第19話 魔剣使いと不可視の刃
チャペルにて、騎士カナメとバーナード家当主が対峙している。
結婚を祝うために集まっていた人々は事態についていけず、目を白黒させながら二人を交互に見るばかりだ。
「舐めてくれる……!」
戦いの開始の合図はない。
王国屈指の戦闘用
人類よりもはるかに魔法に精通した魔族が作り上げた、惜しみなく最高峰の技術を注ぎ込み完成させた逸品である。
「消え失せろ!」
バーナードの掛け声と共に魔導器が起動。
不可視の熱線が放たれる──と同時にカナメが抜剣した。
目に見えないエネルギーを両断するという絶技が、世界が軋むような音を響かせた。
カナメの剣が熱線を切り裂く。
拡散した魔力がそこで初めて光に散る。
「ほお! この『セイントグレイ・スタンピード』の過収束魔力熱線で焼き切れないとは、流石は騎士団正式採用装備だな! その性能に感謝してやるといい!」
カナメが剣を振るうたびに、あらぬ方向へと弾かれた熱線が壁を刻み、椅子を焼き切る。
出力だけなら人体を容易く断ち切り、上位の魔物ですら両断する威力がある『セイントグレイ・スタンピード』。その攻撃を、カナメは剣の一振りで悉く霧散させる。
「……! セルフィーナさんを保護、他の人たちを避難させてください!」
既に複数の熱線を同時に捌いているカナメが、バーナードの不敵な笑みを見て声を張り上げた。
同時、バーナードは魔力の量を引き上げ、魔力熱線の数を一気に増やした。
「……! カナメ!」
慌てて来賓たちを避難させつつ、レイはその目で『セイントグレイ・スタンピード』から放たれる熱線を視認した。
(さっきまは4本程度だったが、一気に増えたな!? 10本以上あるぞ……!?)
レイの目は『セイントグレイ・スタンピード』本体も捉えている。
本体はバーナードの周囲に浮遊する、球体のビット計4つだ。
隠蔽魔法を施されているため、魔力によって攻撃を感知できても、いつどこから攻撃が飛んでくるのかが分からない。
「セルフィーナ、こっちだ!」
「分かってるわよ! でもカナメちゃんは……!」
アースに呼ばれて、セルフィーナはドレスの裾を自分の手で引きちぎり彼の元へ走る。
「助けなくていいの!?」
「……っ。武器がねえから普通に飛び込むと防御できねえんだよなあ! それに……」
言葉を切って、アースはヴァージンロードの上に佇むカナメを見やった。
「手助けが必要には、見えねえんだよなあ……」
彼の視線の先では、刃によって切り裂かれた熱線がチャペルのあちこちを焦がしている。
剣を振るうカナメは、バトン競技のように流麗に、美しさすら含む動き。
即死の火花が散る中で、彼女だけが無傷で佇んでいる。
「……どうなっている」
絶えず熱線を放射しながらも。
だんだんと、バーナードの表情から余裕が失われていった。
「何故、届かない。何故すべての熱線を斬れている……!?」
ここまで耐えられているのは、単純に剣が良質であるだけでは説明がつかない。
カナメは不可視の熱線をすべて、刀身に負担がかからないよう完璧に切り裂いているのだ。
「どこに来るか分かってるからですよ」
『セイントグレイ・スタンピード』──自律魔力射撃装置の攻撃は、単純な直線だ。
そして全てがカナメの身体各部に照準を定めている。
つまり彼女からすれば、予想するまでもなく射線が見えている。
「膝に3つ、肘に3つ、胸に4つ、頭に2つ」
「……!?」
更には装置ごとに狙いが割り振られていることも看破し、カナメはその身じろぎ一つだけで、カナメがどう撃たれるのかを完全に制御するに至った。
「やっぱ見切ってるよな。動きがそうだったし」
「……いやいやいや」
「あれが僕らの隊長です」
避難誘導を済ませたレイが、アースとセルフィーナの元にやって来る。
その時だった。
その場に立ったまま攻撃の全てを遮断していたカナメは、セルフィーナの安全が確保されたのをちらりと見て、まっすぐに歩き始めた。
「!?」
驚愕をあらわに、バーナードは脂汗を浮かべて更に魔力を注ぎ込む。
20を超え30に届かんとする収束魔力熱線は、しかし先ほどから同じ映像を再生しているかのように、カナメの斬撃に切って捨てられた。
「やばいねあの子。ちょっと想像越えてるな」
剣一つで絶死の波濤を乗り越えるカナメの姿に、セルフィーナは呆れ半分戦慄半分の声を上げる。
「分かるのか?」
「うん……あのさ、アース。見切りってあるでしょ。相手の動きを、殺気を、見切って避けるって言うやつね」
「ん……そうだな」
アースもセルフィーナも、並大抵の相手では攻撃を掠らせることすらできない。
卓越したセンスと経験と観察眼が、敵の動きを完全に掌握するからだ。
しかし。
「カナメちゃんがやってることを見切りと呼ぶなら、残念なことに、あたしらが普段使ってるのは見切りごっこと呼ぶべきね」
「……えっと、どういうことだい?」
卓越した強さを誇る聖女の言葉に、レイは口を半開きにして問うた。
「あたしらは相手の動きを見て……自分の経験と照らし合わせて、次はこう動くなという推測を立ててる。自覚があるにしろないにしろ、それは一種のヤマ勘に近い」
「言わんとすることは分かるぜ。蓄積されたパターンと照らし合わせると結構当たるんだよな」
「でも、あの子は違う。あの子は次に相手が何をしようとしているのか本当に見えているのよ、多分。純粋な思考能力のみで……」
その言葉を聞いて、アースは改めて、まっすぐにバーナードへと歩くカナメを見た。
火花ごしに見るその横顔に、数秒呆けたように魅入られてしまう。
「……戦女神ね。やれるかどうか、考えもしないわそんなこと。魔法とか、こっちも魔導器とか使って、防御固めて突っ込むのが最適解のはずなのに」
「彼女、先天性の魔力不適合体質らしくて、その辺全部使えないんですよ」
は? とセルフィーナは絶句した。
「……それは流石に嘘つきすぎ」
「ホントだぜ。あいつ昔からそうだったよ、授業で使う研究キットとかも全部先生に動かしてもらってた」
アースの補足に、聖女が頬を引きつらせる。
「いやだって……それじゃあ、熱線本体は見えてなくて、全部頭の中で、『こう攻撃してくる筈』って読み入れて動いてるってこと?」
「良かったな、またびっくりできるぞ」
「したがってないわよ」
そうこうしているうちにもカナメは距離を詰め、ついにチャペルの半ばまで到達していた。
「どうなっている!? まさか不具合でも……!?」
「起きていませんよ。素晴らしい魔導器ですねそれ──持ち主に恵まれなかったことが残念です」
半ばパニック状態にすらなりつつあるバーナードの前で、カナメの姿が消えた。
「な……!?」
即座に魔導器が反応し、敵を自動で追尾・熱線の照射を続行する。
バーナードが状況を理解できないまま、ビットから放たれる魔力熱線がチャペル中を焼き切っていく。
「な、何なんだ……!?」
結果として『セイントグレイ・スタンピード』の熱線が壁を刻むからこそ、それが追尾しているのだ、カナメはそこを通ったのだとということが分かる。
だが何をどう走り抜けているのか分からない。追尾は壁面から天井まで達している。それでも血の一滴すら流れない。
さらには、次第に追尾が追いつかなくなり始めていた。
熱線は明らかに一か所だけではなく、ビットごとに別の方向へと放たれている。ビットAが観測したカナメの位置座標とビットBの観測結果の間に乖離が生じている。
「……! これ以上はチャペルが崩落するまであるぞカナメ! 胸元だ!」
アースとセルフィーナを防御魔法で庇いながら、レイが叫んだ。
同時に、強く壁を蹴りつけ加速する音が響く。
「コントロールしているのはそこですよね」
「ぁ」
声は背後から聞こえた。
自動追尾を振り切る超高速戦闘からまばたき一つすら挟まずに、カナメは彼の背後にぴたりと静止していた。
「~~~~っ!!」
恥も何もなくバーナードは転がり退くようにして、声のした方向から遠ざかろうとする。
「何してるんですか」
そこで、今まで自分が振るっていた力が、他者に対して圧倒的な暴力として君臨できた4つのビットが、不可視化を解いて地面に落下していることに気づいた。
カナメは右手に剣を、左手にはネックレスを握っていた。
そのネックレスは、バーナードがネックレスに擬態させて身に着けていた、『セイントグレイ・スタンピード』の制御装置だった。
「ひ、ひっ……ごぼっ!」
足をもつれさせ、四つん這いの姿勢で逃げようとした彼の身体が地面に打ち据えられる。
視界に星が散る中で、背中を思い切り踏みつけられたのだと理解した。
「どこに行こうとしているんですか」
「……っ! ま、待て! 金ならいくらでも出す、かかわっていたものも、情報も全部出す! そ、そもそも私は、親から引き継いだだけで──」
必死の思いで顔だけを上げて。
バーナードはカナメの顔を見て、心底後悔した。
「あなたは何も理解していない」
深紅の眼があった。
情熱や感情といった言葉から最もかけ離れた色を宿した双眸だった。
「私たち騎士は、誰かの自由を脅かす存在相手に一切の容赦をしない。あなたは越えてはいけない一線を越えてしまった」
剣を鞘に納めて、カナメは息を吐く。
「制圧完了。あなたの負けです、バーナードさん」
名を呼ばれ、彼は視線を彷徨わせてから、がくりとうなだれる。
熱線に焼き切られた聖像の首が、地面に落ちたまま、カナメの背中を見つめていた。
◇◇◇
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