第10話 相も変わらず馬鹿だな

 マフィアのボスの人は、部下を連れて足早に立ち去って行った。

 残されたのは私とレイ君、そしてアース君の三人である。


「というわけで、問題は解決ですね!」

「いやまあ、確かに用心棒について探るのが任務だったけど。排除までやっちゃうなんてね……」


 戦慄した様子でレイ君が頷く。

 なんだか初めて上司っぽいところを見せてあげられた気がするな。


「じゃあアース君、行きましょうか」

「どこにだよ」


 え? 何が?

 私は思わず首を傾げた。


「放っておくわけにもいかないので。テルミット殿下にお願いして、新しい身分でも作ってもらえないかと……」

「君またそれやるの!? 僕の時も殿下に迷惑かけてたよね!?」


 頼ってくれって言ったのは向こうだ。

 私がいざという時に切れるカードの一枚になってくれるという意味でしょ、あれ。


「……行くわけねーだろ。もうどこにも行けねえよ、俺」


 アース君は地面に視線を落としたまま、つまらなさそうな表情で言った。


「だからって、マフィアの用心棒はないでしょう」

「どこでも良かったんだよ、本当に」

「じゃあ、どこでもいいなら、来てくださいよ」


 幼き日の輝きが嘘みたいにくすんだ、情けない金色の前髪ごしに、彼の目が嘲りの色を宿す。


「……お前、相も変わらず馬鹿だな」

「う……」


 冷たい声で、吐き捨てるように言われて、私は思わず息が詰まりそうになる。


「常識的に考えて、認可されるわけねえだろ。ていうか誰も受け入れねえよ」

「……それをどうして、君自身が決めるんですか」

「だって俺、また味方ぶっ殺しちゃうかもしれないぜ?」


 ああ、そうか。

 アース君は味方殺しの罪があるから、勇者であり、魔王を討伐したという世界で最も偉大な功績があっても、断罪されたんだ。


「……まあ、ウチの部隊なら大丈夫じゃないですかね?」

「あ、やっぱ引き入れるつもりなんだね」


 予想自体はできていた、といった様子でレイ君は呆れたような顔で見てくる。

 予想が出来ていたのなら、私の助手としては及第点です。ふふん。


「……何? その辺でにゃあにゃあ鳴いてる猫、全部拾って家で飼ってんの?」


 今度の声には、嘲りとかじゃなくて、もっと直球の馬鹿にしたような響きがあった。

 私は笑みを浮かべて首を横に振る。


「違いますよ、アース君。その場合最も考えるべきは、全ての猫たちが捨てられないような社会システムを作ること。私が君に来てほしいのは、君を助けること自体が目的なのではなく、君と一緒に、この世界をもっと良くしていきたいからです」

「…………!」


 アース君の目が見開かれた。


「……元勇者アース。君の幼馴染、賢いのか賢くないのか分からないだろ? 僕も同意見だ」

「どういうことですか。私、これでも騎士学校首席入学で首席卒業ですよ!」

「君それ剣の技術で全部ゴリ押ししてない?」

「違います! 押したんじゃなくて斬ったんです! ゴリ押しじゃなくてゴリ斬りです!」

「一から十まで怖い訂正じゃん……」


 怯えた様子でレイ君が声を震わせる。

 それから気を取り直すように咳ばらいを挟み、アース君の方へと一歩踏み出した。


「あー、でだよ、元勇者アース。なんにしても、傍から見ていて思ったんだが……君は救われようとしていない。つまり、罰を受けたがっているように見える」

「……だから?」

「君が罰を受けていた方が、君にとって都合がいいんだろう。普通はあり得ないことだけど、そうなるために考えられる理由は一つ……誰かを庇っているからだ」

「……見透かしたようなことを言うのが得意なら、騎士を手伝うより政治家になった方がいいと思うぜ」

「ありがとう、出馬する時には投票をお願いするよ」


 冗談に応じながらも、それは魔王の息子に相応しい、尊大で冷徹な声だった。

 眼鏡越しに映る彼の両眼が、穂先のようにアース君へと突きつけられている。


「凄いですねレイ君、名探偵みたい」

「いくつもある可能性を一つ一つ消していけば、自然と真実にたどり着ける」

「あ! 今の言葉もめっちゃ名探偵っぽいです!」

「……あこれもしかして煽られてるのか!?」


 え? 何が?

 めっちゃかっこいいな……って思ったんだけど。

 まあ、ともかくとして。


「私もその推理、正しいと思います。アーちゃんは、誰かのために泣ける子でしたから」


 私の言葉に対して、幼馴染は深く、鉛のように重い息を吐き出した。


「……昔の話だな」

「今も、そうですよね。さっきもゴロツキの人たちを、誰も怪我しないように追い払ってましたし。私と戦う時は、契約上仕方なかったけど、それでもなんとか私を逃がそうとしてくれました」


 やっぱり優しいアーちゃんのままだな、とさっきの決闘の最中にも思った。

 少しでもその人と剣を交わせば、人格とか思考とかは透けて見えてくる。

 だから……アース君が何かを秘密にしているのは、自分を守るためじゃなくて、誰かを守るためじゃないだろうか。


「……もう探偵ごっこに付き合ってられないな。とっとと印税生活でも目指してろよ」


 顔を背けて、私の幼馴染は完全な拒絶の姿勢を示す。

 どうしようとレイ君を見ると、彼は躊躇するような様子を見せた後、静かに口を開く。


「せっかくだ。最後まで、探偵ごっこに付き合ってくれ。まだ結論を言っていないだろ」

「…………」

「君は仲間を殺そうとしたんじゃない、君が仲間に殺されそうになったんだね?」


 アース君の肩がビクリと跳ねた。


「え、えええええええええっ!?」

「追放された少年だけが恐らく関与していなかったんだろう。まとめてアースとその少年を殺すつもりだったんだ」


 で、でもなんで!?

 色々となんで!? ……って、功績を独占するためってこと?


「事前に少年を逃がしたということは、君自身察しはついていたんだろう……いや、これはあくまで僕の予想だ。違ったのなら──」


 レイ君の言葉の途中で。

 顔をこちらに向けないまま、アース君は手だけをかざして声を遮った。


「何かを守ろうとしたわけじゃない。俺一人ならどうってことないが、足手まといが一人いると、巻き添えを食らって俺まで怪我しかねなかったんだよ」


 ……ッ。

 アース君は推理を認めていた。だから彼は、本当に。


「だからバレねえように追放した。『オメェは役立たずだから、俺様のパーティからクビだ!』ってな。ま、本物の役立たずは別にいたわけだが」

「人類同士の策謀も激しいものだったと聞いてはいたが……ひどいな」

「どうもありがとう、初対面なのに同情してくれて、感動して泣きそうだ」


 皮肉全開でアース君が肩をすくめる。


「ほら……俺のパーティって、俺とそのガキ以外、全員貴族出身だったんだよ。そこで田舎出身の俺が頑張りすぎちゃってさあ。ま、空気が読めてなかったってことだよな。魔王討伐したのは自分たちのおかげだって言いたいだろ、誰だって」


 ……アース君の声はまた、何かを馬鹿にするような感じだった。

 でも、違う。違ったんだ。

 彼の侮蔑の色はずっと、自分自身とか、どうにもならないけど目に見えないものとか、そういうものに向けられていたんだ。


 私は泣きそうになりながら、必死に首を横に振った。

 そんな態度を、してほしくなかった。受け入れるべきじゃないものを、どうして。


「だが、一つ解せない。どうして罪をかぶせられて、それを受け入れたんだ」


 レイ君の指摘に、私もハッとする。


「そ、そうですよアース君! 言い返せばよかったじゃないですか!」

「……そいつらは確かにクズだった、だけど……」


 言葉を切って、何かを思い出すように目を閉じて、彼は俯いた。

 その唇からこぼれる声は、信じがたいほどに弱弱しい。



「ウチのパーティにいた魔法使いに……妹がいたんだ……お兄ちゃんは無事に帰ってきてくれる、って信じてる、まだ6つか7つぐらいの……」


「帰国して、俺はまだ迷っていて。何をどう説明するのか、って。でも、そいつの妹を見て……その子は、なんで自分の兄貴がいないのか、まだ分かってないみたいで……」


「もし俺が真実を話したら、その子は、自分の兄に、あんなに憧れていた兄に裏切られて……その兄の汚名を背負って生きていくことになる……それに気づいた、瞬間だった」


「……自分でもびっくりした。すらすらと、やったのは俺だって言った。言っちまった……やめときゃよかったのに……」



 それが、勇者があらゆる栄誉をはく奪された理由。

 魔王を討ち、味方の裏切りに遭い、それら全てを、自分のせいだと背負い込んだ理由。


「……だから、だ。全部なくして、どうでもよくなった。でも、元勇者としては戻れない。名前を偽れば、なんとかはなるかもしれないが……誰かと冒険するとか、一緒に戦うとか、そういうのが、もう、怖い」


 自分の手を見つめるアース君の目は揺れていた。


「だ、だったら、やっぱり私のところに来るべきです!」


 もう我慢の限界だった。

 私はレイ君の横から踏み出すと、声を張り上げて、アース君の手を両手で取った。


「気軽に触んなよ……! 同情なんか欲しがった覚えはない……!」

「違います……! 同情してるとか、いや、多分、しちゃってるんですけど、でも、そうじゃなくて!」


 振り払われそうになる手に必死にしがみつき。

 膝をついて、木箱に腰掛けたままの彼と視線を重ねる。


「ホッと、しちゃったんです!!」

「は?」

「やっぱり優しいままだ、って……思って……」


 アース君は口をぽかんを開けたまま、完全に言葉を失っていた。

 私は顔を寄せて、彼の双眸を覗き込む。


「だから、大丈夫です。私はあなたを見損なったりしません。幼馴染だからじゃなくて、あなたが、見損なうしかない悪い人ではないと分かったからです」


 これは偽らざる本心だ。

 本当に彼が罪を犯しているのなら、それは償うしかない。

 でもそうじゃないのなら、話は変わる。罪と罰はセットでしか存在し得ない。


「策謀があなたを許さないのだとしても。私は、あなたは前を向いて生きていていいと思います。だってあなたは優しくて、強い人だから」

「…………」

「だから私は! 元勇者とか、そういうのじゃなくて……! 誰かのために泣いたり、何かを背負ったり、そういうことができる幼馴染と、一緒に戦いたいです!!」


 言い切った。

 もしかしたら、こういうことを言って、もっと彼を怒らせたり、絶望させてしまうかもしれない。

 でもだからって、何も言わずにはいさようならなんてできない。


 沈黙が流れる。

 自分の息の音がいつもよりうるさく感じる。



「…………ぁ」



 きっかけが何かあったようには見えなかった。

 突然、アース君の両眼から、静かに涙が零れ落ちた。


「あ、その、えっと……だ、大丈夫ですか?」

「!!」


 自分の頬を伝う雫に気づいて、彼は慌てて顔を背ける。


「私もしかして、何かヒドイこととか言ってたり……」

「……ハッ、うるせーよ、相も変わらず馬鹿だなお前」


 こちらに顔を見せないまま。

 アース君は震える声で、そう言うのだった。






◇◇◇

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