第32話 遭遇

 魔物の襲撃はその一度きりで終わった。

 恐らくは弾数が切れたとかじゃなくて、セルフィーナさんの強さを見て仕掛けても意味がないと判断したんだろう。


 無事に王都まで戻って来た私たちは、警邏中の部隊のベースキャンプに、運んできた物資を下ろし終えていた。

 担当である部隊の騎士さんが、私たちから荷物とそのリストを受け取る。


「物資輸送の完了を確認しました。ただ数が足りないようですが……」

「不良品と破損品を計上しています、再発注には時間がかかるそうです」


 そうですか、と私の報告に相槌を打つ騎士の顔色は悪い。

 有事の際に足りないと一瞬で把握できたのだろう。


「……一応聞いておくんですが、近隣の都市から騎士団にこういった荷物が届くのは初めてではないんですよね?」

「カナメさんは、ご存じではないでしょうが……我々の中にも、試験を受けて訓練校に入り、そこを卒業して入団したケースと、貴族のご子息が名を立てるために推薦を受けて入団したケースがあります」


 後者が騎士団の看板に泥を塗っているということか。

 思わず舌打ちが出そうになった。

 危ない、危ない。この人は何も悪くないのに、怖がらせてはいけない。


「ですので……王都では親の目があるので、他の都市に出向き、騎士の肩書を使って……」

「ああ、概ね理解できたよ。それ以上は言わなくていい」


 レイ君が手を突き出して、騎士の言葉を遮る。

 多分それ以上言えば、この人の立場も悪くなってしまうだろう。いつどこで聞かれているかわからない。


「申し訳ありません、そちらの部隊にも迷惑をかけてしまうとは」

「任務が完了できたのなら良かったです。でも足りない分は……ちょっとこっちでも、何とかできないか考えてみますね」


 私の言葉に、感謝しますと一礼して、騎士の人はキャンプへと戻っていく。


 ままならない。カス騎士のリストとかないかな。上から順番に、いなかったことにしてあげたいのに。

 いやいなかったことにしてはいけないか。いなくなってもらった後に、被害にあった人に謝罪と賠償をしていくべきか。


「……向こうも帰るみたいね」


 セルフィーナさんの言葉に、思考を中断して振り向くと、輸送部隊の人たちが荷物をまとめていた。

 えっ、黙って帰ろうとしてる!? あ、挨拶ぐらいしておかなきゃ……!


「あの……」

「俺たちはここでお役御免だ」


 近づいて声をかけると、先んじて隊長さんが口を開いた。


「ありがとな、魔物を追っ払ってくれて。そこは感謝するよ……流石は騎士団、強さは本物だな」


 不承不承といった様子で隊長さんが言葉を紡ぐ。

 私は彼に正面から向き直ると、勢いよく頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとうございました!」

「……よく、感謝ができるなアンタ。信頼もクソもねえのによ」


 呆れかえった様子で隊長さんがこぼす。

 その言葉を聞いて、思わず顔を上げ、一歩踏み出した。


「そんなことありません! 私は皆さんのこと、信頼できると思いました! だってちゃんとルートを精査していたし、輸送も早かったですから!」


 実際に仕事はよくやってくれていたと思う。そこに嘘偽りを挟む余地はない。

 ぐいと顔を寄せるが、隊長さんは虚を突かれたように数秒呆けた後、険しい表情を浮かべる。


「ふざけるな。俺たちは、アンタたちを信頼なんかしてない。これから先もだ。アンタはかっこいいことを言ってるが、それは一方的で、意味なんてない」

「それでも……お互いに信頼出来る関係が一番いいって、それだけは変わらないと思います」


 ちゃんと感謝は伝えないといけない。

 人間の出会いは偶然と必然が密接に絡み合っている。次にいつ出会えるか分からない以上、その時抱いた感謝は、全部出し切らなければ。


「だから皆さんが、私たち騎士のことを、もし許せる日が来たら。その日からまた、私たちを信頼してください」

「……頭ン中お花畑すぎるだろ」

「違います。私は、騎士はお花畑を守るための存在なんです!」


 隊長さんが、そして彼の部下たちが静かに目を見開いた。


「だって一番いい状態が何かなんて、分かり切っていて。そこに少しでも近づこうとするのなら、まず私が信じないとだめじゃないですか。そうじゃないと、お互いに信じあうのなんか無理なんです。だからまずは、私が皆さんを信頼するのがスタートです!」

「……けど、それはよ」

「はい、相手が信じてくれるかどうか分かりません。だとしても、ひとまずこっちから信じるだけ信じてみる! 話はそれからだ、って思ってます!」


 言い切ってから、しゃべりすぎたかなと一瞬不安になった。

 輸送部隊の皆さんは二の句が継げないといった様子で、誰も何も返してくれない。


 恐る恐る振り向けば、レイ君やアース君、セルフィーナさんが口を閉じ、肩をすくめている。

 あれ、これ、もしかして私結構やらかしてる……?


「な、なんですか。私、変なこと言ってましたか……?」

「……変だよ、ああ。嬢ちゃんはすげえ変だ」


 それだけ言って、隊長さんたち輸送部隊はそそくさと、逃げるようにしてその場から去っていってしまった。


「本当に誰かれ構わねえんだなお前」


 近づいてきたアース君が不機嫌そうに言い放つ。

 な、なんだよう……! 間違ったことは、言ってないはずなのに……!


「別にカナメちゃんを責めてるわけじゃないわよ」

「ああ。我らが隊長だと思ったよ」


 もう二人も笑いながら私の肩を叩く。

 なんか釈然としない。保護者を気取られている気配がする。


 ただ……否定されなかった、というのは嬉しかった。

 あそこで正面から意見をぶつけられたら、こっちも言い返すしかないし。


「じゃ、俺らも戻ろうぜ。ここに居座っててもな」


 手を叩き、アース君が場の空気を切り替える。


「そうですね。家に帰りましょう」

「家……家かあ」

「レイ君、どうしました?」

「あ、ああいや、なんでも」


 私たちも一度拠点に戻るべくキャンプを後にしようとした。

 その場から踵を返そうとして、身体が動かなかった。


『…………』


 私以外の三人も同様だった。

 意識より先に身体が反応している。


 誰も動こうともしないし言葉を発しもしない。

 ただ予感だけは共有している。


「あ」


 視界の隅で、誰かが走ってくるのが見えた。

 走って来たのは、さっき荷物の受け取りを対応してくれた騎士の人。


 どうしましたか、と声をかけるまでもなく。

 必死の形相で走って来た彼が、酸素を求めるかのようにして口を動かす。


 

 

「け、警邏中の騎士が、魔将と遭遇した……! ヘブンマックス・メネラオスだ!」








◇◇◇

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