第26話 強制捜査権を執行します
アントモスフィキュアからレイ君が聞き出した同族たちの居場所は、私たちの拠点より王都の中心部に近い、ちょっと怪しい洋館だった。
馬車を借りて少しばかり移動すれば、目的地にはあっという間にたどり着けた。
「ここで本当に合ってるんですか?」
「丁寧に位置座標まで教えてもらったよ」
「あの魔物って位置座標全部分かるんですね……」
普通にめちゃくちゃ強いじゃん、その能力。
館の正面入り口に佇み、私たちは建物を見上げる。
そういえばここ、構えは立派だけど門とか入口の庭園とかないのか。なんだか変な感じだ。
「とりあえず入るか」
「そーね。カナメちゃんとレイ君は後ろに下がってて」
前衛二人組が率先して屋敷のドアを叩く。
私たちの背丈を優に超える木製の扉は重い音を奏でたが、それ以降はぴくりともしない。
「……出ねーな」
屋敷の中から反応はない。
いないのかもしれないけどさすがに居留守するんだろうなあ。
その時だった。
舌打ちするアース君の隣から前に進み出て、セルフィーナさんが息を吸った。
「開けろォッ!! 騎士団だコラァァ!! 開けんかコラァァッ!!」
うわあああああああああ何してんのこの人ッ!?
さっと血の気が引いた。私はドアをバンバン叩く彼女の肩を掴んで引きはがす。
「ちょっちょっちょっ本当に何してるんですか!?」
「え? 出てこなかったから……」
「うわあ! 急に落ち着かないでください!」
さっきまで騎士団の反対側の存在そのものみたいな声で扉を殴りつけていた人とは思えない。
あ、ああいや、悪魔を撲殺できるぐらいだから、バンバン叩いてるっていう時点で手加減がちゃんとできてるのか。
じゃあさっきの怒り方は演技ってこと? 怖すぎる……
セルフィーナさんの演技力に戦慄していると、洋館の中からどたどたと足音が響く。
前衛二人組がさっと前に出ると同時、勢いよく扉が開け放たれ、ガタイのいいおじさんが出てきた。
「なんだあテメェどの組のモンだここ来たからにはどういう目に遭うのかも全部分かっとんかオォン!?」
「ワンブレスで言い切る必要はなかったでしょ、そのセリフ」
レイ君の呆れ声に、思わずうなずく。
正直何言ってるのか全然分かんなかった。
「えっと、騎士団の者です。ちょっとお聞きしたいことがあって来たんですけど」
とりあえず最初はちゃんと段階を踏もう。
相手が貴族でもなければ、騎士団は家宅の中に踏み込んで捜査する権限を持っているけど、そういう無理なやり方はあんまり好きじゃない。
「オォン!? オォン!? オォン!?」
「そういう鳴き声の方ですか?」
「いや人だかんな相手」
「これは威圧されてるだけだね」
な……騎士団として来ているの威圧するなんて!
「そういう態度の場合、何か後ろめたいことがあるのではないかとこちらは思いますよ!」
「オォン……」
「もしかして本当に鳴き声だったんか……?」
おじさんが覇気を失った。
彼は俯きがちに手を後ろに回す。
「あ、その刃物は出さないようにしてください、それをされるとこちらも対応に困ります」
私が淡々と告げると、今度こそおじさんは動きを止めた。
四対一で、しかも相手は騎士。それで勝てると思われているのならかなり心外だ。
「……ッチ。何の用だよ」
「この屋敷に、王都の外から魔物を密かに持ち込んでいるという通報がありました」
私は嘘をつくのが平気なタイプだ。なのでこういう出まかせをスラスラと言える。
いやまあアントモスフィキュアたちから通報されてはいるので、別に嘘じゃないって言い張れるか。
「心当たりはねえな。帰りな」
「……中に入っても?」
「それはできない」
何故ですか、なんてもう聞く意味もないか。
「──王立騎士団の名の下に、これより強制捜査権を執行します」
「テメェらぁ!」
おじさんが叫び声を上げると同時、屋敷の玄関に他のおじさんたちが殺到してきた。
証拠を隠滅する時間稼ぎだろうか。
「無駄なことはやめてください」
「うるせえぞガキが!」
最初のおじさんが今度こそナイフを引き抜き、こちらに突き付ける。
応戦するにしても剣を抜くわけにはいかないか、と逡巡した刹那だった。
気づけばセルフィーナさんがおじさんとの間合いを詰めていた。
相手からすれば、詰められたというか、気づいたらもう間近に彼女がいたような感覚だろう。
それは動作の起こりを極限まで削ることで発生する、傍から見れば瞬間移動としか見えない歩行方法だ。
確か騎士団の教科書だと、えっと、縮地って呼ばれることがあるって……
「邪魔」
ゴッ!!!!! と大地が全部爆ぜるような音が轟いた。
セルフィーナさんは腕を振り抜くことすらしない裏拳をおじさんの頬に当て、その身体をエントランスホールの天井にまで跳ね上げてしまった。
『…………』
常軌を逸した光景に、完全に時が止まる。
勢いよく出てきたおじさんたちが硬直し、私たちも頬を引きつらせて静止する。
「──あばぁっ!?」
跳ね上げられたおじさんが地面に叩きつけられ、情けない声を上げて気絶する。
か、かわいそう。ナイフを抜いただけなのに。
「全員こうなりたいワケ?」
ドスの効いた声と共におじさんたちをねめつけて、セルフィーナさんが凄む。
味方で良かった~。こんなきれいで怖いお姉さんは敵にいてほしくない。
「え~っと。その、普通に捜査させてもらうだけでいいので。大丈夫ですかね?」
もう無理ですよね、と言外に告げつつも、一応確認を取る。
おじさんたちはセルフィーナさんを、次いでアース君、レイ君、最後に私をじっと見つめた。
どうしたんだろう。三人と比べれば、そりゃ地味だけど。
一緒にいるのがやっぱり不自然なのかな。別にそんなの自分で分かってるからいいけど。いいけど!
私が拗ねている間にも、おじさんたちは今度はおじさんたち同士で目配せをしている。
これは多分、何か策を考えているんだろうけど、さすがに無理じゃないかなあ。今回は相手が悪すぎるし。
「……あ」
同様に向こうの様子を窺っていたアース君が、何かに気づいたように声を上げる。
「オイ、それ一番無理だぜ。この四人の中だと、このちっこい女が一番強いから」
「ちっこくないです!!」
キッと睨むも、アース君はどこ吹く風とばかりに受け流した。
ていうか今は私の強さ関係なくない……?
◇◇◇
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