第18話 バーナード家を討て

 時は少し戻る。

 セルフィーナさんのもとへと忍び込み、彼女の話を聞いた後。


 離宮の一室でセルフィーナさんから聞いた話を共有すると、レイ君とアース君はそろって重い息を吐いた。


「事情があるんじゃないかとは思っていたけど、そこまでか……」

「めんどくせーな。しかも魔族と人間がつるんでたって、辺境じゃなくて王都でか? 正直信じたくねえな」


 時系列を考えると、異端信仰者の虐殺は、確かにアース君が魔王を討伐する前に起きている。


「あいつが防いでなかったら王都ボロボロじゃねーかよ。普通に英雄だろ、あいつが勇者でよくね」

「騎士団がいるのでボロボロにはなりませんよ」

「その言葉は魔族を舐め過ぎだな」


 アース君はソファーに寝っ転がったまま、指を三本立てた。


「魔族の強みは三つだ。人間よりもはるかに屈強な身体。人間よりもはるかに効率的な魔力伝導体質。人間にはない、生まれ持った特殊な先天性固有魔法……まあピンキリっちゃピンキリだが、強力な魔族はこれを全部満たしてるのが前提条件だ。王都に直接送り込まれたっていうなら、絶対にこの三つを高水準で満たしてる」


 逆に言えば、セルフィーナさんはそのレベルの魔族を三百体、正面から殲滅したということになる。

 恐ろしい人だ。確かに部屋で話しているときも、自然体でありながらまったく隙は見当たらなかった。


「で、話を聞いてどうすんだよ。結婚式に突っ込むのか?」

「確証を得る必要があります」


 私は粛々と告げた。


「物事には必ず理由があります。不可能に見えるのは前提条件を履き違えているから。不条理に思えるのは評価基準がズレているからです」

「う、うん……確かにその通りだね」

「要するに、斬り合いと同じですね」

「分かりそうだったけど例え方のせいで分かりたくなくなったよ」


 セルフィーナさん側の事情は分かった。

 あとはバーナード家側が何を考えているのか、それを知らなければならない。


「お前……理性がありすぎて理性がないように見えるな……」


 アース君は呆れたような声を上げた後、起き上がりながらレイ君を指さす。


「おい名探偵。出番だぜ」

「……推理するまでもなさそうだよ」

「はあ?」


 名指しされたレイ君は、沈痛な面持ちで首を横に振った。


「異端信仰者を殲滅したセルフィーナさんを手に入れたい人間がいたとして、考えられる理由は一つだと思う」

「強い女が好きなんじゃねーの?」

「口封じだよ」


 部屋に沈黙が訪れた。


「これは、ものすごくシンプルな話なんだ。セルフィーナさんが殲滅した異端派を支援していたのはバーナード家だ」

「……おもしれー推理だな。結婚が口封じになんのかよ、単純に殺せばいいんじゃねえのか」

「正面衝突で魔族三百人を殺害できる人間を殺せと言われて君ならどうする?」


 レイ君の切り返しを聞いて、アース君の表情が歪む。


「あ~……クソ、なるほど、確かにそれはそうだ……これ正直に言ったほうがいいか?」

「お願いするよ、人類最強クラスの君の意見を聞きたい」

「正面衝突は避ける。負けるつもりは当然ねーけど、万が一はある相手だ。つーか魔将連中を超えてるまであるぞこれ。毒殺できるならいいが聖女に毒効くか微妙だよな? 確実に殺すならまず酔わせる」


 魔王を討伐した元勇者アースでさえもが、セルフィーナさんを無力化するためには搦手を選択するという。

 ならば、バーナード家の狙いがそこにあるのだとしたら、結婚という行為に、私たちが思っているのとは違う意味があってもおかしくない。


「結婚に意味がないとは思えないな。それをトリガーにして、何か、契約関係でも結ぼうとしてるのか?」

「あっ。私も同じこと考えてました」

「無理してついてこなくていいぞ」

「馬鹿にしてません!?」


 気を遣ってあげたんだよと言わんばかりにアース君が優しい微笑みを浮かべる。

 皮肉なのが分かっていなければ騙されそうなぐらいには、確かに王子様の微笑みだった。


「多分、そうだろうね。最悪の事態を想定して、バーナード家が保有してる魔導器アーティファクトについて調べたんだけど……それらしきものがあった」


 私たちのやり取りに呆れながらも、レイ君は山積みの本の中から、数枚の羊皮紙を抜き取る。

 あっ、難しい本ばっかり読んでると思ったら情報収集も一緒にやっていたらしい。

 有能過ぎる。


「これ、気になるやつがあったんだ」

「ふーん。例の『セイントグレイ・スタンピード』ってのもリストに載ってるな……げえっ!」


 レイ君が見せてくれた羊皮紙を二人で覗き込む。

 とたん、真横でアース君が大きな呻き声をあげた。


「これ知ってるぜ、死刻症約タイムエンド……俺が魔王討伐の旅で手に入れたやつだ。使いどころがなかったから使わなかったし、俺が追放されたタイミングで政府に没収されたはずだったが」

「その後に、バーナード家の手に渡っていたらしい。そして僕もこれを知ってるよ。魔将が一人、デッドアーサー・ヴィーナスが作ったものだからね」


 二人は凄い勢いで情報を把握して、頭脳を回転させて背景まで掌握していった。

 ごめん、これは無理してもついていけない話だ。


「あの、その効果は?」


 邪魔にならないかと恐る恐る尋ねる。


「内容は契約宣言スクロールに近いね。だが遥かにたちが悪いよ。合意を得られた瞬間に、対象の心臓に爆弾をしかけるという代物だ。要するには魔法的効果で隷属させるのではなく、魔法的効果で対象の生き死にを掌握し、結果として隷属させるという構造になっている」

「合意を得るってのが意味不明過ぎたんだが……挙式の際の誓いの言葉を、隷属関係の了承に組み替えて発動させるってのは可能か? つーかもしかしてそういうのが前提?」

「流石は元勇者、その通りだよ。デッドアーサーは魔王が魔将を完全な支配下に置くために役立つんじゃないかと作っていた」


 あっまた高速で話が続く。

 多分今の私、外から見たら目がぐるぐる回っているだろう。


「……要約してやった方がよさそうな奴がいるな。おい、出番だ」


 アース君に指さされ、レイ君は一つ咳払いを置いた。


「バーナード家は異端信仰を支援していた。恐らく国の転覆や、人類の破滅のためにね。そしてそれをセルフィーナさんに感づかれた……いや、セルフィーナさんはどこの家が支援しているかまでは把握していなかったんだろう。だが人類サイドに裏切り者がいるのは知っている。ずっと野放しにしておくと、いつかバレるかもしれない。だからこうして、バーナード家は自らセルフィーナさんを消しに動き出したんだ」


 ほえ~。

 なるほど、そういうことなら確かに、バーナードさんは、あんな強引な形でも結婚しようとするのかもしれない。


「でも……バーナード家は昔から魔族とつながっていたということですか? どうして人類を裏切ったんでしょう?」

「決まってんだろ。俺のラッキーパンチで魔王が倒れただけで、それ以外じゃ人間の勝利なんて絶望的だったからだ」


 アース君は当然だろと言わんばかりの態度で断言した。


「だからまあ、騎士として介入する理由はあるといえばある……でもこれは君が求めた確証にまでなっているのかな?」


 二人から視線を向けられ、私は腕を組んだ。


「……そうですね。騎士として正式な手続きを踏んで突入するにはまだ足りていません」

「じゃあどうするよ」

「簡単です。現場で、バーナードさんがそれを持っているかどうか確認します」

「……突入する、って言うと思ったわ」

「こっちもそう思ってたよ」

「私のことを何だと思ってるんですか!?」




 ◇




 セルフィーナさんの結婚式当日。

 式は、王都のはずれにあるチャペルで行われる。


「……これ俺らどうすんだよ。せっかくだし扉蹴破って、『その結婚ちょっと待ったー!』とかやるか?」

「制服着ちゃってるから、それやるともう後には引き返せなくなるね」


 アース君のぼやきに、レイ君も頷く。

 チャペルの前に佇む私たち三人は騎士団の制服に身を包んでいた。当然だ、これは騎士としての行いなのだから。


「どうするんだい? とにかく中に入って死刻症約タイムエンドがあるのか確認する必要はあるけど、もう式は始まって──」


 私は剣の柄を一瞬触った。

 スパッと居合切りで教会の扉を両断する。

 こんな木製の扉、刹那もかからない。


『えっ』


 レイ君とアース君だけでなく、私たちを訝し気に見ていた警護担当の方々が、目を見開いて絶句する。


「行きますよ、二人とも」


 私は前蹴りを叩き込んで、ドアをチャペルの中へと叩き込んだ。

 一歩踏み込む。バージンロードに私の影が伸びる。

 参列者たちが驚愕をあらわにして私たちを見る。


「……カナメちゃん」


 赤い絨毯が続く先で、純白のウエディングドレスに身を包んだセルフィーナさんが声を震わせた。

 ちょうど神に誓いを捧げていたタイミングらしい。


「あの時の騎士か? 何のつもりだ」


 その隣で、真っ白なタキシードを着たバーナードさんが敵意をあらわにした表情でこちらを見てくる。


「この結婚式を叩き斬りに来ました……レイ君」

「結局突入してるよね!? 違うみたいな顔してたけどこれどう考えても突入だよね!?」

「どうですか」

「あ、はい……結果論だけど、ビンゴだ。タキシードの左胸内ポケットにあるよ」


 本当にいてくれて助かる。

 彼の眼を用いて、バーナード家当主が死刻症約タイムエンドを持っていることが分かった。


「最短はこれか。じゃあ断罪のお時間ショータイムってことだな」

「心当たりがないとは言わせませんよ。だったら懐に入れている、契約呪殺型魔導器について説明していただかないと」


 男子二人の言葉を聞いて、バーナードさんが顔色を変えた。


「……何故」

「あなたにはセルフィーナさんの殺害を計画している嫌疑がかかっています。懐にあるものを出してください」


 私の言葉を聞いて、花嫁が信じられないという表情で花婿を見た。

 男は何も言わず、ただ私を睨みつけている。


 チャペル中央には、神の子の像が飾ってある。今から二人の結婚を祝福しようとしていたのだろう。

 だが、今日ばかりは、あなたの出番はない。

 神の目を欺こうとも、騎士は誤魔化せないから。


「……何故私が、たかが騎士の命令に従う必要がある? 貴様らのような招かれざる者を排除するのもまた、高貴なる存在の仕事だ」


 その瞬間だった。

 私はひらりと首を傾げる。

 背後の壁に白熱した線が刻まれる。


「問答無用ですか」

「避けた!?」


 一度見た代物が騎士に通用すると思われては困る。


「ちょっと便利な玩具を持っているからといって。見せびらかして、はしゃいで……見てて恥ずかしいですよ」

「……ッ!」

「あとまだ始末書も出していないでしょう。未認可での魔導器の行使、並びにセルフィーナさんの殺害計画の疑い。以上をもって、あなたを制圧・捕縛します」


 結婚式は終わりだ。

 ここからは、取り調べの時間である。





◇◇◇

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