第29話 敵の確認と、震える身体

「ただいま~」


 ガチャリとドアを開けて、少しくたびれた様子でアース君が居間に入って来た。

 新設部隊の事務所を兼ねた拠点、その二階は私たちの生活スペースになっている。


「おかえりなさい、アース君。お仕事はどうでした?」

「…………」


 ソファーに座ったまま顔を向けると、彼はものすごく変な顔をしていた。

 ゆっくりと彼は目を閉じ、それから自分の頬を殴りつける。


「何してるんですか!?」

「今の言葉は……隊長として、部下の報告を待つためのものだよな?」

「え、あ、はい。他に何があるんですか」


 なんでもねえ、と彼は頭を振る。

 一体どうしてしまったのだろうか。


「で、どーだったの?」


 動かないアース君に対して、セルフィーナさんも声をかける。

 彼女は私の対面に座り、装備として購入したナックルガードの手入れをしていた。

 重騎士が装備する籠手のように、拳全体から前腕部までを防護する代物だ。セルフィーナさんは関節の動きを阻害しないものを選び、自分の加護の力を使って強化を施している。


 アース君も同様に部隊の費用を使って、それなりの質の剣を数本購入してもらっている。

 装備なしで仕事を続けていくわけはいかないしね。


「研究所の視察に行かせてもらったけど、本当にあいつら何もしてねえな。魔物連中はのびのび暮らしてたよ。定期的におっさん共も顔出すってさ……つーかあいつら商工会の幹部クラスだったぞ、そりゃあんな洋館を丸ごと動物園にできるわけだ」


 聞けたのはいい報告だった。


「良かったですね」


 膝に転がるアントモスフィキュアくんに声をかけて、頭を撫でる。

 アントモスフィキュアくんは気持ちよさそうに目を細めた。他にも数匹、ソファーの上で私にすり寄ってきている。

 毛並みが良くて心地いい。おじさんたちが、配慮できる限りは環境に配慮していたことがわかる。


「……そいつら、結局住み着いてるけどいいのかよ」


 おじさんたちが飼っていた魔物たちが研究所に移送されてから数日が経っている。

 このアントモスフィキュアくんたちはすっかり拠点になじんでいた。

 同胞たちの行方についてレイ君はちゃんと教えたらしいが、どうやら彼らは遠く離れていても、安全が確保されているならそれでいいらしい。


「報告はしましたよ。問題なく飼えるって」

「それで通るあたり、この国本当にヤベーな」


 嘆息するアース君だが、彼の視線は私の膝の上から外れない。

 なんだかひどく恨めしそうな顔である。


「ふふん……羨ましいんですか、アース君」

「へあっ!?」


 聞いたこともない素っ頓狂な声を上げて、アース君がびくんと跳ねる。

 何だ今の。油が飛んできた時の私みたいだったな。


 口をぱくぱくと開けたり閉じたりする彼はさておき。

 顔を上げたセルフィーナさんが、真っすぐにこちらを見て言う。


「羨ましーわ」

「お、おまっ……そんなあけすけに……!?」


 セルフィーナさんはナックルガードをテーブルの上に放ってから、隣に座って来た。

 私はアントモスフィキュアくんを抱きしめて、笑みを浮かべる。


「あげませんよ! みんな私にくっついてくれてるんですから!」

「いいじゃん一匹ぐらい! 触り心地よさそうだし!」


 わーきゃーとアントモスフィキュアくんの取り合いを始める、私とセルフィーナさん。

 まあ別に全然いいんだけどね。こういう風にわちゃわちゃするのに憧れていただけだし。


「……アース君、どうしました?」


 結局一匹自主的にセルフィーナさんの胸に顔を埋めに行った(こいつ……)ので落ち着いた後、私はアース君がずっと突っ立ったままなのを見た。


「あ、ああいや。今日の俺はめちゃくちゃ馬鹿だと思ってな」

「……?」


 要領を得ない回答だった。

 彼はさっきまでセルフィーナさんが座っていた対面に腰を下ろす。


「で、精神を餌にする魔物を飼ってていいのか?」

「一応大丈夫らしいですよ」


 確か、レイ君が言うには、


『無限にごはんが食べられるからアド過ぎ……って言ってる。これどういう意味だい?』


 とのことだ。意味が分からない。

 噛み砕くと、まあ多分ここに住んでいればご飯に困らないし、宝石を家賃代わりにお前らにやるよ、といったところだろうか。


「誰の精神をごはんにしてるんですかね? 一応可愛いので住まわせてますけど、不調を感じたらすぐに言ってくださいね」

「それ全部あたしらがカナメちゃんに言いたいことなんだけど」


 アントモスフィキュアくんを撫でまわしながら、セルフィーナさんがこちらをじとっと見てくる。

 何の話……?


「まあどっちかっていうと、問題はあの宝石の山をどうするかでしょ」


 気を取り直すように彼女が指さしたのは、部屋の隅に無造作に積まれた宝石たちだ。

 アントモスフィキュアくんたちが産み落としたものである。


「活動資金に回すわけにもいかないので、砕ける分は砕いておきますか」

「とんでもねーこと言い出したぞこの女……!?」


 さすがにアントモスフィキュアくんたちを飼うのはともかくとして、こういう形で貴金属を無限にため込むわけにはいかないし。


「まあまあ、落ち着いてカナメちゃん。何かあった時のために取っておきましょう、あたしが保管しておくからさ」

「でも……」


 セルフィーナさんの言葉に言い返そうとしたとき、ガチャリとドアが開いた。


「ただいま」


 居間に入って来たのは、アース君同様に外に出かけていたレイ君だった。

 ちょっと表情に疲れの色が見える。


「お帰りなさいレイ君、お仕事はどうでした?」

「…………」


 アントモスフィキュアくんを撫でながら顔を向けると、彼はものすごく変な顔をしていた。

 ゆっくりと彼は目を閉じ、それから自分の額を壁に打ち付ける。


「何してるんですか!?」

「今の言葉は……隊長として、部下の報告を待つためのものだよね?」

「え、あ、はい。他に何があるんですか」


 なんでもない、と彼は頭を振る。

 その様子にアース君が乾いた笑みを浮かべていた。

 二人とも、一体どうしてしまったのだろうか。


「分かるぜ、レイ。俺もあれは反則だと思う」

「一緒にしないでくれ……! お帰りなさいなんて言われるのが初めてで面食らってしまっただけだ……!」


 アース君の言葉に首を振りながら、レイ君はこちらまでやって来る。


「今日は殿下のツテで、王都の記録保管庫に行って来たんですよね?」

「ああ。ヘブンマックス・メネラオスについての情報を、改めて確認してきたよ」


 ぱちんと指を鳴らすと同時、レイ君の眼の前で、テーブルに本がドカドカと積まれる。


「どうやってるんですかこれ」

「異空間に収納していた。で、色々と確認できたよ」


 広げられた書類は、該当する魔将と人類の交戦記録だった。

 読み進めていくうちに、みんなの表情が険しいものになる。


「基本的に彼は強者との戦いを好む武人気質だ。それ故に実力が高く、正面からの討伐は極めて難しい」


 それが冒険者であっても、精鋭騎士であっても、ヘブンマックスと遭遇した人間は敗北し、殺害されていた。

 記録が残っているのは、非戦闘員には手出しをしてこなかったから、らしい。武人気質というのも頷ける。


「だがよ、前にお前言ってただろ? アントモスフィキュアを利用した即死ダンジョンを作りそうなやつ、候補にこの魔将が挙がっていたはずだ」

「それは彼の部下の話さ。ヘブンマックスは自分に計算高さがないことを把握していたから、頭脳労働を任せられる部下を選抜していた」


 なるほど。ちょっと親近感がわいてきたな。


「そういう君は遭遇したことが一度あるらしいじゃないか。遭遇したとしか書かれていなかったけど、取り逃がしたのか?」

「逆だ。俺たちが死に物狂いで逃げたんだよ。初めて遭遇した魔将だったからな」

「へぇ~、アンタが旅を始めて間もなくだったカンジ? 今ならどう?」

「……負ける気はない。他の魔将連中も対等以上にやれたんだ、やってみせるさ」


 三人は、ヘブンマックスとの戦闘が近々あるという前提で話を進めていく。

 私もその予感はしている。


 こういうタイプは、部下が頑張って策をめぐらせている間は待つけれど、本質的にはせっかちだ。

 準備が整いさえすれば、迅速に攻め込んできて、目的を達成する。そういう手合いだ。


「…………」


 部下たちの話し合いを聞きながら。

 私は少しだけ、自分の腕が震えているのを見た。


 慌てて他の人に見えないように身体を抱きしめる。

 唇が意図しない形になりそうなのを必死にこらえる。


 かつてもそうだったと思う。

 この身は人々の自由を守る剣なのだから、それだけでしかないのだからと。

 そう言い聞かせながらも。


 あれほど、私を拾ってくれた騎士団の先生たちから言われて。

 そう考えてしまうのは、あまり良くないことだから、そう考えないように君を育てると言われたのに。

 ついぞ治ることはなく、ただ抑え込めるようになっただけの衝動。


 私はあの時、大隊長が抜剣したのを見て。

 本当は心の底で歓喜していた。

 その喜びの震えを今も感じている。




 ──魔将って、どんな斬り心地なんだろう。








◇◇◇

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