第25話 拠点設置
無事に三人の頼れる仲間を確保し、私が隊長を務める新設部隊は、まだ名前こそ与えられていないが本格的な活動を開始することとなった。
「というわけでとうちゃーく! 私たちの拠点です!」
離宮を出発し、テルミット殿下の馬車部隊に相乗りさせてもらってたどり着いたのは、王都の外れにある、ちょっと大きな一軒家だった。
「一階を事務所にして、二階を居住スペースにするんだよね?」
「その予定です! 王都から思っていたよりは離れていませんし、なかなかいい物件ですね」
周囲に目立った建物はない。
逆にこの家がめちゃくちゃ目立っている。何せ本当に周りになにもないから。
「……怪しすぎねえ?」
「これ普通にいい物件って受け取るのは無理でしょ」
アース君とセルフィーナさんが頬を引きつらせていた。
た、確かに、普通に考えると若干ありえない光景だけども。
そもそも近隣住民ともめているという話だったのに近隣住民がまったく存在していない、というのも引っかかる。
さすがの私も何かしらの異常を察していた。
「それで、中には入らないのかい?」
私よりもウキウキした様子で、レイ君が入り口のドアを指さす。
「この家が、僕たちの城ってわけだろう? 早く入ろうじゃないか」
「もうちょい別の例えをしてくんねえかな」
アース君がめちゃくちゃ嫌そうな表情を浮かべる。
そりゃ彼は世界一有名なお城、即ち魔王城に攻め入る側だったし、いい思い出もあるわけがない。
「じゃ、じゃあ入りますかね」
殿下からもらった鍵を鍵穴に差し込んで回し、私はドアをゆっくりと引く。
「お邪魔しまーす……」
顔をするっとドアから出して、家の中を注意深く見る。
開けたエントランスには先客がいた。
「えっ」
そこにいたのは白い毛に覆われた体と、管のように長い鼻のような器官を持つ、ちょっと大き目な犬ぐらいのサイズの魔物だった。
「へえ、珍しいじゃないか! アントモスフィキュア、人間の精神を吸い上げる魔物だね」
「なんでそんな危険生物が王都にいるんですか!?」
王都に一匹でもいちゃいけないだろこんなの!
しかもこのアントモスフィキュア、一体じゃない! 続々とエントランスに集まって来て、私たちを威嚇し始めている!
「うわ、懐かしいな。ダンジョン攻略してたら急にワープポイント踏んで飛ばされた先でこいつらに囲まれて、危うく全滅するところだったんだよなあ」
「何だいその即死トラップ……いやでもやりそうな魔将は少し心当たりがあるなあ。デッドアーサーかヘブンマックスあたりかな……」
「まあその件があったから精神干渉への対抗魔法を覚える羽目になったんだが」
言いながら、アース君はさりげなく私の前に出た。
今の彼なら問題なく対応できるということだろう。ちょっと私は自信ないかな。魔法の攻撃も防御も全然できないし。
「殿下が言っていた拠点の問題って魔物が住み着いているということだったんですね……」
近隣住民と揉めてる、いくらなんでも嘘過ぎる。
いやでもあれか、アントモスフィキュア的にはここが自分たちの領土なんだから、住むな出ていけーって主張していて、じゃあ確かに近隣住民と揉めてるみたいなものなのか。
「これ多分あれじゃない? ちょっと前にあった、この魔物を使って闇商売をしてた連中が飼ってた個体たちな気がする」
セルフィーナさんはこんなことだろうと思った、と言わんばかりの表情で肩をすくめた。
闇商売? この子たち、何かの役に立つということなのだろうか?
「ああ、王都にまで来てるってことは、人間の手で連れてこられているということだ。彼らの利用価値はそこにあったということだね」
「何か金儲けに使えるんか?」
問いかけを受けたレイ君は、ちょっと言いにくそうにした。
「……アントモスフィキュアって人間の精神を吸い上げるけど、それを栄養として取り込んだ後、残ったものを物質に変換するんだ。人間にとっては宝石に近いものに見えるし、実際に高価だね」
「オイ。お前それもしかしなくても、こいつらのケツから出てくんだろ」
「…………まあ、うん」
……それは、その、ええと、つまり。
いやめっちゃ言いたくない。絶対に口に出したくない。
「要するに排泄物じゃねーか!」
アース君がすぱっと言ってくれた。
た、助かった。多分空気読んでくれたんだろうな今。
「……普通に不快な生物じゃない。どうする? 駆除?」
ごきりとセルフィーナさんが拳を鳴らした。
「ま、ほっとくわけにもいかねーか」
屈伸運動をして、アース君が視線で全体の個体数をカウントする。
「君たちって平然とアントモスフィキュアの精神干渉を跳ね除けそうだよね……」
アントモスフィキュアの群れは完全に怯えていた。
三人に対して、見ていて可哀想になってくるぐらい恐れをなしていた。
「あーあー……何してるんですか三人とも」
武力行使ばかり考えて。
私たちは騎士なんだ。確かにこの身は剣なれども、野生の動物たちをいたずらに怯えさせるのは好ましくない。
そもそも話を聞いていると、彼らはここに無理矢理連れてこられている。
「レイ君、この子たちの言葉を聞き取ることはできませんか?」
「言うと思ったよ」
色つき眼鏡を外しながら、レイ君は嘆息する。
適当に勘で頼んだけど、本当に魔物との会話能力を持っているらしい。視界の隅でアース君たちもびっくりしている。
うん、やっぱりまずは対話から始めないとね。
私はアントモスフィキュアたちに向かって微笑みかけた。
「それじゃあこのお兄さんが、皆さんの話を聞いてくれますから。どうしてここにいるのか、どこから来たのか、教えてください」
『…………』
私が話しかけると、アントモスフィキュアの群れはぎゅっと身体を寄せあい、鈍そうな見た目とは裏腹の勢いで後ろへと下がっていった。
「え……」
エントランス最奥の壁にまでぴったりと張り付き、アントモスフィキュアたちが私を真っすぐに見つめて、全身を震わせている。
よく見ると彼らは互いをかばい合うような動作すら見せていた。
これは、その。
えっともしかして、いやそんな、まさか。
「カナメ、認めたくないのかもしれないけど、認めてほしい」
「…………」
「アントモスフィキュアたちが怯えている相手は君だ」
なんで??
何もしてないんですけど??
「彼らは人間の精神を吸い上げる生態だからか、物質的でないモノを可視化する特殊な目を持っている。ようするには、相手の精神が美味しいかそうじゃないかを見て判別するわけだけど……」
じゃあなんだ! 私の精神があまりもまずそうだったっていうのか!
確かに私は陰気でジメジメしてとりえのない女だけど……それでも、野生の魔物に食わず嫌いをされるレベルだって言うの……!?
膝から崩れ落ち、私は俯いて顔を覆った。
「あ、あ、あんまりですよぉぉ~~……」
「元気だしなよ、カナメちゃん。多分君が考えてるのとは違う理由で怯えてると思うしあいつら」
やたらと確信の籠った声でセルフィーナさんが肩に手を置いて慰めてくれた。
そうこうしているうちに、進み出たレイ君が何事か(聞き取れない別の言語だった)をアントモスフィキュアたちに語り掛け、彼らもまた、人間の言語とは到底かけ離れた鳴き声をか細く上げる。
レイ君は声を聞いて数度頷くと、こちらへ振り向いた。
手を突き出して、下がれを合図を出してくる。
「カナメはもうちょっと距離を取ってもらえるかな」
「はい……」
そんなに怯えなくてもいいじゃん……
「で、どうだったよ」
「まずいニュースだ」
レイ君の顔色は険しいものだった。
「彼らは飼い主が捕まったから野生化したんじゃない。まだ闇商売を続けている連中がいる。彼らは飼われ、無理矢理に宝石を生み出し続けさせられていた所から逃げ出した一部の個体らしい」
話を聞いて、私のすぐ隣で元勇者と聖女が唸り声をあげた。
「マフィアが絡んでるわけじゃねーな。そんなビジネス聞いたことねえし」
「でも、この個体たちが一部って……もっといるってことじゃん? そんな数の魔物を王都の中に運び込むなんて、組織的犯行じゃないと無理に決まってるでしょ。バックがいるわね」
冷静な分析だった。
確かにその通りだ、他のグループが摘発されてもなお生き残ってるのなら、相当な計算高さがあるのだろう。
でも、問題はそこじゃない。
話は一気に変わって、シンプルなものになった。
私は顔を上げて立ち上がる。
「家族がいるんですか」
剣を引き抜いた。
アントモスフィキュアのリーダーらしき個体が、震えながら前に飛び出た。同胞たちを庇うためだ。
他の三人が何事かと声を上げようとする。
それよりも早く私は剣を地面に突き立て、自分の胸に手を当てた。
「ならば、必ず助けます!」
これ以上近づけば怖がらせてしまう。
本当は一度抱きしめたり、手を握ってあげて、励ましたいけれど。
今の私にできる最大限の宣誓はこれだ。
頭の中のスイッチが入る音がした。
人間であること、魔物であること、そこに正義の有無はない。
不当に自由を侵害すること、されること、私が剣を抜く理由はただそこだけに集約される。
「あなたたちの自由が、何者かによって侵害されているのなら。
──私は、あなたたちのために戦います!」
「お前……新居の玄関に剣ブッ刺すなよ……」
「あっっっ」
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