第22話 この部隊もう破滅してない!?

 部屋のベランダに出れば、離宮の公園が一望できた。

 カナメを連れてきたテルミットは、風に揺らぐ木々を遠くに見つめながら呟く。


「正直に言うけど、こんなはずじゃなかった。いや本当にこんなはずじゃなかったんだ……」

「ほ、ほんとすみません」


 頭をぺこぺこと下げるカナメを見て、第二王子は首を横に振る。

 こんなはずではなかったというのは集まったメンバーが予想外だったことではなく、もっと単純な話。


 テルミットは本気で、カナメを主軸に据えて、新設部隊を国の象徴にするつもりだった。


 汚職に手を染めていない有望な若手騎士数人に目星はつけていたし、テルミットの部下がリストアップした、国外で名をはせる強豪冒険者に声をかける準備もあった。


 だがすべては水泡に帰した。というかめちゃくちゃに踏み荒らされた。


「君、まさか国内の爆弾を片っ端からコレクションするとは思ってなかったよ」

「あはは……でもまあ、今はもう私の部下です。爆弾なんかじゃありませんよ」


 とはいえだ。

 テルミットの冷徹な計算高さは、予定外のメンバーたちを別の角度から高く評価している。


(知名度を生かすことはできないが──直接的な戦闘力に限ってみれば、当初の想定を遥かに超えている。というかこの規模の部隊でこれ以上の戦力を保持しているケースは、大陸中を探してもないだろう。流石に北の、竜が支配する帝国は比較対象として不適切だけど)


 ある意味では望外の結果である。

 テルミットは何度目になるか分からない嘆息の後、風景からカナメへと目を向ける。


「君は……君の部隊はその気になれば世界を変えてしまえるかもしれない」

「違います。私たちは世界を守るために存在します」


 迷いのない断言だった。

 視線を重ねた先の深紅の瞳には、いつもと変わらない、あの時テルミットの心を奪ってしまった美しい光が宿っている。


「今の世界が間違っているとは思わないのかい?」

「私にそれを判断する能力も、資格もありません。もし持っているとしたら、この場でも殿下だけだと思いますよ」


 たははと笑いながら、何気なくカナメが言う。

 テルミットは背筋を走った悪寒が表情を歪ませないよう、必死にこらえた。


(……君はいつもそうやって、ごく自然に本質を見抜いてくる)


 いつか自分はきっと、彼女を利用して、今ここに在る秩序を破壊するかもしれない。

 それがたとえ暴力的な行為に寄らない形であったとしても、その時彼女は、自分の味方をしてくれるだろうか。



「でも」

「……うん?」



「あなたが……殿下が本気で、今の世界は間違っている、だから変えるっていうのなら、なんだかんだで私はついていっちゃうんでしょうね。あなたを信じていますから」

「────」



「まったく、ちゃらんぽらんな上司を持つと苦労します」

「……いやボクも、ヤバ過ぎる部下を持って苦労しているよ」



 二人は顔を見合わせて、同時に笑みをこぼした。

 テルミットの胸の中で形容しがたい何かが膨れ上がった。それは本人が気づかない、信頼されていることに対する燃えるような喜びだった。


「カナメ。どうだ、ボクの次の婚約者になってみないかい?」

「これで九回目ですか」

「ああ、いや。実は……」


 実は。

 実はずっと本気なんだ。


 誤解されているだけで、君以外に愛を囁いたことなんてないんだ。

 持ち込まれる縁談すべて、君の美しさと比べてしまっているんだ。


 テルミットは生まれて初めて自分を制御しきれず、何もかもを言ってしまいそうになった。



 ──バン! と窓が叩かれた。



「たいちょー。外冷えるんで戻って来た方がいーすよ」


 明らかに不機嫌そうな様子で、窓際に来ていたアースが、額に青筋を浮かべながら告げる。


「そんなに寒くはないんですけど……ありがとうございます」


 お礼を言って室内へぱたぱたと戻っていくカナメの背を見送って。

 アースは息を吐き、テルミットに顔を向ける。


「聞こえましたよ。九回目ですか、殿下は随分とウチのカナメにご執心のようで」


 元勇者の言葉を聞いて、第二王子は速やかに理解した。

 こいつ敵だ。


「君は何回かな?」

「は?」

「何回かな? おやまさか、0回でそんな保護者みたいな顔をしているのかい?」

「……ヘェ~?」


 視線がぶつかる。

 二人の背から立ち上ったオーラが、竜虎となって雄たけびを上げていた。


「あれ、なんか向こう、揉めてます?」

「気のせいじゃない? ほっときなよ。ほら、こっち美味しいお菓子あるよ~」

「もう、セルフィーナさん! 私子供じゃ……あぐ」


 音もなく距離を詰めて──レイの眼をもってしても追いつけないスピードだった──セルフィーナが手にしたクッキーをカナメの唇に添える。

 ひな鳥のようについばむ形となったカナメの腰に腕を添え、聖女は至近距離で彼女の眼を覗き込んでいる。


 絶対に逃がさんぞ、と目が言っていた。

 こっちの人生を大転換させてきた女を、あんな男どもに取られてたまるか、と目が言っていた。


 火花を散らす、アースとテルミット。

 漁夫の利と辞書で引いたら例として出てきそうなレベルで漁夫り倒しているセルフィーナ。



「……え!? この部隊もう破滅してない!?」



 全てを悟ったレイの悲鳴が、離宮に響き渡るのだった。





◇◇◇

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