第17話 聖女の真実と結婚式当日
「……誰かを救いたかったんだ」
ぽつりと、セルフィーナさんは言った。
言ったというよりは、言葉がこぼれたと表現した方がいいかもしれない。
「誰か、っていうのは……」
「分からない、それが誰なのかは。恵まれない子供や、社会に絶望した人や、色々と含めて……救われるべき人々を、この手が届く限り、みんな救いたかった……」
セルフィーナさんは自分の手に視線を落とした。
「だから異端が許せなかった。異端信仰は基本的には、体制や秩序の破壊を目指しているわ。異端信仰のために犠牲になる人を何人も、何人も見てきた。聖女になる前から……だから」
「…………」
「多分聞いたでしょ? 異端信仰者の虐殺。あれはすべて事実だよ」
許せないから。犠牲が生まれてしまうから。この世界に存在してほしくないから。
だから殺したのだろうか。
いや……違う。違う気がする。
「殺した三百人の中には、あなたが救おうとした人々もいたはずです。何故、そういった人たちもまとめて殺したんですか? 理由があるはずです」
結局聞きたいのはそこだった。
アース君の時と同じだ。
目の前の現実は、それだけで成立しているわけじゃない。そこに至るまでの過程と、原因がある。
私が知らなくて、今から知るべきなのは、多分そこだ。
セルフィーナさんは何かを確かめるように、ぐっと手を握った。
それから静かに唇を開き、か細い声で語る。
「最初から死体だった」
「え……?」
「あの異端派は魔族とつながって、人類を滅ぼすために、死体に魔族を憑依させる実験をしていたの」
それは──それが事実だとしたら。
「あたしはそれを知り、独自に調査を進めて、そのアジトを突き止めた。王都の中にあった。でも遅かった。既に三百人分の魔族憑依が終わった直後で、あたしはその現場に踏み込んだ……」
三百人分の魔族が王都に放たれた場合、どれほどの被害が出るのか、計算したくもない。
何の予兆もなくある日突然、人々が暮らしを営む都市が地獄になる。
「全部ちゃんと理解していたわ。三百人の魔族が王都に解き放たれた場合に犠牲は必ず出る。だけどここで殲滅する場合には恐らく……私の未来とか、そういうのは全部終わりだって。でも悩む余地もなかった」
「…………」
「殲滅一択だよね、そんなの」
凄絶な声だった。
多分それは、実際に奪う人というより、誰かの命を奪うという指示を出す人の方に近い、重い言葉だった。
だとしても王都で三百体の魔族を相手取り、独断で虐殺したというのは。
はっきり言って、常軌を逸している。正気かどうか判断しろと言われたら、狂気に染まっているとは思う。
それでも彼女の中には、一本の芯が通っていた。
「……なーんてね。これ供述したら頭おかしくなったって言われちゃったんだよね。だから、信じなくていいよ。自分で気づいてないだけで、本当に頭おかしくなってる可能性だって」
「信じます」
彼女の言葉の途中で、私は断言した。
セルフィーナさんは口を開けたまま固まってしまった。
「嘘だったら、嘘だって分かった後にどうするか考えます。だから、まずは信じます」
それに自分の中では納得がいっている。
話をしていて、やっぱり人間相手に虐殺を選ぶような人じゃないと思った。
「そして、だったらやっぱりおかしいです。あなたは罪を着せられて、追い詰められて、そこに付け込むような形で結婚をさせられそうになっている……誰が幸せなんですか、こんなの」
「……どうだろね。まあ、バーナードは幸せなんじゃない? なんでここまで結婚したがってるのか、分かんないけどさあ」
むしろ、結婚は逆だよね、と彼女は笑った。
乾いた笑みだった。
「あたしを厄介に思ってたやつなんて、掃いて捨てるほどいたわ。君たちが予想してるみたいに、その異端に直接かかわってた人以外にも、たくさんね。そしてそいつらは今でも、あたしに生きていてほしくないのよ」
そこで言葉を切って、セルフィーナさんが窓の外へと視線を向けた。
「……だからさ。最後にあたしが、誰かの願いに応えられるのなら。それって多分、『死ね』って言葉に対してだけなんだと思うよ」
「そんなこと────」
言い返そうとした瞬間、廊下から足音が聞こえた。
「ああ、誰か来たみたい。もう今日は帰りな」
「……ッ」
ここで見つかって揉めるのは、かなり厄介なことになる。
私は唇をかんだ後に、窓へと向かう。
「……また、話をさせてください。聞きたいことも、言いたいこともあるんですから」
「へえ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
また会うことに関しては返事を聞けないまま。
私は窓から飛び降りて館を後にするのだった。
◇
そうしてセルフィーナさんと話した一週間後。
いろいろあって、いろいろ知って。
いろいろ悩んで、いろいろ考えた末。
私の目の前には、両断された木製のドアがある。
敬虔な者以外の立ち入りを禁ずる、チャペルの入り口だ。
今この瞬間、多分私は招かれざる客だ。
でもそれは相手から見た場合で、私からすれば、理由がある。
戦う理由があるからには、私の成すべきことは一つだけ。
「この結婚式を叩き斬りに来ました」
私はバーナードさんをブチのめすために、チャペルの扉を両断し、式場に踏み込んだ。
◇◇◇
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