第12話 同じ釜の飯?

「というわけで、レイ君はあなたが討伐した魔王の息子さんです」

「…………」


 アース君は絶句していた。ド絶句だった。

 王子殿下との顔合わせを終えた後、私たちは離宮の一室を借り、レイ君に防音魔法を展開してもらったうえで、事情を共有していた。

 とりあえず一番言わなければいけないことを最初に言ったが、反応が悪い。それもそうだろうなあ。


「ど、どうも、そういう感じです」


 色つき眼鏡をレイ君が外す。

 眼章アイライトを宿す黄金色の瞳があらわになる、その瞬間にアース君が動いた。


「ちょっと待ってください!」


 私は即座に間に割って入り、彼のパンチを掌で受け止めた。

 アース君は手のひらを突き出すようにしてレイ君からの視線を遮り、同時に座っていたソファーから飛び出していた。

 私が受け止めていなければ、元勇者の右ストレートが、魔王の息子の身体内部を徹底的に破壊していただろう。


「……っ。そ、そうなるよね、分かってるよ」

「あ!? あっ、わ、ワリィ身体が勝手に……」


 二人弾かれたように距離を取る。

 結果として、レイ君をかばいパンチを受け止めた私が、その姿勢のまんまで真ん中に放置された。


「…………んふ」

「……く、くくふ」


 変なオブジェみたいな姿勢で硬直している私を見て、ちょっとシリアスになっていたはずの二人が、だんだんと笑い声を漏らす。

 オイ。いい度胸をしているじゃあないか。


「い、いやごめんよ、止めてくれて助かったよ」

「まあこれ以上味方殺しさせるわけにはいきませんしね」

「お前もうちょい言葉なかった?」


 一瞬だけ流れた緊迫した空気が霧散し、私たちは席に座りなおした。


「悪かった、レイ。魔眼持ちだよな? 魔将の連中と同じで、視線合わせた瞬間に終わるタイプかと……」

「僕の眼にああいう効果はないよ。十二魔将が持つ魔眼も、あれは後天的に魔王から与えられたものだ」

「そうだったのか!? あいつら貰い物の力であんなにイキってたのかよ」

「魔王から直々に権能を分割してもらうこと自体が、魔族の中では栄誉だったからね」


 二人がぽんぽんと会話を続ける。

 思っていたより好印象と言うか、互いに壁がない。


「あのー……レイ君はあらかじめ話していたから分かるんですけど、アース君もその辺大丈夫なんですか?」


 地味にここは懸念点だった。懸念していたがまさか身体が反射的に殺しに行くとは、元勇者には恐れ入る。

 そう思いながらの私の問いかけに、アース君は肩をすくめた。


「別に俺、魔族が嫌いなわけじゃないしな。旅の途中で、死にかけた俺をかくまってくれた魔族もいたんだぜ」

「和平派の勢力に与していた魔族だろうね。そもそもかなり無理のある領土拡大戦争だったから、相応にいたはずだよ」


 ほえ~。


「それに俺もこいつも、ここ以外に行く先なんてないんだ。せまっくるしい鳥かごの中で、ピーチクパーチク喧嘩なんかしてられっかよ」

「あはは、言えてるね」


 言われてみれば、二人を勧誘したのは人手不足が過ぎるからだが、二人にとっては救いの糸だったのだろう。


「とりあえず親交を深めるのも兼ねて、メシ食いに行くか」


 アース君は懐から革製の袋を出した。

 じゃらじゃらと音を立てているそれは、硬貨がみっちり詰まっていると見て分かる。


「小金持ちですね。マフィアの方からもらったんですか?」

「出所が気に入らねえっていうならその辺に捨てておくさ」

「お金はお金です。貴賤はありません。あなたが労働の対価に得たお金、というだけです」

「そいつはありがたい。対価を得られることなんてめったにないからな」

「これからはずっと得られますよ」


 出向先とはいえ、騎士団の指揮系統の中に入っているわけだ。

 人類の敵の親玉の息子と、公職追放処分男を引き入れることになったが、給料は普通にもらう。

 我が身を切って助かるものがあるのなら切るけど、私たちは継続的に誰かを助け続ける存在にならなくてはならない。過剰に身を切るのはトータルでマイナスだ。


「じゃあ街に出るか……あ、ちょっと待て」


 そこでアース君は自分と、私たち二人を順番に見た。


「服は着替えた方がいいな。俺は適当に何着か買い足すわ」

「ああ、僕はまだ私服がないんだよね……カナメは?」

「予備の制服ならあります」


 即答すると、男性二名はなんとも言えない表情を浮かべた。


「なんとなくわかったけど一応聞いておくよ。私服は?」

「…………?」

「馬鹿がよ」




 ◇




 服屋さんで私服を買ってお店で着替えてしまった後。

 私たちは夕焼けに染まった市街地をしばらく歩いた後、町中央の酒場を訪れていた。


「そ、それでは、三人の出会いを祝しまして、私の方から、皆様にですね、お祝いのお言葉を……」

「はいカンパーイ」


 私の言葉を遮って、アース君がジョッキをがちゃがちゃとぶつけてきた。


「ああああああ! な、何するんですか!」

「なっがいんだわ……」


 アース君は辟易した様子で、ジョッキをぐいと煽る。

 彼の隣の席に座ったレイ君もまた発泡性の麦酒をしげしげと眺めた後に、大胆にぐびりと飲んだ。


「む……これは美味しいというより、なんだろう。味覚で楽しむものじゃないのか?」

「おっ、勘がいいな。のど越しを楽しむんだよ。まあ俺もそんなに慣れてるわけじゃないけど」

「嘘つけよ、随分と慣れた様子で注文もしていたじゃないか」

「人付き合いだよ、人付き合い。行く先々の村でごちそうされるハメになったからな、太るかと思ったわ」

「ブクブクの状態で城に来てもらわずに済んで何よりだ」


 卓上に並んだ食事をひょいひょいとつまみながら、二人は次々にジョッキを空にして、笑顔で会話を続ける。

 ものすごい食べっぷりだ。アース君はともかく、レイ君まで健啖家だったとは。

 部隊の食費大丈夫かな。かなり心配になって来た。


 ……もしかしてこれが、騎士団の先輩が言っていた『飲みニケーション』とかいうやつだろうか。

 私はついぞ理解できなかったが、確かに男性同士の場合は、一緒にお酒を飲むことが仲良くなるきっかけになりやすいらしい。

 往年の友人同士かのように気安く話す二人を眺めながら、私は冷やされたお茶をちびりと飲んだ。


「それでカナメのやつ、学校の宿題が終わんないのに俺のを写すのはルール違反だから嫌だっつって二日間ずっと机にかじりついててさあ」

「計画能力が皆無じゃないか……」

「でも宿題の範囲間違えてて、学校で先生にしこたま怒られてたんだ」


 あっ! いつの間にか会話が私の過去話になっている!


「ちょ、ちょっといいじゃないですかそんな昔の話っ」

「そう言うなよ。親交を深めるんだろ? 俺の恥は全部知ってもらったし、そりゃ隊長殿にも色々と話してもらわなきゃなあ」

「だったらせめて私に自分で言わせてください~!」


 自分の過去を勝手に話されるの、めっちゃ嫌!

 アース君は口調だけじゃなくてそういう機微のところも最悪になってるようだ。


 とまあ会話が(不本意ながらも)盛り上がっていた、その時だった。


 酒場の入り口のスイングドアが開かれる音がした。

 喧騒にあふれていた店が、一瞬で静寂に包まれた。


「?」


 入口に顔を向けて、私もまた同様に音を発することができなくなった。


 綺麗な蒼色の長髪が流れる。

 店内に入って来たのは──女神が嫉妬に狂ってしまうのではないかと心配になるような、絶世の美女だった。





◇◇◇

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