第3話 新設部隊、二人目!

 魔王の息子であるレイ君を拾って、一夜が明けた。


 私とレイ君は今、宿のおばちゃんに作ってもらったスープをちびちびと飲み進めている。

 最初はあーんしてあげようとしたのだが、かなり強めに拒否されてしまった。スープを数秒間じっと見てから手を付けてたし、まだ警戒はされているのだろう。

 だが昨晩よりはずっといい。少なくとも会話はしてくれている。


「驚いたよ、大分身体の調子が良くなっている。僕の治療ができるなんて、どんな高位の魔法を使ったんだ」


 スープを口に運びながら、レイ君は感心した様子で声を上げた。


「魔法なんて使えませんよ? 手持ちのポーションをガブ飲みしてもらいました」

「人類のポーションって僕に効くんだ……」


 私もそこは素でびっくりした。

 他にできることもなかったので適当に飲ませたのだが、余裕で効き始めたのだ。優秀過ぎる。


「って、魔法が使えない? あれ?」


 先ほどの私の言葉を思い出して、レイ君が首をかしげる。


「ちょっと待ってくれ。騎士だって少しは魔法を使うだろう?」

「まあ、そうですね……」


 レイ君は数秒考えこむ様子を見せた後、顔を上げると、じっとこちらを見つめてきた。その瞳に浮かぶ眼章アイライトが不規則にうねる。

 ……魔眼とかじゃないよねこれと、不安になっていると、レイ君が納得したように頷く。


「なるほど。君のそれは、先天性の?」

「見てわかるものなんですね……はい。先天性の魔力不全で、私は魔法は使えませんし、魔力で動作する魔導器アーティファクトも起動できません」


 私の言葉に、レイ君は口をぽかんと開けた。

 え? 全部見て分かったんじゃないの?


「……いや、驚いた。魔力の流れが淀んでいるとは思ったが、そのレベルで使えないのか」

「うるさいですね! 確かに私は魔法が使えなくて社交性のない暗い女ですけど、そこまで言わなくていいじゃないですか!」

「誰もそこまで言ってないよ!?」


 ひどい人だ。あっ人じゃなくて魔族か。まあどっちでもいいけど。

 半ギレでスープをずぞぞぞぞぞぞぞぞぞと啜っていると、レイ君が不意に言葉を発する。


「とりあえずなんだけどカナメ、君の部下になるという話を受けようと思ってる」

「む!」


 だしぬけに言われて、私はスプーンを動かす手を止めた。


「カナメが言っていた通り、今の僕には行き場がない、というのが大きすぎるんだけどね」

「だとしてもありがたいですよ。やっとこれで私も動き出せます」


 現状、本当にできることがなさ過ぎたし。

 笑顔で手を差し出すと、レイ君はためらいがちに握り返してくれた。


「はい、じゃあ今日からは同僚兼友達ですね!」

「友情まで結んだ覚えはない」


 がーん。

 真っ向から拒絶され、流石の私もへこんだ。


「なんでこれで友達になれると思ったんだ君」

「うぅ……だって私、あなたの命の恩人ですし」

「弱みに付け込もうとしている!? こ、このクズ……!」


 手を振り払ってレイ君が侮蔑の視線を向けてくる。

 なんて言い様だ。


「いやまあ、拾ってくれたことには感謝しているんだよ?」

「あ、大丈夫ですよ。こっちも本気で言っているわけではありませんし。あわよくば、なんとか、どうにか、泣き落としできないかって考えてる程度で」

「そのレベルはもうだめだと思うよ……?」


 呆れた様子で嘆息した後、レイ君は顔を逸らしながら言葉を続ける。


「とにかく、ひとまずは君に命を救われた分の恩だけでも返していこうかと思ったんだ。正直、生きていく理由なんてもうないけど……」

「理由なんかなくたっていいじゃないですか」


 スプーンでスープをすくいながら、私は首をかしげた。


「理由がなきゃ生きていけないんだとしたら、理由がなくても笑顔で暮らしている人々に価値はないってことになります。それは違うでしょう?」

「────」


 呆気にとられた様子で、レイ君は私を見つめてきた。


「な、なんですか。もしかして変なこと言ってますか?」

「……い、いや……君に拾われたのが不幸なのか幸運なのか、まあまあな頻度で分からなくなる、と思ってね」


 何を言っているんだろう。


「幸運に決まってるじゃないですか」

「……ハイ、ソウデスネ」

「一気に面倒くさそうになりましたね!? 捨てますよ!?」

「やめてくれ! 責任感を持つんだ!」


 ギャースカとわめいているうちに、私とレイ君はスープを飲みほした。

 栄養補給としては十二分だろう。具沢山だったし、腹持ちもいい。おばちゃんに感謝しておかないといけないな。


「ごちそうさまでした。器は後で一階に返しておきますね」

「何から何まですまないね」


 頭を下げるレイ君に、これぐらいお気になさらずと言葉をかける。


「じゃあ私はこのまま、近くに上司が来ているので、レイ君をスカウトしたって伝えてきます」

「上司? 騎士団のかい?」

「いえいえ。出向先が騎士団の外部団体なんですけど、要するには新設部隊なんです」


 私は少しばかり胸を張って、ふふんと笑みを浮かべる。


「なのでその部隊の後見人というか……管轄してくれている人が近くの離宮を訪問しているらしいんですよ。報告しておきます、もう逃げられませんからね?」

「はいはい、分かったよ」


 ちょうどこの宿からは、半刻ほど歩けば離宮に着く。

 囲むようにして繁華街が広がっているので、買い出しだって楽勝だ。


「ついでに色つきの眼鏡を買ってきますから」

「ああ……確かにそうだね。今の僕には必要なものだ」


 魔族に特有の眼章アイライトがある限り、彼がこの部屋から出ることすら許可できない。

 不便かもしれないが、出歩くためには必要なものだ。


「なので私が戻ってくるまでは、大人しく部屋で待っていてくださいね」

「子供扱いされているのか……?」


 憮然とした様子を見せた後、ふとレイ君は窓の外を見た。

 乾いた風がカーテンを揺らし、気持ちのいい空気を部屋に送り込んでくれている。


「君の部隊を管轄してる人、離宮に来ていると言ったね。王族に用事があるってことは結構上流階級だと思うんだけど、誰なんだい?」

「この国の第二王子殿下ですよ」


 レイ君の手からスプーンが空っぽのお皿に落ちて、からんころんと音を立てた。

 彼は口をぽかんと開きっぱなしにしていて、出会って二日目だけど間抜け面が似合う人だな、と思った。あっ違う魔族……まあもういいや。

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