第16話 囚われの花嫁

「こんばんは~」


 日付が変わる少し前の夜更け。

 ドアを開けてあいさつすると、セルフィーナさんは口をぽかんと開けたまま硬直した。


「……は?」

「えっと、中入ってもいいですか?」

「あ、うん」


 彼女の隣をするりと抜けて、部屋の中に入る。

 バーナード家の別荘として建てられた館の一室は、ベッドと机があるだけで他には何もない。人が住んでいるとは思えない殺風景な光景だった。


「え、どうやって入って来たの……?」

「正面からです。もしあなたの命を狙う人がいるとかなら、警護担当者を入れ替えてもらった方がいいですよ」

「…………」


 館の中に警護の人はたくさんいたが、目元を隠してもいないので死角が丸わかりだった。

 死角から死角へと移動していけば、誰にも見つからずに部屋までたどり着ける。

 ちなみにセルフィーナさんのいる部屋は、館の外からレイ君が教えてくれた。本当に便利過ぎる、とんでもない眼だ。


「まああの感じは外というより内側に気が向いていたので……あなたが抜け出さないよう監視するため、ですよね?」

「……そうよ。こないだは外出する時間の中で、護衛を撒いて酒飲みに行ったってわけ」

「それで朝帰りですから、バーナードさんも肝を冷やしたでしょうね」


 私の言葉に、彼女は肩をすくめる。


「大した時間も過ごしたことない、っていうか会話もあんまりしたことないやつに心配されてもね」


 え!? 本当に恋のパワーじゃないじゃん!

 なんだか裏切られたような気がして、私は少し落ち込んだ。


「てっきりもっと前から知り合いなのかと思っていました……じゃあ、いつから婚約者に?」

「去年よ。教会を追放されたのはその2年前」


 む……なんか混乱してきたな。


「え~っと。アース君が魔王を討ったのが3年前ですよね」

「あたしが教会を追放されたのも同じ年ね。あいつが魔王城に突入するよりは前……まあ、人類と魔族の戦争が末期だったころかな」


 とんでもない時期に追放されてるなこの人。

 ベッドに腰かけたセルフィーナさんに促され、私は木製の椅子に座った。


「カナメちゃんはまだその頃は騎士じゃなかったでしょ?」

「あ、いえ、私が正式に近衛騎士に任命されたのは12歳の時なので……6年前ですね」


 ぶっちゃけ私、その辺の若手騎士は訓練校視察の時に指導したことがあるぐらいにはベテランなのだ。

 まあ当時の教え子のみんなは私に対してどこか挙動不審というか、あんまり素直に慕ってくれてる子はいないんだけど……

 これが、人望……!?


「……っ!? あ、ああ成程ね……そっか。君が噂になってた、史上最年少の天才騎士だったんだ」

「最年少だろうと、天才だろうと、騎士は騎士です」

「…………」


 というか私の話はどうでもいい。

 彼女がどういう状況にあるのかを少しでも知りたいのだが、どこから聞いたものか。


「世間話、のつもりなんですけど……教会を追放されて、バーナードさんと出会うまで、二年の間がありますね。何をしていたんですか?」

「自力で暮らしてた。教会を追放されはしたけど、加護を与えたり、神秘で傷をいやしたりはできるから。そういうことをしてお金稼いで、その日暮らしをしてたんだよね」


 聖女の権能には詳しくないけど、多分それが生まれ持った、聖女の資格というやつだろう。


「専門外なのですが、そういった加護の力は、追放されたら使えなくなるものだと思っていました。神の御業を、信仰を通して借りているようなものと聞いていたのですが」

「……ま、色々とあったのよ」


 セルフィーナさんはスパッと、自然に話題を断ち切った。

 あ、触れられたくないのかな。どうなんだろう。いやどっちだろうこれ。

 この辺の判断ができないから、相手の心の奥に踏み込んで仲良くなるみたいなことができなくて、友達がいないんだろうな、私……


「え、え~っと……じゃあ結婚して、その後はどうするつもりなんですか?」

「うーん。別に聖女に戻りたいわけでもないし、結婚して、教会に戻ったところで何すんのか決めてるわけでもないし……何すんだろね?」

「じゃ、じゃあなんで結婚するんですか!?」


 さすがにびっくりしてしまった。

 世の中の人ってこういう感じで結婚してたりするの? さすがにそれはないよね……?


「何、あたしのことが心配で来てくれたの?」

「え、それ以外に理由なんてあるわけないじゃないですか」


 即答すると、彼女は目を丸くして固まった後に、息を吐いた。


「……そっか、優しいね君。でも、止めなくていーよ。あたしの人生、ここら辺で行き詰まりかなあっていうのは分かってるし」

「そ、そんなこと言わないでください! 自分の意思でないのなら、それはあなたの自由が奪われてるってことなんですよ!?」


 私が一番我慢ならないのはそこだ。

 何もかも諦めてます、といった空気だが、それは本当にそうなのか。

 単に諦めさせられているだけではないのか。


「誰にだって自由があって、その自由を使う権利があるんです!」

「じゃあ……あたしはその権利を、自ら投げ捨ててるわけだ」


 力なく笑みを浮かべて、セルフィーナさんが首を横に振る。

 それは──


「それは違います! あなたは自分で捨ててるって思いたいだけで、それは状況に捨てさせられているんです!」


 セルフィーナさんが目を見開く。


「確かにあなたには負い目があって、バーナードさんが何を考えていようとも、お願いされた結婚を断る理由はなかったのかもしれません」


 ぐるぐると渦を巻く思考を、深呼吸しながら、ゆっくりと精査して言葉にまとめる。


「でも、逆に、結婚を受け入れる理由だってなかったと思います。流されるだけでいいのなら、むしろ断って現状を維持するのを選ぶ人の方が多い気がします」

「……つまり?」

「本当はあなたには、教会に戻ってやりたいことがあるんじゃないですか?」

「────ッ」


 私はそれを言ってから、遅れて自分で納得がいった。

 そうだ。この結婚の話、セルフィーナさん側にモチベーションがなさすぎると思っていた。


 知らないだけで、みんなの行動には理由がある。

 バーナードさんは理由があるからセルフィーナさんと結婚しようとしている。

 セルフィーナさんだって同じように、何かの理由があるんだと思う。


 だから彼女は噴水公園で、逃げだそうとすることもなく、結局はバーナードさんに言われるがまま帰っていったはずなのだ。

 私はそれを知らなきゃいけない。


「……誰かを救いたかったんだ」


 ぽつりと言葉が零れ落ちた。

 元聖女だったという彼女の言葉は美しく、けれど、過去のものに過ぎないと言わんばかりの空虚さもはらんでいた。





◇◇◇

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