第15話 私のなすべきこと

「……むーん」


 セルフィーナさんがバーナードさんに連れていかれた後。

 残された私たち三人は、仮の拠点である離宮の一室に戻っていた。


 レイ君は机の上にうず高く積まれた分厚い本たちを、とんでもないスピードで次々と読んでいる。

 どうやら人間の社会とか技術とかを片っ端から勉強しているらしい。


 アース君はその対面でソファーにぐでっと寝転び、用意された茶請け用のお菓子をつまんでいる。

 勤勉さの欠片もない態度である。本当に王子様みたいな時期があったんだろうか。


「……むーん」


 私は窓際で壁に背を預け、外に広がる自然庭園をぼうっと眺めていた。

 考えているのはセルフィーナさんのことだ。


 本人が望まない結婚なのだろうか。

 もしそうだとしたら、バーナードさんは彼女の意思を無視していることになる。

 でも、こういうことを考えるのは、騎士である私に必要なことなのだろうか。


「……むーん」


 答えのない問いかけが頭の中で延々と続く。

 恋する男子ってアグレッシブなんだなあ……

 その時、蝶番のきしむ音と同時に部屋のドアが開けられる。


「やあ、お邪魔するよ」


 私たち(というか私とレイ君)はその場でひっくり返りそうになった。

 事前の報せとか何もなしに、第二王子テルミット殿下が入って来たのだ。


「で、殿下……!?」

「ああ、かしこまらなくていいよ。暇だったから様子見に来たんだ」


 そういえばこの人、しばらくは離宮で過ごすんだったか。

 だけど、いくら自分の指揮下とはいえ、こんな木っ端も木っ端の部隊に顔を出しに来るとは……


「めちゃくちゃ暇なんですね……」

「それ直接言う?」


 悲しいけど人気のないカス相手に優しさは持ち合わせていない。

 もう少し真面目になってから出直してほしい。


「で、何か考え事かい?」

「……元聖女セルフィーナさんの結婚の話はご存じですか?」


 正直この人がどこまで国内の事情を知っているのか分からない。

 評判通りなら興味ないから知らないか、セルフィーナさんにもコナをかけたりしているかもしれないが。


「ああ、バーナード家のね」


 なんてことはないように殿下は相槌を打ち、レイ君の隣に座る。

 レイ君は凄く居心地が悪そうな表情を浮かべた。気持ちは分かる。隣はないよね。まあ、対面のソファーをアース君とかいうカスが占拠しているからなんだけど。


「確かにボクも、その話を聞いた時はびっくりしたよ。まさか元聖女セルフィーナに縁談が来るなんてねェ」

「殿下ですら縁談全部失敗してるのに、凄いですよね」


 テルミット殿下は信じられないぐらいの真顔になった。

 レイ君が青ざめ、アース君が噴き出す。


「……ま、まあ、否定はしないであげようかなァ」


 気を取り直すように首を振って、殿下はこちらに視線を向ける。


「で、だ。怪しいとは思ったんだろう?」

「えっと、何がですか?」

「元聖女セルフィーナは失脚し、政治的な価値を失っているんだ。そんな彼女を、バーナード家当主は何故欲していると思う? カナメ、君の意見を聞かせてもらえるかな」

「え、恋のパワーじゃないですか」

「…………」


 テルミット殿下は数秒硬直した後、レイ君へと視線を向けた。


「君はどう思う?」


 え!? 私の存在がなかったことにされている。

 愕然としている私の前で、レイ君が顎に指をあてて言葉を探す。


「正直分かりません。デメリットはいくらでもあげられるんですが……」

「そもそも三百人の異端信仰者を虐殺って本当なのかよ。俺はその時期に国にいなかったけどよお」


 寝ころんだ姿勢のままアース君が殿下を見た。


「実はその話ってかなり大きな落とし穴があるんだよねェ」

「へえ~?」

「確かにセルフィーナは三百人の異端信仰者を殺害した。死体も確認されてる。でもさァ……そもそもその三百人って何しに集まってたと思う?」


 あ、言われてみたら確かに。

 ていうか三百人殺したのって、一か所でだったんだ。いや凄いな、非武装の市民相手だとしても三百人殺すのは地味に時間かかりそうなものだけど。


「まさか、武力蜂起でも準備してたって話かよ……?」

「ボクはぶっちゃけそう思ってるんだよね。でも驚くべきことに証拠がない。三百人の虐殺の現場には、セルフィーナが持ち込んだもの以外に武器がなかったんだ」


 あ~……

 異端とはいえ、非武装の人を三百人も殺害したとなれば、確かにまずいなあ。


「まあ多分、彼女を失脚させたい人がいて、何か罠を仕掛けたんだろうねェ……誰か分かるかい?」

「その異端派を支援していた存在でしょうね。恐らくつながりがバレてはいけないところ……商会か貴族かの二択になります」


 レイ君の即答に、テルミット殿下が肩をすくめる。


「ま、分かりやすすぎるよねェ」

「聖女セルフィーナにバレて、口封じをしなければならなくなり……殺せたらよし、殺せなくても虐殺の罪を被せて教会から追放できる。こういうことになりますかね」

「まーた名探偵かよ、好きだなお前」

「残念なことに適性があるらしい」


 アース君の茶化しをさらっと流してから、彼は読みふけっていた本を閉じる。


「では殿下はある程度の事情を把握し、その上で静観していると?」

「上でっていうか、中途半端にしか分かってないからこそ、だねェ。ボクも、事態の全貌は把握しきれていないんだ」


 さっきから凄い真面目だなこの人。

 評判と全然違う。ずっとこの感じならかっこいいんだけどなあ。


「しかしセルフィーナさん本人がそれを理解していなかったとは思えないですね。彼女は破門を覚悟して、それでも三百人を殺したということですか?」

「まあ、そうなるねェ」

「あいつは女子力なんて殴りつぶしたような女だが、殺人っつーこの世界で一番短絡的な方法に走るとは到底思えねえ。それなりに事情があったんだろうな……あ、その一番短絡的な方法を一番やってきたのは俺か」


 アース君が全然笑えないジョークを放って、部屋の空気は凍り付いた。

 ソファーから起き上がって、彼は首を横に振る。


「今のは俺が悪かった、忘れてくれ」

「そうしてくれると助かりますけど、今後はやめてくださいね。必要以上に自分を貶めるのは」


 ぴしゃりと言い放って、私は殿下に向き直る。


「恋のパワーではなく、策謀によるものだとしたら……やっぱり、このままにはしておけないです。私は、セルフィーナさんと直接話さないといけないと思います」


 別に今の話を聞いて、バーナード家が怪しくて、陰謀があるかもとか……そういう風に思ったから、ではない。

 そういう難しいことは、やっぱり私にはわからない。多分、レイ君や殿下、あと本人にやる気はないけど、アース君たちの方が私よりよっぽどうまくできると思う。


 ただ、セルフィーナさんの自由を侵害する何かがあるかもしれない。

 それは私が動かなければならない理由として、十分すぎる。


「カナメ、それが君のやりたいことなんだね?」

「えっと……違います。私自身の意思ではありません。なんていうか……世界、だと言葉が大きすぎるんですけど。この状況が、私の元に伝えられる事実が、それらすべてが私に指示を出しているんです」


 騎士は個人的な感情で剣を抜いてはならない。

 でもすべてが理論に、ルールに基づいて進んで行くわけじゃない。

 私に絶えず呼びかける声。私にいつも届いてくる悲鳴。

 その一つ一つを救うためにこそ、この剣はあるのだ。


「フン……また捨て猫を拾おうとしてんのかよ。心が広いねえ」


 私の考えを察したらしく、アース君が馬鹿にしたような声をかけてきた。

 ムッとして言い返すよりも早く、レイ君が色つき眼鏡越しに、彼へと視線を飛ばす。


「そうみたいだね。もしかしたら仲間が増えるかもしれないよ、捨て猫二号君」

「は? メッチャ頭来た……まさかお前が一号か? キレそう……」


 人間は猫ではないんだけどなあ。






◇◇◇

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