第8話 カナメ、抜剣
「……なるほどね。僕らが来ることを予想して、向こうは向こうでアース君を釣り餌にしていたわけだ」
レイ君の言葉通り、きちんと準備をした上で来ているのが見て取れた。
単純に数がいるだけじゃなくて、数匹の猟犬を連れている。
うわ怖い! 怖い……四足歩行の生き物、可愛い外見なら見ている分には好きだけど、基本的に怖い……
「土足で入ってきて失礼だろう。我々には我々の流儀がある。ここでは、こちらがルールだ」
そう言ってボスらしき人が指を鳴らした直後、ゴロツキたちは握っていた綱を手放す。
解放された猟犬たちが、一斉に私に群がってきた。
「きゃああああっ!?」
のしかかって来た猟犬が口をガバリと開け、鋭い牙を喉へ突き立てようとしてくる。
私は悲鳴を上げて髪を振り乱しながら、猟犬の鼻先を掴んで必死に抵抗した。
「えええ対応できず!? 何なんだよもう!」
大慌てでレイ君が猟犬たちを蹴り飛ばす。
荒く息を吐きながら、私は必死の思いで立ち上がった。
「ぎゃははははははっ!」
「なんだよ! あれで本当に騎士サマか!?」
私の無様な姿に、ゴロツキたちが腹を抱えて笑い声をあげた。
「君、もしかして犬苦手なのか?」
「見る専門です!! あと、大体あれは私の好きなワンちゃんじゃないですぅ~!!」
「好きではあるんだね……」
まったく可愛くないワンちゃんたちが、私を睨みながら、唾を飛ばして吠えている。
次襲われたら流石に逃げたい。もうかなり嫌。
だけどワンちゃんたちは、無情にも飛び掛かるタイミングを見定めていて。
「やめろ」
剣が閃いた。
斬撃が地面をえぐり飛ばした。
吠えていた猟犬たちが口をつぐみ、おずおずと身体を縮こまらせる。
「……そいつに触るな」
傍から見ていたら、急に地面が爆発したように感じただろう。
アース君の、背負った剣の抜刀に気づけた人間がこの場に何人いただろうか。
「……さすがは元勇者といったところだね」
どうやらレイ君はちゃんと見極められていたらしい。
「アース。私たちは運命共同体だ。互いに尊重し合うのが大事って言っただろ?」
「……分かってるよ」
マフィアのボスが、アース君の隣までやって来る。
「というわけだ、悪いが帰ってもらえるか。彼は私と契約している」
彼が懐から取り出したのは、一切れの羊皮紙だった。
「騎士と言うのなら、分かるだろう? 魔法的契約は相手が誰であっても、合意した限り絶対の誓約となる」
全然分かんない。誰でも気軽に魔法を使えるものと思わないでほしい。
私は数秒視線をさまよわせた後、すすっと隣のレイ君に近寄る。
「なんですかあれ」
「
色つき眼鏡で外からは見えなくなっているものの、彼の眼が全ての魔力を読み取る能力を失ったわけではない。
引き入れていて良かった、便利だなあレイ君の眼。
「……そういうことだ。俺はここにいる理由がある」
「嘘つかないでください。本当にここにいようとしているなら契約する必要ないじゃないですか」
「おまッ……ああクソ、変なところで妙に鋭いこと言うの変わってねえな……」
私は腕を組んで、正面からアース君を見つめる。
「でも、良かったです。条件はちゃんとあるんですね」
「え?」
「アース君を倒せばいいじゃないですか。負けたら契約は終わりですよね? 契約が切れたらアース君は連れて行きます! ……あれ、本人の同意を得ていないような……まあでも、ついてきてくれますよね?」
私はこの場で唯一冷静なので、事実を指摘した。
だというのに数秒の沈黙を挟んでから、ボスや引きつれているゴロツキの皆さんは一斉に噴き出し、ギャハギャハと笑い始める。
「……カナメ、本気で言っているのか? 相手は元勇者アースなんだぞ」
私の背後で、レイ君も声を震わせている。
「……見くびってるわけじゃないと思うが、それでも無理だ。俺は王国騎士団の剣術を全部覚えてる。勇者の立場を利用して極ノ型まで見せてもらった。昔の話だが、対応策も練った。お前に勝ち目はない」
沈痛な表情でアース君も首を横に振っていた。
「流石、アース君ですね。真面目なままだ」
「からかう時間があるのなら、もう黙って帰れよ」
「からかっていませんし、帰ることもできません」
騎士の存在理由は、戦えない人たちの代わりに戦うことだ。
私はそう思っている。信じているとか、そういう段階ではない。それこそがこの世界の真理だから。
「あなたが今、現実と戦えないのなら、私が代わりに戦います」
「──は?」
「アース君の自由を守るために、元勇者アースを倒します」
私の宣言は、路地裏に冷たく響き渡った。
「……冗談が下手だな。相手が誰だか分かっているのかね?」
マフィアのボスはなれなれしい様子で、アース君の肩に腕を回す。
「彼は魔王討伐達成者。君たちが税金で腹を膨らませている間に、遠い魔族の領地まで入り、魔王を討ち滅ぼした本物の勇者だ。彼を倒すというなら、魔王より強い奴を連れてこなければならないなァ」
その笑みは、確信しているからだ。アース君が負けるはずがないと。
だけど。
「いいですよ、別に。魔王だって倒すつもりでしたし」
「は……?」
「魔王より強くとも、誰かの平和と自由が侵されている限り、騎士は負けません。そのために私はいます。だから──」
告げて。
腰に差していた剣の柄に、手を伸ばす。
『…………ッ!!』
スラ、と音を立てて剣を引き抜いた。
私は騎士として剣を抜いた。
故に結果は勝利以外にあり得ない。
「──対人魔剣:
アース君には悪いけど。
私が本当に魔王を倒せたか、答え合わせの時間だ。
◇◇◇
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