第24話 最高の朝食
ぱちりと目を開けて、レイは起き上がった。
カーテンの外から差す日差しは弱弱しい。
(……参ったな、早く起き過ぎたか)
軽く服を整えてから、机に置いていた色つき眼鏡をかけて、散歩がてらに部屋を出る。
寝室は四人全員に個室が割り当てられており、離宮の広さを嫌というほどに思い知らされた。
「あっ、カナメ様の……おはようございます」
「あ、ああ、オハヨウゴザイマス」
すれ違う使用人たちが、レイを見て足を止めてあいさつする。
魔王城にいたころを思い出して、少しだけ彼の表情が強張った。
(……いや、あのころとは違う。僕は腫れ物だからあいさつされているわけじゃない)
頭を振って嫌な考えを払い、レイは階段を下りる。
一階では何やら物音が増え、指示の声が飛び交っていた。
興味本位から音の出どころへと歩いていくと、たどり着いたのは厨房だった。
(へえ、この時間から朝食の準備をしているのか。相手が王族ともなればなおさら……そのあたりは、変わらないんだね)
魔王城においても、魔王のために配下たちが朝早くから仕事をしていた。
レイは邪魔にならないよう極限まで気配を殺して、厨房をそっと覗き込む。
「おはようございます」
とたんに声をかけられて、思わず肩が跳ねた。
目を向けると、厨房には、寝間着姿のままのカナメがいた。
「おはよう。何してるんだい?」
「今日は早起きする必要なかったんですけど、身体が起きちゃったので……自分で朝ご飯を作ってます」
彼女の後ろではシェフたちが朝食づくりに仕込みに勤しんでいるが、そっちはレイに気づいた様子はない。
どうやら彼女は一区画を借りて料理をしているらしい。
「朝から高級フルコースにありつけたかもよ?」
「流石に朝からそれは、胃がびっくりしちゃうかなって」
少し恥ずかしそうに微笑みながらも、カナメは両手で丁寧に卵を割って火にかけた。
平たい鉄鍋の上には、卵の下で肉が敷かれており、音を立てて焼き目がつけられている。
「……上手じゃないか」
「誰でもこれぐらい作れますよ」
本当かな、とレイは首を傾げた。自分で料理を作らなければならない状況には縁がない。
それでも、肉から溶けた油が鉄の上で跳ねる様子を見ていると、ふと自分が空腹であることを自覚させられた。
「そもそも昨日の夜、変なペースで食べちゃったから、すぐおなかいっぱいになったけど朝になるとおなかがすいてて、反省してますよ。やっぱりゆっくり食べないとだめですね」
「……へえ、そういうものなんだね」
人間と魔族では食事の内容も違うし、消化のスピードも違う。
これから先は人間の中に溶け込んで生活をしなければいけない以上、レイはそういった人間の事情を聴き落とさないように注意していた。
「それは?」
厨房の中に入り、レイはカナメの隣に立った。
身長差から、鉄鍋と彼女の顔を同時に見下ろすような格好だ。
「ベーコンエッグです。簡単にできますし、パンに乗せても美味しいですよ」
レイはその言葉を聞き、数秒黙った。
聞いた覚えのある単語だと思った。すぐに昨晩アースが語っていた理想の朝食だと気づいた。
「ぷっ」
思わずレイは噴き出した。
カナメが不思議そうに首を傾げ、首元に届くか届かないかといった黒髪が揺れる。
「あ、ああいや……なんでもないよ」
「何ですか。気になるじゃないですか。もしかして結構不出来に見えます……!?」
「まさか」
両手を突き出して否定した後に、レイは慎重に言葉を選んだ。
「夢みたいなものだと思っていたのに、立場が変わるとそれは簡単に手に入ったりすることがあって……夢は簡単に、夢じゃなくなるんだなって」
「……それは、多分なんですけど」
卵の焼け具合をちらりと確認しながら、カナメが小さな声でつぶやく。
「夢が夢じゃなくなったのは、叶ったってことですよ。夢を叶えたことは、素直に喜んでいいと思います」
「……なるほどね、確かにそうかもしれないな」
「はい」
カナメは頷いた後に、ベーコンエッグをあらかじめ用意していた平皿へと移した。
それからふと思い立ったようにレイの顔を覗き込む。
「私の分だけ作ってたんですけど、欲しいなら作りますよ。ああいや、せっかくだし作ってみますか?」
「…………」
思いがけない提案だった。
「みんなで暮らすようになったら当番で作ってもらうんで。今のうちに覚えておくといいかと思います!」
屈託のない笑顔を向ける少女に、レイの身体は反射的に顔を逸らしそうになった。
自分がその光を浴びることに対する恐れがあった。
だがレイは首を横に振った。
恐れているだけ無駄だと気付いた。彼女は自分の手を引いて、これから先もきっと、見知らぬ場所へと連れまわす。
「……慣れないといけないよね」
「?」
「もらってくるよ、卵とベーコンを」
カナメにとっては、なんてことない朝の一ページかもしれない。
けれど生まれて初めて、今から自分の手で卵を割り、自分のためだけに肉を焼く。
このひと時が、いつか自分にとってもなんてことない一ページになるのだろう。
レイはその日が待ち遠しくなった。
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