第27話 多分ビーストテイマー(曖昧)

 おじさんたちに囲まれながら、私たちは洋館の中へと足を踏み入れていた。


「レイ君、どっちですかね」

「あっちの方かな」


 色眼鏡越しに洋館の中を透視しているらしく、レイ君はよどみのない足取りで廊下を進んで行く。

 頼もしすぎて怖いね。おじさんたち、そこまでバレてんのかよと顔真っ青にして黙っちゃったし。


「この空気だとあたしらの方が悪者みたいじゃない?」

「いや、悪者そのものだったけどな、お前」

「どこがよ」


 全体的にかなあ。怖くないところの方が少なかった。

 縮地で間合い詰めて問答無用裏拳に関しては、逆にあそこだけは制圧行動なので許せるんだけど。

 それにしても。


「縮地ってこうやるんですねー」


 すっ、すっ、すっと私も彼女の動きをまねて、縮地でアース君の周囲を走り回る。

 これは便利かもしれない。とっさに動く時は普通に動いた方が結果として速そうだけど、意図的に相手との間合いを詰めたり開けたりするなら使い勝手がよさそうだ。


「…………っ!?」

「オイ! お前どうしてくれんだよ縮地覚えちゃったじゃねえかよオイ!」


 目を見開くセルフィーナさんと、悲鳴を上げるアース君。


「強くなるのはいいことじゃないですか! 私もっと強くなりたいですし!」

「その言葉を聞いて恐怖を覚える日が来るとは思わなかったよ」


 先導していたレイ君が振り返り、引きつった顔を見せる。

 なんだよ。味方が強くなるのはいいことでしょ。


 そうこうしているうちに、レイ君が廊下の突きあたりで立ち止まる。


「ん……なるほど」

「どっちですか?」

「窓の外だね」


 は?

 レイ君は廊下の窓の外を眺めた。

 私たちも窓辺に立って外を見れば──


「うわ、すごっ」


 私が息をのむ横で、セルフィーナさんが感嘆の声を上げる。

 洋館の中庭は建物を削るようにして拡張されており、闘技場並みの広さになっていた。


 そこに並ぶ鉄檻の中には、無数の魔物がひしめき合っている。

 数十種類に及ぶ魔物たちは、一様に大人しく伏せていたり、周囲をきょろきょろと見たりしていて、とても凶暴には見えない。


「すげえな。その辺の見世物小屋を百個集めても勝てねーぞ」

「異国では危険性のない動物たちを展示する、動物園? っていうのがあるって聞いたことあるけど……それに近そうな感じがする」


 アース君とセルフィーナさんが呆れ半分、感心半分ぐらいのコメントをした。


「これ商売だと逆に採算が取れるかどうかわからない規模というか……なんか、変ですね」


 おじさんたちと共に中庭に降りて、私は首を傾げた。

 普通に魔物を利用してお金を稼ぐだけなら、ここまでいろんな種類をそろえなくてもいいはずだ。


 私はちらりと、ここまでついてきてくれた最初のおじさんを見た。

 腫れあがった頬を撫でながら、彼は憮然とした表情で口を開く。


「……こいつらは人間と魔族の戦争で住処を失った連中だ。野生化しそうになっていたが、凶暴なタイプじゃない。それでも騎士に発見されたら討伐対象だ、それはかえって、殺す必要のない個体を殺すことになる」


 うわっ急に流暢にしゃべり始めた! びっくりした!


「じゃあ商売をしてたわけじゃなくて、この子たちを養うために……?」

「オォン」

「うん、って言ってるんだろう。なんか解読できるようになってきちゃったな」


 ていうかさっきみたいに喋ることもできるんだから、それ言う必要ないじゃん。

 安易にオォンに頼らないでほしい。


 事情を聴きながら中庭を歩いていると、ふと一つの檻が目に入った。

 広々とした空間の中でぽつんと子猫が寝ころび、真ん丸な目でこっちを見ている。

 か、可愛い~!


「そいつはサベージタイガーだ。警戒心が強いから、あんまり驚かせないでやってくれ」


 オォンおじさんの言葉を背に受けながら、私はそっと鉄檻の中に入る。


「……え? あの嬢ちゃん今どうやって檻の中に入った?」

「騎士は柵抜けできるんですよ」

「説明をしてくれ」


 そう言われても、身体を完璧に制御できれば誰でもできることだしなあ。 


「可愛いですね、この子。魔物っぽくないかも」

「とはいえ、迂闊に近づくと危険だよ」

「そうなんですか?」


 檻の外からレイ君が声をかけてくる。

 こんなにちっちゃくてかわいいのに?


「その子猫は擬餌だ。本体は後ろで透過してる」

「えっ」


 レイ君がぱちんと指を鳴らす。

 直後に、子猫から伸びる一本の線と、それでつなげられた巨大な虎が、暗闇の中にぬうと姿を現した。


「人間が猫を可愛がる習性を持つことに目を付けたデッドアーサーが開発した人造魔物キメラだね。まさか生き残っていた上に、人間に飼い慣らされていたとは驚きだけど」


 直後だった。

 サベージタイガーの動きが止まった、と思ったら視界の外から飛んできた尾が私の顔面を激しく叩いた。


「たぶはっ!!」


 私はもんどり打って転がった。

 鼻からぴゅーぴゅーと鼻血が吹き出ている。


「ちょ、ちょっと大丈夫!?」


 駆け寄ってきたセルフィーナさんが、檻越しに治癒の力を行使してくれる。

 彼女がいなかったら、私の鼻は一生曲がったままだっただろう。


「こいつ……」

「だから、迂闊に近寄ると危険なんだ。とはいえカナメが気安くテリトリーを侵してしまったからね」


 殺気立つアース君と肩をすくめるレイ君。

 確かに私が悪かったかもしれないけど、レイ君は私を心配してなさ過ぎ。


「今の、なんで回避できなかったの……?」

「しっぽがどう動くかなんてわかるわけないじゃないですか~!」

「カナメちゃんって本当に対人戦闘専用なの……!?」


 半泣きになっている私を見て、セルフィーナさんが絶句する。

 仕方ないじゃん! 四足歩行の生き物の動きなんて読もうとする方が無理だし!


「そもそもサベージタイガーはそれなりのコストをかけて造られたものだから、戦闘力だって折り紙付きだよ」

「えっ!? 私もしかして死にます!?」

「さっさと出てきなよ……」


 そうこうしているうちに、地面を踏みしめる足音が背後で聞こえた。

 恐る恐る振り向けば、サベージタイガーの本体がこちらを見つめながら、ゆっくり近づいてくる。


 あっまずい。

 怖くて身体が動かない!!


 私の状況を察知したアース君が踏み出し、セルフィーナさんも腕を伸ばす。

 その瞬間だった。


「しーっ」


 優しい声だった。

 人間を数百人単位で惨殺できそうな魔物のサベージタイガーは、たったそれだけで地にへばりつき、完全に平伏した。


 サベージタイガーだけじゃない。中庭に広がっている鉄檻の中で、全ての魔物が、縮こまるようにして平伏している。

 絶対的な王を見て、恐れをなしているかのような光景。


「いい子にしててくれ」


 それを生み出したレイ君は、いつも通りの、優しい表情だった。


「……お前、ナニモンだ」

「別に、この部隊の副隊長ですよ。強いて言えばビーストテイマーです。多分。そういう職業あるよね?」

「聞いたことはあるが、ここまでとは思えねえな」

「じゃあ多分、ここまでできる人も他にいるんです」


 オォンおじさんの問いかけに、レイ君は肩をすくめる。

 ひとまず安全が確保されたので、私は深呼吸して自分を落ち着けてから、すっと鉄檻を透過して外に出た。


「すみませんレイ君、ありがとうございました」

「これぐらいどうってことないよ」


 心配してくれなさ過ぎだったけど、頼りになるのでヨシ!

 私はオォンおじさんに顔を向ける。


「それで、本題に入りたいんですけど……ここ、アントモスフィキュアもいますよね?」

「……ああ。こいつらの飯代のために、宝石を産んでもらってる」


 なるほど、そういう理由か。


「これだけの個体を飼い続けるのには無理があると思ったけど、やはりそこで賄っていたか。だけど最近、一部の個体が逃げ出していただろう?」

「そうか、そこで足がついたわけか」


 オォンおじさんは納得がいった様子で、両手を挙げた。

 他のおじさんたちも首を横に振り、武装を地面に投げ出す。


「抵抗はしない。実際問題、アントちゃんたちには、窮屈な思いをさせていたし、無理を頼んで宝石を産んでもらっていた」


 その言葉を聞いて、腕を組む。

 彼らはいわば、魔物を保護していたわけだ。



 ────この場合、私がなすべき正義とはなんだ?






◇◇◇

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