第28話 戦火の予兆
到着した騎士団の人々が、中庭に並ぶ魔物たちを一体一体検分していく。
その傍にはオォンおじさんが立ち、過度に刺激しないよう間に入っていた。
「うまくいくのかしら」
洋館に戻り、バルコニーから中庭を見渡しながら、セルフィーナさんがぼやく。
見て見ぬふりはできない以上、私は騎士団本隊に応援を要請した。
だがそれは危険な集団というわけではなく、魔物たちを保護している男性たちがいると、事実をありのままに伝えた。
「殿下には掛け合ってみます。王都には魔物の研究所もあるらしいので、そこで暮らしていければ……」
「解剖されたりすんじゃねーの」
私は首を横に振った。
「大丈夫です。研究所は有名無実化していますから」
「……どういうことだよ」
「何もしてないから有名なんですよ。彼らは税金を使って魔物を養うことしかできていないんです。研究ノウハウはないし、優秀な人材もいません」
はあ? とアース君たちが呆れかえる。
「だから今回は一時的にそこに避難してもらって……色々と手続きが終われば、その後にきっと、おじさんたちと魔物たちが一緒に暮らせる場所を作れるはずです」
「お前、本気で言ってんのかよ」
「彼らには魔物と暮らす自由があります」
さっき話を聞いていても。
彼らは魔物のことを大切に想っていたし、だからこそアントモスフィキュアたちに負担を強いていることを悔やんでいた。
だからきっと、これでいいと思う。
ずるずると、いつか破綻する道を進むわけじゃなくて。
区切りをつけて、よりよい方向へと進むことを検討する時期なんだ。
「……まあ、最悪の場合は、ウチの分隊ってことにしましょう」
「本気で言ってる?」
「実戦には出しませんよ」
いやそこじゃないんだけどとセルフィーナさんが頬をひきつらせた。
あれ、最終手段としては結構いいんじゃないかなと思ってたんだけど。
あと、我らが拠点にいるアントモスフィキュアたちも研究所に合流する形になるだろうな。
ちょっと見た目が可愛く見えてきていたので残念だ。
そうしていると、バルコニーに、今まで中庭に残っていたレイ君がやって来た。
「あ、お疲れ様ですレイ君。何か気にしてたみたいですけど……」
「……そうだね」
声は、今まで聞いてきた彼の声の中でも、いっとうに固いものだった。
他の二人も動きを止めた。
「レイ君、どうしましたか」
「いや、その……」
「何か私に報告することがありますか?」
「……隊長」
私は数秒目を閉じた。
意識を切り替えて、瞼を開けて姿勢を正し、レイ君と視線を重ねる。
「報告があるんですね?」
「この魔物たちは単純に逃げてきた個体じゃない。全員特定のグループに所属し、そこから移動してきている。人間の眼じゃ見えないだろうけど、身体に魔力を用いた焼き印が施されているんだ」
研究用の材料にナンバーを割り振って管理しているようなものだろう。
だが魔物を集めてまで何の研究をしていたのかと考えると。
いいやそれ以前に……魔物を集めて管理することができて、なおかつレイ君の目でようやく見破ることのできる刻印を施していたとなると、必然としてそれができる存在は限られる。
「あのおじさんたちが集める前から、一つの場所にいたということですよね? レイ君には心当たりがありますか?」
「あるよ」
頷いて、彼は元勇者へと視線を向ける。
「公式記録は知っているけど、改めて聞きたい。勇者アース、君の知る限りで十二魔将は何体倒した?」
「……俺がこの手で仕留めたのが七体、騎士団が一体だ。四体生き残って、今もどこかに潜伏している」
「あの焼き印は、魔王死亡後も生存している魔将の一人のものだ」
十二魔将。
人類と魔族の戦争において各地で指揮官として、そしておぞましき単体戦力として猛威を振るった十二に及ぶ厄災。
アース君はなんてことないように七体倒したと言ったが、一体倒しただけでも、王都はそのたびお祭り騒ぎになっていたものだ。闇の中に差す光を見たような、そんな希望のニュースだったから。
「魔将の生き残りが一人……名は、ヘブンマックス・メネラオス」
「よりによってあいつかよ……!」
その名は、新聞や騎士団の教本で読んだだけの、私にとっては小説の登場人物に近しい、遠い存在だった。
ハイズベルグ撤退戦においては退路を確保するべく行動していた人類連合軍の師団二個を待ち伏せし、僅かな手勢を率いてこれを殲滅。
ジオ・バリアゲート攻略戦では、アース君が率いる勇者パーティが単独でゲートコントロール施設に奇襲をかけ制圧するまでの間、たった半日で人類軍の三分の一を損耗させた。
ヘブンマックスという名前に対して拒否反応を示す騎士は多い。
何せこの魔将は直接対決を好み、人類サイドの名だたる猛者たちを悉く一対一で殺害してきた、英雄殺しとしての側面も持っているからだ。
「彼はまだ王都の近くに潜んでいる。魔物を集めて、育てて、企んでいるんだよ。恐らくは……戦争の再開を」
風が吹いた。
私の黒髪がなびいて、それを手で押さえつける。
バルコニーを過ぎ去っていった風が運んできたものは、どうしようもないほどの戦いの予感だけだった。
◇◇◇
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