第20話 面白い子だね
バーナードさんを、私が呼んだ騎士たちが連れて行く。
「カナメ先輩、ご苦労様です」
「念のためテルミット殿下の方にも連絡を入れておいてください。組織的な構造があるようです」
「……バーナード家は現政府とは、色々と口利きをし合っていた名家です。突っ込めますかね?」
「言ってるでしょ、そういう時に突っ込むのが私たちの仕事です」
昔本部で話したことのある後輩騎士は、ですよねえと苦笑いを浮かべる。
「何にしても色々と大変なので……今日はいったん帰らせてもらいます。お元気そうで何よりでしたよ」
「君はまだ本部で上層部まで昇進するルートが濃厚ですし、私なんかに構ってる時間はないですよ」
「はははっ」
爽やかな笑みを浮かべて、後輩が首を横に振る。
私みたいな左遷された騎士にも態度がいい、やるなあ。
「……花嫁については先輩に任せて大丈夫なんですね?」
「そこは大丈夫です」
チラリと彼は、ぶっ壊れた椅子に寝そべるアース君と、そのすぐそばでこっちを心配そうに見ているレイ君とセルフィーナさんの三人へ視線を飛ばす。
「独力でチームを集めていると聞きましたが、個性的ですね」
「あはは……そうしようと思ってるわけじゃあ、ないんですけど……」
「期待しておきますよ。僕もそろそろ自分の隊を持たないかと声をかけられているので、負けないように頑張ります」
ではこれで本当に失礼します、と言って後輩は帰っていった。
「……あたしのこと、なんか言われてなかった、大丈夫?」
「任せてくれましたよ。心配することはないです」
不安そうな表情を浮かべるセルフィーナさんは、私の言葉を聞いて一つ息を吐いた。
「そっかあ……でも、あとから後輩を呼んでたってことは、そんなに後詰めを考えずに突っ走ったってこと?」
「オイオイ、孤立しながら魔族300体の中に突っ込んでいった馬鹿がそれ言うんかよ」
寝っ転がったままでアース君が顔だけを向けてせせら笑う。セルフィーナさんはかなり嫌そうな表情を浮かべた。
気安い関係なんだなあ。
「まあともかく、これで縁談はナシです」
「……ああそうか、てことは逆に言うと、あたし明日からは無職ね」
そういうことになる。
だから私は少し呼吸を整えて、いいよね? と男子二人に視線を飛ばした。
二人とも仕方ないなといった具合の顔で頷いてくれた。
「あの、セルフィーナさん。良かったらウチの部隊で働きませんか?」
「……ぇ?」
めちゃくちゃびっくりしている。
え、そんな意外な話ではなくない?
「ちょうどいいんじゃねーの。お前が前線で暴れたらなんか言われるかもしれねえけど、治癒方面は欲しいしな」
「僕が魔法使いとしてある程度はこなせるけど、専門職がいるに越したことはないな」
聖女の力とは、一般的な認識としては癒しの力である。
だからこそ直接戦闘で魔族を三桁殲滅したというのが普通に信じがたい話になるわけだが。
「残念だけど、それは無理ね」
「あん?」
「あたしそもそも、聖女の力なんて持ってないからさあ」
「……は?」
◇
セルフィーナは元々、教会にて神父の手伝いをするシスターだった。
天涯孤独の身だった彼女は修道女としての道を進んだが、本人の意思と環境がそうさせたし、彼女自身にも異論はなかった。
だからこそ、彼女が選ばれた。
いつか影も形もなく消えたところで誰も気にしないという条件を、セルフィーナは満たしていた。
『……聖女の資格を持った人間が、二十年にわたって現れていない。教会本部は君を仮の聖女としたいそうだ』
『それは本当に、神の御心にそぐうものなのでしょうか?』
『そうだ』
彼女の親代わりだった神父は苦々しい表情で告げた。
それから準備期間の間に、聖女らしき行為が出来るように治癒魔法や、加護に偽装した他者の強化魔法の訓練を受けた。
全てが問題なくこなせるようになった後に、セルフィーナは正式に聖女へと任命された。
順調だった。教会の上層部は総力を挙げて事実を隠蔽し、彼女を完璧に、聖なる存在へと昇華させていた。
だがセルフィーナは手にした権力を活用して、真に人々にとっての救済とは何か、そして自分が真の聖女となる上で必要な資格とは何なのかを調べた。
時には政府の機密文書すらも、彼女の手元へは転がり込んできた。
単なる替え玉に過ぎなくとも立場だけは偽りのないものだ。
そんな中で知った。
正確に言えば書類を精査し、金の流れを追い、セルフィーナが自ら事実にたどり着いた。
政府の資金を流用して異端派を支援している家が存在している。
許せるはずがない。
アジトを特定するのにさほど時間はかからなかった。
だが背後に何者がいるのかまでは探れず、結局は何も間に合わなくなる前に突入して。
その拳で虐殺を行った。
魔族三百名を殺戮した後、セルフィーナの身体は返り血に濡れていないところなどなかった。
『……君は聖女ではなくなった』
到着した育ての親の神父は、格子越しに淡々と語った。
『分かっています。次の聖女が見つかりそうなんですよね』
『それが分かっていてなぜ、自分の立場を、自ら捨てるようなことを……』
『だが、それは異端を許す理由にはならない』
『第一の選択が殺しだったのか』
神父は、親と慕っていた男は、残念そうに首を振った。
『それは、聖女の行いじゃない』
ならば、どうすればよかったというのだ。
口には出さなかった。神父の諦めは正しいことだと分かっていた。
でも、とセルフィーナの魂は慟哭する。
あの日からずっと、血を流しながら。
彼女は顔に出さずともずっと、ずっと、慟哭している。
◇
「……ということなの。あたしが聖女に任命されたのはあくまで間に合わせよ」
「これもしかして内部告発じゃないかな!?!?」
「これもしかして内部告発じゃねえの!?!?」
レイ君とアース君の絶叫がチャペルに響き渡った。
「おま、おまッ……それマジやべえって! おいこれふっざけんなよお前ェェェッ」
「今のこれ全部誰かに喋ったら教会がひっくり返るよね? ねえ?」
冷や汗をだらだらと流す元勇者に、眼鏡がずり落ちる魔王の息子。
「へへ、困らせたかったからさ。久々に誰かを困らせたな~」
「いやお前この間酒場でめちゃくちゃ俺らのこと困らせたから。つーか出会ってからずっと困らせてるから」
「は? うっさ」
減らず口を叩きながら、セルフィーナさんはヴァージンロードの上に座り込んだ。
「……なるほど、そういう事情だったんですね」
「何で君は平然と受け入れてるんだいッ!?」
本当はもっと早く聞きたかったけどな。
でもしっかりと、本人の口からきけた。
「……この間の話の続きをしましょう」
「…………」
私は彼女の前まで歩いて行って、ステンドグラスを背負うようにして佇んだ。
「セルフィーナさんはまだ、誰かを救いたいんですよね」
「……ま、そういう感じかな。でも全部、失敗しちゃったからさ」
にへら、と彼女が笑みを浮かべる。
屈託のない、そして力のない、死期を悟った病人のような笑みだった。
「やっぱりあたし……何かを手に入れたつもりになって、頑張ったけどさ。最初から何も持ってなかったんだよ。何か持ってるつもりで頑張ったけど、何も……」
「なら、何も持っていないのなら、あなたは戦って何かを手に入れるべきだ」
セルフィーナさんは殴りつけられたように目を見開いた。
「……ッ。戦うって、何とよ」
「全部です!」
彼女の手を取り、ぎゅっと握る。
翠の瞳に、必死の表情を浮かべる私が映り込む。
「弱い自分とか! 立ち塞がって来る現実とか! 追いかけてくる過去とか……全部と戦わなきゃダメです! だって戦ったら、勝つか負けるかだけど……戦わなかったら、もうその時点で負けなんです!」
きっとセルフィーナさんに対して、私はひどいことを強制している。
戦いの場から自ら降りようとしている人の手を掴み、無理矢理に引きずり上げようとしている。
でも、だって、きっと、彼女はこのまま降りていい人じゃない。
他人のせいで結果を捻じ曲げられて、その末に奪われたのなら。
私は逆に結果を正して、奪われたものを一緒に取り戻したい。
「……もう、嫌なのよ。自分が……戦う力も権力も手に入れたつもりで、全能感すらあって……でも、本当は何もないって、思い知らされるのは……」
「でも今なら、私がいます!」
私はセルフィーナさんに向かって断言した。
「あなたの味方はここにいます! あなたが戦うのなら……今この瞬間に、何も持たないわけじゃなくなる。私っていう味方が手に入ります! それだけじゃ、ちょっと、弱いかもしれないですけど……えっと他にも……」
あっどうしよう。
思ったより何も出せない。レイ君とかアース君とか、私が勝手に味方カウントするわけにもいかないし。
何かないかと焦っていると、突然セルフィーナさんが噴き出した。
「ふ、ふふふ……」
え? 何?
「カナメちゃんってさ」
「はい」
「面白い子だね」
「え……」
めっちゃ真剣に説得してたのに、面白いって言われた!
「な、何がですか!? 顔とか変でした!?」
「ふふふ……えっとね、全部変だった」
「ぜぜぜぜ全部!?」
何!? どこからどこまで!?
視界の隅でレイ君とアース君が顔を見合わせて肩をすくめている。
わたわたする私と、ついに声を上げて笑い始める元聖女。
ステンドグラスから差す光が、私の背中と、セルフィーナさんの瞳に降り注いでいた。
◇◇◇
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