第31話 物資輸送経路にて

 物資を載せて王都を目指す馬車の中。

 空気は最悪の状態だった。


『…………』


 コンパートメント式の車両では、四人の輸送部隊の人たちが向かい合う形でトランプ遊びに興じている。お金をかけているらしく、チップ代わりの硬貨の行き来する音だけが響く。

 私たちはもう半分の席に座っているが、レイ君とセルフィーナさんは気まずそうに外を眺め、アース君は腕を組んで眠りこけている。


「……フラッシュ」

「かーっ、負けだ負け」


 カードを乱暴に放り捨てて、隊長さんが硬貨を差し出す。


「あ、あの」


 私はおずおずと手を挙げて、四人の隊員さんたちに声をかけた。


「ンだよ。騎士サマはこういうお遊びも気に入らねえのか?」

「……認可された賭場ではありませんが、少額なので咎めるような真似はしません」


 騎士はルールを順守するが、人々にあらゆる場面ですべてのルールを強制させることはしない。子供たちが遊んでいるのを真面目に法的解釈から止めるような行為は、かえって市民たちを委縮させてしまうからだ。


「じゃあ何が言いてえんだよ」

「その、身内同士とはいえ、お金がかかっている場面でイカサマするのはどうかと……」


 私が恐る恐る告げると、輸送部隊の人たちは黙りこくって、互いに顔を見合わせた。


「……誰がやってるっていうんだ」

「全員です」


 カードのすり替えやチップ数の誤魔化しなど、横目に見えているだけでも毎回のようにイカサマが飛び交っている。

 ただ全員がやってるから場がめちゃくちゃになっていて──お互いに気づけていないことも多くて、イカサマ合戦としてすら成立していない──勝ったり負けたりを繰り返しているだけだ。


「……フン、だとしても、何だって話だがな」

「お嬢ちゃんアンタ、バニーに着替えてディーラーでもやったらどうだ? そっちの方が儲かりそうだ」

「それやるには、ちょっと足りてねえかもなあ」


 イカサマを指摘されても、一同は気にも留めない様子で私を愚弄してくる。

 う、う~ん、やっぱり言うべきじゃなかったのかなあ。


「……あ」


 その時だった。

 ぴくりと、私たち四人は動きを止めた。

 腕を組んですやすやと寝息を立てていた(目を閉じて黙ってると、ちょっと王子様の風格が取り戻されていた)アース君がパチリと目を開ける。


「来たな」

「あたし行くわ」


 セルフィーナさんが瞬時にナックルガードを装備して、馬車の中から飛び出す。


「は? どうしたんだよ」

「敵が来ました。魔物ですね」

「……?」


 直後、馬車の御者の慌てた声が飛んでくる。


「す、すみません! 横のがけから、魔物たちがすごい勢いで飛び降りてきてます!」


 私たちが座っていたのとは反対側、隊員さんたちが座る席側の窓から顔を出す。

 馬車が走る交易路に面した崖の上から、複数の影が落下するようにして壁面を駆け下りてきていた。


「レイ君、種類は判別できますか!?」

「ウルフ種の……テレンスウルフか? 学習能力が高いから、行動を仕込みやすいタイプだ!」


 物資補給を妨害しに来たか。

 ということは騎士団の動きが向こう側に流れていることになる。


「面倒くせーな……魔将をシバいた後になると思うが、騎士団の情報を売ってる馬鹿を見つける必要があるぜ」

「分かってます、でも一度全部切り抜けた後です!」


 アース君のぼやきにそう返した後、私は輸送部隊の隊長さんを見た。


「後続の馬車にも伝達を!」

「あ、ああ……! クソ、何だってこんなところに凶暴な魔物がいんだよ……!?」


 通信用の魔法石(特定の記号を対応する魔法石に表示させて、それで指示を伝えるタイプだ)を起動させながら、隊長さんが頬に汗を垂らす。

 手元が震えていて、迅速な伝達ができていない。


 参ったな、一度馬車を止めた方がいいのだろうか。

 でも囲まれると対応が面倒だ。というか獣型である以上、私が戦力として見込めない。

 アース君とレイ君にも頑張ってもらう必要があるかもしれないが……


「別に大丈夫よ、伝えなくても。あの数なら一発で終わるし」


 その時、窓の外から凛とした声が響いた。

 顔を出して上を見ると、外へと出ていったセルフィーナさんが、いつの間にか馬車の上に仁王立ちで佇んでいた。


「一発って……よ、余波で馬車が壊れちゃわないようにしてくださいね!?」

「そんぐらい分かってるってば」


 苦笑しながらひらひらと手を振った後に。

 彼女は表情を切り替えて、こちらへと殺到する魔物たちへ視線を向けた。


「ブッ潰れろッッ!!」


 セルフィーナさんが拳を宙に叩きつけた。

 そこを起点として空間のひずみが波濤のように駆け抜け、魔物たちを吹き飛ばす。

 一匹残らず、逆再生のようにがけの向こう側へと投げ出されていくウルフたち。見ていて気の毒になる光景だ。


 それにしても。

 今のは多分、ええと、拳に載せた神秘の力を物理衝撃に転換して叩き込んだのだろうか。

 神秘の力を使っているのに全然神秘的な戦い方じゃない……!


「分かっちゃいたけど、歯ごたえないねえー……ま、ないに越したことは無いか」


 青空に同化してしまうようなきれいな髪をたなびかせて。

 拳をゆっくりと開いて、彼女はきれいな微笑みを浮かべるのだった。




◇◇◇

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