第23話 最悪の決起会
セルフィーナさんをテルミット殿下に紹介した日の夜。
「部隊が正式に稼働するわけだし、決起会でもしたらどうだい?」
殿下は去り際にそんなことを言った。
それから彼のおつきのメイドさんが頷いて、私たちに向かって恭しくお辞儀をする。
「こちらの離宮には殿下専属の料理人たちが待機しています。今晩はカナメ様を筆頭とした部隊の皆様、お好きにオーダーをしていただければと」
それを聞いても、レイ君やアース君、セルフィーナさんはぴんと来ていない様子だった。
メイドさんたちと一緒に殿下が退室した後、私の脳裏にはもう豪華な料理が並んでいる。
「フヒ」
見たことがないので解像度は低いが、豪華フルコースのイメージに私は我知らず笑みを浮かべる。
どんな食べ物が出てくるんだろう……
「え、何今の気持ち悪い笑い方」
レイ君から心無い言葉が飛んできたが、こればっかりは許してほしい。
というかそもそも、私は気持ち悪い側の人間なので、いまさら何を言うかという感じだ。
「だってほら、離宮の料理なんて、一生に一度食べられるかどうかですよ? 期待するしかないじゃないですか!」
「そうかなあ」
「なんでそんな落ち着いてられるんですか!?」
思わず叫び声をあげるも、アース君やセルフィーナさんまでさほど興味なさそうな様子だ。
「いや、勇者として王城で訓練させられてた頃に散々食わされたしなあ。しかも栄養バランスガタガタだったぜ」
「あたしも教会にいたころは何も言わなくてもコース料理が並んでた。どこが清貧よって感じだわ」
「当然だけど、魔族の僕に人間のごちそうの概念は分からない。魔王城ではいつでも料理を作ってもらえたけど、人間にとってはまた違うだろうね」
何だこのパーティ……まさか私以外、舌が肥えているのか?
いや私の舌が貧弱過ぎるだけなのか?
「だからああいうの、別に要らねえんだよな」
「何かべつのことやりたいよね~。あたしもアースに賛成」
えっあっあっ……
「あ……えっと……」
まずい。高級フルコース料理が遠ざかっていくのを全身で感じる。
なんとか抵抗を試みようとするも、言葉が出てこない。
「せっかくだし食材だけはもらっとくか。んで、庭園で食おーぜ」
「いいね。火は適当に魔法を使えばいいから、具材を置ける鉄板と支えが欲しいところだけど」
「大きめの金網ぐらいあるんじゃないの? あたし聞いてくるわよ」
三人の会話を聞いて、私はさっと血の気が引くのを感じた。
ギャアアアアアアア!!
これバーベキューだぁぁああやだああああああああああ!!
◇
というわけで私は何も言えないまま、無事三人と一緒に庭園に来ていた。
「フヒ……」
「気持ち悪い笑い方のままで元気を失ってる……!?」
肩を落として、私は地面にへばりつくスライムのように生気を失っていた。
だって陽気な人間のやることじゃん、これ。
なんか訓練校時代もテスト終わった後の打ち上げとかあったけど、誘われたことないし。誘われたら行こうかなとかそわそわしてたら、教室にただそわそわしてるだけの私が一人残されたりしたし。
思い出したら死にたくなってきたな……
「こういうのもたまにはいいね」
「野営とは違ってちゃんと旨いのがいいよな」
「旅の途中じゃ、食料を手に入れるのも一苦労だったでしょ」
わいわいと三人がバーベキューに興じているのを、じとっと恨めしさ満点で眺める。
「おい、火が強いって。ちょっと弱くしろ。そっちの食材と違うんだよ」
「……悪いね。火を使って食事を焼くなんて初めてでさ」
レイ君の火属性魔法が超一流の食材を焼き上げ、いい香りが広がっていた。いい香りなだけに腹が立つ。私は金網の上で焼き上がっていく肉を次々に口へと放り込んだ。
あっもうおなかいっぱいになってきた。何しに来たんだろう私。
「カナメちゃん、こっちも食べる?」
「はひっ、あ、いいいぇ、ちょっとおなかいっぱいになってきちゃって」
「あら、そう? じゃあ飲み物いる?」
近寄って来たセルフィーナさんが、厨房からかっぱらってきたと思われるフレッシュジュースをコップに注ぎ始める。
人のことは言えないけど、この人本当に他人と距離を詰める時に奉仕する一択なんだな……私も反省しよう……
「旅は大変だったけど、朝飯だけはちゃんと食うようにしてたな。朝からカリカリのベーコン食うとテンション上がるし」
「確かに朝ごはんって、生きてるって実感があるよね」
「ああ。昨日を乗り越えられたな、って思ったよ」
セルフィーナさんから渡されたジュースを飲んでいると、ふとレイ君とアース君の会話が聞こえた。
「お前も……たくさんの昨日を乗り越えてきたんだよな」
「何だよ、急に詩人になったのかい?」
「ちっちぇーころは詩人志望だったんだぜ、こう見えて」
「こう見えてって言う人で本当に意外なのは珍しいな……」
そういえばアース君、夏休みの自由課題で詩集作って来てたな。
今思い返すとなかなかにパンチの効いた子供だ。多分だけどあれ、村を出る時に捨ててるだろうな。流石に恥ずかしいだろうし。
「ま、困ることなく、朝から好きに飯が食えるっていうのが、今のところは夢だな」
「夢って……一応僕ら、騎士団の外部委託部隊なんだろ? それぐらい自由にできると思うよ」
呆れたように笑うレイ君に、私はセルフィーナさんと顔を見合わせた。
「確かにあたしたちって、安定した生活を得られたってことになるのかな」
「その辺の実感は薄いままなんですね……今はここの部屋を借りてますが、近いうちに拠点というか事務所が完成しますから、それからはそっちで生活することになりますよ」
そうなると食事当番のシフトを組まないといけないなあ。
各々の料理スキルなんかも確認しておかないといけない。しかし話を聞いてる感じ、レイ君は戦力外っぽいな。いや、教えればいけるかな?
「……まあ、そうだね。そのカリカリのベーコンってやつを食べたことはないけど、君の話を聞いていると憧れてきたな」
「食おうと思ったらすぐに食えるさ」
「じゃあ今、ベーコンっていうのはあるのかな?」
「馬鹿言うんじゃねえよ。夜に食うのと朝に食うのとじゃ全然違う」
そういうものなのか、とレイ君は不思議そうな表情を浮かべた。
「ついでに卵を落としたりなんかすると最高なのよね」
「ああ、そうですね。簡単に作れますし」
セルフィーナさんの呟きに私も頷く。
でも最後まで、レイ君はあんまり分かってない様子だった。
◇◇◇
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