も大概だったがこの男の顔も凄いな。こんな人たちと続けて顔を合わせていたら、私の美意識狂っちゃうと思う。


「というか、正式な婚約者じゃあないよ。持ってこられた縁談話がご破算になったってだけさ」

「やはりテルミット殿下の性格が原因で?」

「君本当に失礼だね!」


 ガチャンとカップをソーサーに置いて、殿下が半眼になる。

 私は肩をすくめた。市井での彼の評判をそのまま伝えただけだ。

 第二王子テルミット殿下は、縁談は気に入らないとすぐご破算にするし、仕事はしないし、公の式典なんかでも寝ていたりするしで、正直国民からの人気が全然ないカスなのだ。


「そうは言われましても……初めて会った時に、『ボクなんかに敬意は払わなくていいよ』と貴方がおっしゃっていましたが」

「アレはねえ、社交辞令って言うんだよねェ」

「ところで、本題に入っても?」

「君、もしかして本当にボクに敬意を払ってない感じ?」


 払ってます払ってます、と返事をすると、殿下は胡散臭いものを見る目を向けてきた。

 周囲に佇んでいるメイドたちも私に『こいつ凄いな……』みたいな視線を浴びせている。

 だってこの人、こっちが聞き手に回ると無限に世間話をしてきて永遠に話が進まないんだもん。どんだけ話し相手に飢えてるんだって感じ。


「それでなんですけど」

「あ、本当に本題に入るんだね……」

「名称未定の新設部隊について、私の補佐役になる人を見つけました」

「は?」


 カップを口元へと運んでいる途中で、殿下の手が止まった。


「えっ、ちょっ……何!? 君、補佐役自分で見つけちゃったの!?」

「はい、有能さは保証します。なので、その人の戸籍を作れませんか?」

「なんで?」

「ないんですよ、戸籍。先の大戦でうやむやになってしまったそうで」


 ここへ来る道すがらで考えた嘘を滔々と語る。

 私は社会性のない陰気な人間だが、そういう人間であるがゆえに、嘘をつくのが得意だ。


「君……もしかしてボクに汚職を要求しているのかい?」

「不当な利益を得ようとしているわけではないので、汚職ではないと思っているのですが」

「多分なんだけど、広義の汚職だよ、これはさァ」


 殿下の言葉を受けメイドたちを見渡すと、彼女たちもうんうんと頷いていた。


「いや……うん。君の補佐役の選定が難航しているのは事実だけどねェ。ううむ……」

「私としては、その人以外にはいないだろうと思っています」

「……まあ、それぐらいならいいか。承知したよ」


 あっさりと殿下は許可をくれた。

 逆にうまくいきすぎて、私が眉根を寄せる羽目になる。


「い、いいんですか?」

「君の頼みなら、というだけさ。これが地方貴族なら今すぐテラスから突き落としてるね」

「王子なのに対応が物理的過ぎる……」


 ただまあ、許してくれるなら良かった。


「では後日、その人の書類を作成してお渡しします」

「よろしくね。それで、話はそれだけかい?」

「ええ。思ったより早く終わったので、少しぐらいならお話しできますが……」


 そこで言葉を切って、私はテーブルに置かれた、殿下がさっきまで読んでいた本を見やった。


「珍しいですね、物語本ですか」

「知ってるのかい?」

「王都の方で評判になっていましたから。悲恋ものですよね」


 評判になっていたというのは、救いのない結末であんまりだ、とみんなが言っているのを聞いただけだが。

 登場人物みんなが幸せになって終わらないと気が済まない私としては、一生手を伸ばす機会のなさそうな本である。


「殿下は救いがない物語が好きなのですか?」

「時々こういうのを読まないと、世の中は幸せなお花畑なんじゃないかと勘違いしちゃうからね」


 フッと彼は口元をゆがめた。

 さっきまで見ていた、基本的に仕事をしない、評判の悪い、無能な王子様の顔ではなかった。

 けれど。


「世の中をお花畑にするのが殿下の仕事ではないのですか?」

「──────」


 首をかしげながら問うと、殿下は絶句していた。


「ぶしつけでしたらすみません、ですが……殿下たちがお花畑を作り、私たち騎士がそれを守る。そのためにこそ、我々は存在しているのでは?」


 そうありたい、とかではない。そうでなくてはならない。

 私は戦う力のない市民たちの代わりに、剣であり、盾であるのが存在理由だ。


「……簡単に言ってくれるじゃあないか」

「?」


 何か私は、失言をしてしまったのだろうか。

 テルミット殿下はひどく不機嫌そうになっていた。だが不思議と、私に対する悪意は感じない。

 どちらかといえば、子供が拗ねているのに近い。小さい頃一緒に遊んでいた女の子が、岩を登れなくてぐずりだした時と同じ感覚だ。


「……まあ、そうかもしれないね。分かったよ。ボクはすぐに戸籍を作れるよう手を回しておくから、君も今日は帰って書類を作りなさい」

「あ、はい」


 珍しいな、すぐに帰してくれるなんて。

 席を立ち一礼すると、彼はいつも通りの表情に戻って、いつもかけてくる言葉を発する。


「カナメ。どうだ、ボクの次の婚約者になってみないかい?」

「女性とお茶した時、それ毎回言ってるでしょう……言われるの何回目か分かりませんし」

「君には八回目さ」


 ウインクする彼に対して、私は肩をすくめた。


「またお戯れを……ああ、お友達なら募集中ですが、どうですか?」

「あ、それはいいや」


 畜生! 私が何をしたって言うんだ。

 このままだと、幼馴染のアーちゃんが生涯唯一の友になってしまう……助けてアーちゃん! 私に友達を作る力を……ッ!

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