第11話 幼き誓い、あの日のままに
離宮の一室。
「暇ですね」
「暇だね」
私とレイ君はソファーに並んで座り、延々と待機していた。
「相手に『そんなわけないだろ』って言わせたら勝ちのゲームでもしますか」
「それ人間たちの間で流行ってたりするの?」
「騎士訓練学校でみんながやってるのを見てました」
「ああ、一緒にやってはいなかったのね……」
「私が孤高の天才だったからですね」
「そんなわけ……あるんじゃない?」
「ないですよ!?」
なんて厄介な変化をつけて回避してくるんだ、この人。
「まあ何にしても、騎士の学校って、普通の学校と微妙に違うので、普通の流行に詳しいとまでは言えないんですよね」
「普通の学校で剣の腕が問われることはないだろうし、ズレが生じるのはしょうがないでしょ」
「でもみんな、その時のトレンドの型とかあったんですよ。攻撃の型なら二番がいいよねみたいな」
「剣鬼しかいない校舎、かなり嫌。そりゃあんな大隊長が育つわけだよ」
「私も結構ついていこうとしたんですけど、時々非効率的なのまでトレンドになってて、やめちゃったんですよね。真面目にやってたら、正直、テッペン取れてたかもしれないですよね~」
「そんなわけ……あるんじゃない?」
「ないですよ!?」
また直前で回避されてしまった。
何で?
「君が自分の才能に関して無頓着なのはともかくとして……ひとまず任務を達成できたのは良かったんじゃないかな。僕らの新設部隊としては初だろう?」
「あ、はい、そうですね。なのでこうして第二王子殿下に直接報告しに来たわけですね」
「あっこれ王子殿下と直接会うの!?」
レイ君が椅子から跳び上がって悲鳴を上げる。
「じ、事前に言ってくれよ。ていうか君さ、僕仮にもその……えっと」
「……すごい人の息子さんですもんね!」
「かなり抵抗があるけど、それでいいよ。それを会わせていいの?」
いいんじゃないかなあ。
そもそも、その辺気にしてたら部隊に誘ってない。
上司に会わせようと思わないのは自由だが、上司と偶然遭遇した時にさらっと紹介できるような恋人を作りなさいっておばあちゃんも言ってたし。そういうことだよね。
「そこで少しだけ不安なのは、部隊内のことなんですよね。みんな肩書すごいですし、私が隊長として命令しても、威厳が出るかどうか」
「……少し意外だな。君もそういうことを気にするのか」
「当たり前ですよ。元々左遷されてるんですから……ちょっとでも変な事したらクビ飛んじゃってもおかしくないと思ってますし」
「そんなわけないだろ」
「ここで!?」
えっ何で!?
急に勝っちゃった……釈然としないけど……
「カナメ隊長、レイ副隊長、殿下がご入来です」
『はい』
その時、部屋に控えていた殿下のおつきのメイドさんが、廊下を近づいてくる足音に気づいて声を上げる。
私とレイ君は異口同音に返事をして席から立ち上がった。
「……ちょっと待ってくれ。僕、何時の間に副隊長になったんだ?」
「隊長の次に必要なのは副隊長なので」
「そんな理屈で人を幹部に!?」
「幹部というよりは相棒ですね」
「……どういう理屈でそこまで僕を信頼できるんだ」
「え? 考えるべきは、どういう理屈であなたを信頼できないかじゃないですか?」
「……そんなわけ……ない、だろ」
また勝ってしまった。
◇
「やあやあお疲れ様、よくやってくれたねェ」
部屋に入って来た第二王子テルミット殿下は、なんだかご機嫌な様子で私たちをソファーに座らせると、対面の席に腰かけた。
「まだ名前は決まっていないが、君たちの新設部隊の初任務、見事に果たしてくれたようだね」
「はい。殿下、詳細をまとめた報告書はこちらに」
準備していた報告書を、レイ君がテーブル越しに殿下へと渡す。
「ああ、君が副隊長のレイ君か。色々と話は聞いているよ。彼女の相手は大変だろう」
王族の方が自ら、初対面相手に緊張をほぐすようなトークを仕掛けた。
珍しく偉いなあ殿下。私相手だと普通にガンガン来てるのに。その気遣いを分けてほしい。
「ははは。本当に大変です……」
オイ。
「うん、だよねェ~……」
オイ。
なんで二人して乾いた表情になってるんだ。
「何ですか何ですか。殿下自ら設立した部隊でしょう」
「ああ、うん、そうなんだけど……とはいえねェ」
少し息を吐いて、殿下は指を2本立てた。
「最初に説明しただろう? この部隊は見る者によって、その役割が大きく違うのさ」
「……?」
「ボクのように君を有効活用する場にしたい側と、君という超危険な存在を閉じ込める鳥かごにしたがってる連中がいるのさ、難儀なものだねェ」
「……?」
殿下の説明に、レイ君は得心がいった様子で頷く。
「つまりいい意味でも悪い意味でも目をつけられている、というワケですね。直接聞いたわけではありませんが、予想はついていました」
「ああ、君は今回、彼女の戦闘を直接見たのかな。なら分かるでしょ、当たり前すぎる話だよねェ……」
男二人はこちらに顔を向けて、悩ましそうに眉間をもむ。
え~っと……
「……?」
「なんで君さっきからずっと首傾げてるんだい!? 全部一回説明したことだよねェ!?」
「いえ、騎士として、人々の自由を侵す敵を倒せ、という話でしたよね?」
「それは建前でねェ! あ、ああいや君にとっては建前が真理か……」
「多分その認識の方がうまく回ると思うんで、そういう感じでお願いします」
何かの方針を確認し合ったらしく、二人がうんうんと頷き合う。
私を完全に置き去りにして、すごい勢いで意気投合しているじゃあないか。ナメられてるのかな。
「で、前置きはこの辺にしておこうじゃないか」
殿下はテーブルに書類を置いてこちらに視線を向ける。
私とレイ君は背筋を伸ばした。ちょっと緊張がほぐれているのは事実だ。
こういうの上手いよなあこの王子。こんなに有能で、なんでトータルの評価がカスになってしまうんだろう。
「口頭でも簡潔に報告してくれるかな?」
「用心棒についてはマフィアグループから切り離すことに成功しました」
さすがにここは隊長である私がやるべきだろうと考え、口頭での報告を開始する。
「ウム、ご苦労ご苦労。初任務は無事完了だねェ……で、どういう風にやったんだい?」
「ぶっ倒して、スカウトしました」
「あっえっあっ……」
テルミット殿下の顔は瞬時に青ざめていった。
今の色の変わり方面白かったな。
「いやいや! 言葉が足りなさすぎる!」
慌てて身を乗り出し、レイ君が補足説明を始める。
「ターゲットの用心棒はマフィアと魔法契約を結んだ都合上、彼らに従っていたんです。そのためカナメ隊長が契約を破棄させるために一騎打ちを行い勝利、契約を破棄させたのち、ターゲットを保護しています」
「……お、おお、なるほど。君説明能力高いねェ」
魔王の息子なんだけどね。
どうやら少し安心したらしく、殿下は深く椅子に座りなおした。
「で、その用心棒は今この離宮に連れてきてるんだろう? 一体何者だったんだい?」
「はい。元勇者のアース君です」
「ブフォァ」
第二王子殿下はめちゃくちゃ綺麗に噴き出した。
◇
「ちーっす。地位も名誉も全部剥奪されたアースでぇーっす」
アース君は考え得る限りの中でも最悪の態度で入って来た。
対面に座る殿下の表情が見る見るうちに引きつっていく。「え、あれ、彼ってこんな性格だっけ?」と呟いている。
「はぁ、やれやれ……アース君、急にキレたりしないでくださいよ」
「俺のことなんだと思ってんだ?」
「ここまで来てやっぱりやめますとか言ったら、泣いて暴れますからね」
「叱る方向でいけよ。何でお前がヤケになってんだ」
突っ立ったまま、アース君が頬を引きつらせる。
「よ、良かった……彼女に強く出れる人材が増えるのはありがたい……!」
殿下は勝手にプラスの方向の要素を見出していた。
「……で、だよ。元勇者を部下にってことかい?」
「はい。新しく適当に身分を作ってあげてくれませんか?」
「その要求をこんな短期間で二度も受けるとは思ってなかったよ」
殿下は肩をすくめて……あれ? その態度ってことはこれすんなり通ったりする?
周囲のメイドはアース君が入ってきて驚愕と嫌悪をあらわにしているのだが、殿下はそうでもないのだ。
「まあ、一つだけ簡単な面接をさせてもらいたいけど」
「なんでも答えますよお。味方をどうやって殺したのかとか、誰から先に殺したのかとか」
こいつ! この期に及んで印象で落とされようとしてるじゃん!
私がキッと彼を睨む中で。
「君の戦う理由を聞かせてもらえるかな」
殿下の問いかけが、離宮の一室に厳かに響いた。
高貴なる者だけが声に宿す威力があった。
私は自分の、そして隣のレイ君の背筋が伸びるのを見た。
「……俺は」
ふっとアース君は口元を歪めた。
彼の視線が刹那だけ私に向けられた。
「決まってる。俺が戦う理由はずっと一つだ」
「それは、何だい?」
「守りたい笑顔があった……そしてそれは……まだ、ある。守りたいと……そう思えている。だから、戦う」
きっとそれは、他の人間が言ったところで、鼻で笑われて終わりのクサいフレーズだった。
けれど、一度人類を救ってみせた男が口にすれば、明らかな真実味を帯びていた。
「……なるほどねェ。実に、模範的な勇者サマだ」
「反吐が出るって顔してますよ」
「うるさいなあ! こういうタイプ苦手なんだってばボク!」
何はともあれ。
私の部隊は、無事に三人目を獲得したということだ。
◇◇◇
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