第13話 新たな出会い?

 お店に入ってきたお姉さんが、店内にいた全員の視線を集めていた。

 自覚があるのかないのか、髪をなびかせて彼女は私たちの卓へと近づいてくる。

 私と違って身体のスタイルもいい……いや胸デカッ。


「隣いーい?」

「あ……ぁ、はひ、どうぞ」


 翠色の目に射すくめられ、舌があり得ないぐらいもつれた。

 私の口、本当に馬鹿だな。役立たず。ゴミ以下。


「ふうん……?」


 美人さんは椅子に座って軽やかに麦酒の大ジョッキを頼んだ後、こちらに視線を向けて唇をつり上げる。


「イイ男二人も連れて夕方から酒盛り? やるじゃん」

「あ、あはは……私は下戸なんですけどね」


 一応今年でお酒が飲める18歳にはなっている。

 アース君も同い年なので飲めるわけだが、随分と慣れた手つきで樽ジョッキの中身を喉に流し込んでいるのは、さっき話していたように、勇者として冒険しているころから飲む機会があったんだろう。


「って、なんかそっちは見覚えがあるような」


 美人さんは運ばれてきたジョッキを持ちながら、訝し気にアース君を見つめる。

 私は同卓の男性二人をちらりと見た。店内でこの人たちだけが、入って来た美人にさして興味も示さずしゃべり続けている。


「アース君、知り合いですか?」

「アース……?」


 私が名前を呼ぶと、美人さんは数秒硬直し、それから目を見開いた。

 彼女に顔を向けたアース君も眉根を寄せた後、はっきりと驚愕の表情を浮かべる。


「「…………いやいやいや」」


 アース君と美人さんが頭を抱え、黙り込んでしまった。


「急にどうしたんだい。本当に知り合いだった感じかな?」

「知り合い……って言うほどじゃねえな。ちらっと顔合わせたことがあるだけなんだが」


 呻くような声で言いつつ、アース君が首を横に振る。


「だとしてもあり得ねえって。なんでここにいんだよ」

「マジでそれこっちのセリフ。ていうか、あんな絵本から出てきた王子様みたいだった子が何をどうしたらこうなるわけ? 荒波に揉まれ過ぎじゃない?」


 あー……

 会話を聞きながら、だんだんと、私とレイ君の表情が渋いものになっていくのが分かった。


(……勇者としてのアースと知り合いだったということだよね。これ大丈夫かい?)

(結構マズいですね。ていうか今のアース君を見て元勇者だって判断できる人がいるとは思わなくて)

(確かに、服を着替えた今ならギリでゴロツキだけど、その前は粗暴な浮浪者だったもんね)

(それ本人に言ってあげてください、泣いて喜びますよ)

(考えておくよ)


 冗談を言っている場合じゃない。

 ここでどこかに噂でも流されたら大変なことに……いや、でもあれか。戸籍は別人として作ってもらったわけだし、大丈夫か。

 似てるけど別人です、でシラを切り通そう。時にはこういう風にして嘘を吐くのも必要だ。


「まあお互いに、生きてるだけでラッキーって感じじゃない?」

「……そうだな」

「じゃあそゆことで。あ、すみませーんおかわりください」


 私まで頭を抱えそうになっている間にも、美人のお姉さんがお酒を飲み干していく。

 とりあえずこの場で深入りしてこないならいいんだけど……帰る時に、口止めだけはしておこうかな。




 ◇




「お客さん、もう店じまいですよ」


 口止めをするまでもなかった。

 美人のお姉さんは机に突っ伏し、空のジョッキの山の中に沈んでいた。


「んにゃ……? 宴もたけなわ、ですがあ~?」

「いえ、店じまいです」


 店員さんが困った様子でお姉さんに声をかける。

 もう店内に、私たち三人とこのお姉さん以外に客はいない。一応この人が帰るタイミングで話をしようかなと思っていたが、全然帰らなくて困っていたのだ。


「チッ……ほっとこうぜ」

「だ、だめですよ!?」


 既に勘定を済ませたアース君が、荷物を持って席を立つ。


「ほ、ほらお姉さん、ひとまずお勘定を……」

「えへへ……お金、ないニャンね~~」

「は……?」


 絶句した。

 え、あんな颯爽と入ってきて、これだけカパカパと酒を飲んで、まさか無銭飲食……!?


「……詰め所に連れて行くかい?」


 さすがに騎士団所属の人間としては、レイ君の提案が正しい。


「ハァ……おい、足りるか? 釣りは迷惑料に取っといてくれ」


 だがその時、アース君が店員さんに紙幣を握らせた。


「あ……足りてます。ちょうどです」

「じゃあ追加しとく。悪かったな」


 もう一枚の紙幣を店員さんに渡して、アース君は虫けらを見る目で、幸せそうな表情でぐったりしている美人さんを見下ろした。


「宿取ってそこに連れて行くぞ」

「え、詰め所じゃなくてですか?」

「色々と厄介なんだよ……クソッ、なんだってこんな時に……」


 どうやらワケありのようだ。

 私とレイ君は顔を見合わせて、頷く。


「じゃあ僕が彼女を運ぼう」

「えっ。良くないですよ、酔っ払ってる女性の身体に触るのは」


 アース君が「まずここまで酔っ払ってるのが良くねえんだよな」とぼやくのが聞こえた。


「そうは言っても、じゃあどうやって運ぶんだい」

「多分筋力でいったら私が一番あるんで背負いますよ」


 よいしょ、っと美人のお姉さんをおんぶする。

 何かものすごく色々と言いたげな表情を浮かべたレイ君とアース君だが、反論はなかったらしく、私の荷物を拾って後をついてきてくれた。


 ドアを開けて店の外に出る。夜風が気持ちいい。

 遅い時間とあって、既に私たち以外に人気はなかった。


「あっちの方に、使い勝手のいい宿あるから。めんどくせえし俺たちもそこに泊まるか、男子部屋と女子部屋の二部屋でいいな?」

「あ、はい……あの、どういうお知り合いなんですか?」


 私は背負った女性をちらりと見た。

 今まで見たことのある女性の中でも一番の美人さんだ。なんかいい香り……はしない。めっちゃ酒の匂いがする。



「そいつは聖女……いや、元聖女セルフィーナ。聖中央教会の象徴だった女だ」



 えっ?



「聖女セルフィーナ……!? 国内の異端信仰者三百人を全員殺害して破門されたっていう噂の……!」



 えっ?




 ……えっ?








◇◇◇

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